ORICON NEWS INTERVIEW
木村拓哉、冠番組で見せる自然体「特別なギア入れてない」 ゲスト&多彩な才能との出会いに感謝
俳優・木村拓哉が出演する動画配信サービス「GYAO!」の番組『木村さ~~ん!』が、2018年8月の配信スタートから、このほど200回を突破した。24日に配信された208回では、日産から番組に提供された日産キャラバン、通称「やっちゃえTREASURE BOX」の完成形がお披露目され、木村も感嘆の声を上げていたが、ORICON NEWSではその模様に密着取材を敢行し、収録後にインタビューも行った。
木村にとって、自身初となるインターネットでの冠番組となる『木村さ~~ん!』は、視聴者からのリクエストに応えたり、豪華なゲストととともに企画を行ったりと、とにかく“なんでもアリ”の内容で好評を博してきた。その集大成のひとつともいえる「やっちゃえTREASURE BOX」完成では、それぞれの機能を知るにつれ、終始驚きの声を上げていた。
興奮冷めやらぬ状態の木村に、ORICON NEWSらがインタビューを行い、同車への思い、番組について迫った(独占コメントあり)。
――完成した車を見て?
GYAO!の配信番組に、日産さんが車両提供してくださるっていう、信じられない流れと、せっかくそういう風にしていただけるのであれば、番組で使いやすいようにやってみない?っていうことに、アイデアを出したのは確かに番組内ですけど、それに本気で応えてくれたクラフトマンのみなさんに感謝しかないです。
――番組の幅も広がりそうです
移動中も全部、ね? 毎年、正月番組で、さんまさんと特番をやらせてもらっていますけど。この番組でも、いろんなゲストの方やお世話になった方をおよびして、そういう人たちと時間を共有することも、これがあることによって、よりできるようになると思います。こういう企画でお知り合いになった方とのつながりっていうのは、今回だけっていうのは、僕は好きじゃないので、必ずそのお返しをしたいなとも思うし、そのキャッチボールが今後続いていけばなと思います。
――「ぎゃー?」という声をあげる木村さんを見るのも印象的でした
こんなにテンション上がるとは思ってなかった。予想以上です。イメージはしていましたけど、やっぱり具現化してくれた人たちのサービス精神というか「これやっといたら喜んでくれるんじゃない?」っていうこと。自分も何かものを作る時に、絶対にここで盛り上がってくれるだろうなっていうので作っているから、それをそのまんましていただいたというか、これは本当にヤバいっすよ。
――印象深かった点はどこでしょうか
やっぱり、やられたのは、ここにしかない脚(タイヤ)と、あとは音。びっくりした。本当にびっくりした。早く、自分の好きな音楽を流したいです。
――これまでの番組内で、印象に残っている企画・ゲスト?
全部すごく印象的ですよ。(総合演出の)蔵持とちゃかちゃかやっていたのは、入っていないですけど(笑)。ほかは、みなさん同率で3位以内に全部入りますね。スタッフの無茶ぶりがけっこう多くて、それに応えていたら、結果こうなったっていう形という感じですね。
――TシャツやオリジナルMVなど、若いクリエイターの方との企画もありました。ご自身にとっても、刺激になる部分はありましたか?
刺激にもなりますし、なんかそういう人たちも含めて、本気になっていただけたら一番うれしいっていうか。それこそ、言い方がすごくラフになっちゃいますけど、ここの番組はなんでもアリなので、アイデアっていうのが一番の根っこだし、そのアイデアがどういう芽が出て、どんな実がなるのかは、やってみないとわからないから。アイデアがすごく大事。
――番組が始まってから、1年10ヶ月くらいのタイミングでコロナ禍に見舞われました。そんな中でも「できること」を模索する姿に、視聴者としても励まされた気持ちでしたが、どういった思いで取り組んでいましたか?
僕のアイデアだけではなくて、スタッフもいろいろと考えてくれました。どういうものを、どういうことを視聴者の方たちが喜んでくれるだろうねっていうのは、みんなで考えていたし。ステイホーム中は困ったかな。自分たちも外に出られない、動けない状態で、同じ状況の人たちに何を届けるのか。テレビをやっている人たちも同じように考えていたと思うけど、けっこう…。だから、その場にいて、最後まで何も言わない人がいないようなミーティングはやっていました。出すまで終わらないっていう。「まだ、ひとり3つ出してないよ」って言いながら(笑)。あとは、ゲストの方にすごく救われた部分もいっぱいあるし。そういうところでは、恵まれているなと思います。
――番組を通して、木村さんが全力で楽しむ姿勢を感じますが、この番組にはどのようなモチベーションで臨まれていますか?
無理はしてないです。それこそ自然体だし、なんか特別なギア的なものは入れてない。平常心で臨むんだけど、目の前に現れたものが、こういうもの(車)だったりすると、平常心ではいられないし。平常心でいられなくなったら、その部分をそのまんまっていう。ゲストによって、すごく熱く伝えてくれる方だったら、それに対してもリアクションできるし、森山直太朗みたいに、ユーモアがある人の場合には、それにも乗っかって楽しむこともできるし。できるだけ、ポーズをとらずに、ゲストがいてくれた場合は、そのゲストと何ができるかっていうのもあります。
――今後も番組が続いていくことを楽しみにしていますが、スタッフのみなさんへのメッセージなどありますか?
テレビ局のスタッフさんが、テレビ番組を作るという風になると、すごく気を使ってくださるんですけど、ここに関しては、今まで通りのスタンスでいてほしいですね。「そんな無理なさらずに…」みたいなことが1回もないから(笑)。この番組に関しては、めちゃくちゃフラットです(笑)。普通に「あした、私服でお願いします」って言われたこともそうかもしれないですし、「買い物行きませんか?」って言われて、行って、モノを選んでレジまで行ったら「選んだの木村さんですよね?(だから支払いも木村さんが)」っていう(笑)。「それは、そうだけど…そういうこと?」って(笑)。ほかでは考えられないですからね。がま口のお財布を持たせてくれるのかなと思ったら、誰も持ってこない(笑)。でも、この番組については、そのスタイルでいいと思っています。
木村拓哉、冠番組で見せる自然体「特別なギア入れてない」 ゲスト&多彩な才能との出会いに感謝
俳優・木村拓哉が出演する動画配信サービス「GYAO!」の番組『木村さ~~ん!』が、2018年8月の配信スタートから、このほど200回を突破した。24日に配信された208回では、日産から番組に提供された日産キャラバン、通称「やっちゃえTREASURE BOX」の完成形がお披露目され、木村も感嘆の声を上げていたが、ORICON NEWSではその模様に密着取材を敢行し、収録後にインタビューも行った。
木村にとって、自身初となるインターネットでの冠番組となる『木村さ~~ん!』は、視聴者からのリクエストに応えたり、豪華なゲストととともに企画を行ったりと、とにかく“なんでもアリ”の内容で好評を博してきた。その集大成のひとつともいえる「やっちゃえTREASURE BOX」完成では、それぞれの機能を知るにつれ、終始驚きの声を上げていた。
興奮冷めやらぬ状態の木村に、ORICON NEWSらがインタビューを行い、同車への思い、番組について迫った(独占コメントあり)。
――完成した車を見て?
GYAO!の配信番組に、日産さんが車両提供してくださるっていう、信じられない流れと、せっかくそういう風にしていただけるのであれば、番組で使いやすいようにやってみない?っていうことに、アイデアを出したのは確かに番組内ですけど、それに本気で応えてくれたクラフトマンのみなさんに感謝しかないです。
――番組の幅も広がりそうです
移動中も全部、ね? 毎年、正月番組で、さんまさんと特番をやらせてもらっていますけど。この番組でも、いろんなゲストの方やお世話になった方をおよびして、そういう人たちと時間を共有することも、これがあることによって、よりできるようになると思います。こういう企画でお知り合いになった方とのつながりっていうのは、今回だけっていうのは、僕は好きじゃないので、必ずそのお返しをしたいなとも思うし、そのキャッチボールが今後続いていけばなと思います。
――「ぎゃー?」という声をあげる木村さんを見るのも印象的でした
こんなにテンション上がるとは思ってなかった。予想以上です。イメージはしていましたけど、やっぱり具現化してくれた人たちのサービス精神というか「これやっといたら喜んでくれるんじゃない?」っていうこと。自分も何かものを作る時に、絶対にここで盛り上がってくれるだろうなっていうので作っているから、それをそのまんましていただいたというか、これは本当にヤバいっすよ。
――印象深かった点はどこでしょうか
やっぱり、やられたのは、ここにしかない脚(タイヤ)と、あとは音。びっくりした。本当にびっくりした。早く、自分の好きな音楽を流したいです。
――これまでの番組内で、印象に残っている企画・ゲスト?
全部すごく印象的ですよ。(総合演出の)蔵持とちゃかちゃかやっていたのは、入っていないですけど(笑)。ほかは、みなさん同率で3位以内に全部入りますね。スタッフの無茶ぶりがけっこう多くて、それに応えていたら、結果こうなったっていう形という感じですね。
――TシャツやオリジナルMVなど、若いクリエイターの方との企画もありました。ご自身にとっても、刺激になる部分はありましたか?
刺激にもなりますし、なんかそういう人たちも含めて、本気になっていただけたら一番うれしいっていうか。それこそ、言い方がすごくラフになっちゃいますけど、ここの番組はなんでもアリなので、アイデアっていうのが一番の根っこだし、そのアイデアがどういう芽が出て、どんな実がなるのかは、やってみないとわからないから。アイデアがすごく大事。
――番組が始まってから、1年10ヶ月くらいのタイミングでコロナ禍に見舞われました。そんな中でも「できること」を模索する姿に、視聴者としても励まされた気持ちでしたが、どういった思いで取り組んでいましたか?
僕のアイデアだけではなくて、スタッフもいろいろと考えてくれました。どういうものを、どういうことを視聴者の方たちが喜んでくれるだろうねっていうのは、みんなで考えていたし。ステイホーム中は困ったかな。自分たちも外に出られない、動けない状態で、同じ状況の人たちに何を届けるのか。テレビをやっている人たちも同じように考えていたと思うけど、けっこう…。だから、その場にいて、最後まで何も言わない人がいないようなミーティングはやっていました。出すまで終わらないっていう。「まだ、ひとり3つ出してないよ」って言いながら(笑)。あとは、ゲストの方にすごく救われた部分もいっぱいあるし。そういうところでは、恵まれているなと思います。
――番組を通して、木村さんが全力で楽しむ姿勢を感じますが、この番組にはどのようなモチベーションで臨まれていますか?
無理はしてないです。それこそ自然体だし、なんか特別なギア的なものは入れてない。平常心で臨むんだけど、目の前に現れたものが、こういうもの(車)だったりすると、平常心ではいられないし。平常心でいられなくなったら、その部分をそのまんまっていう。ゲストによって、すごく熱く伝えてくれる方だったら、それに対してもリアクションできるし、森山直太朗みたいに、ユーモアがある人の場合には、それにも乗っかって楽しむこともできるし。できるだけ、ポーズをとらずに、ゲストがいてくれた場合は、そのゲストと何ができるかっていうのもあります。
――今後も番組が続いていくことを楽しみにしていますが、スタッフのみなさんへのメッセージなどありますか?
テレビ局のスタッフさんが、テレビ番組を作るという風になると、すごく気を使ってくださるんですけど、ここに関しては、今まで通りのスタンスでいてほしいですね。「そんな無理なさらずに…」みたいなことが1回もないから(笑)。この番組に関しては、めちゃくちゃフラットです(笑)。普通に「あした、私服でお願いします」って言われたこともそうかもしれないですし、「買い物行きませんか?」って言われて、行って、モノを選んでレジまで行ったら「選んだの木村さんですよね?(だから支払いも木村さんが)」っていう(笑)。「それは、そうだけど…そういうこと?」って(笑)。ほかでは考えられないですからね。がま口のお財布を持たせてくれるのかなと思ったら、誰も持ってこない(笑)。でも、この番組については、そのスタイルでいいと思っています。
KinKi Kids&吉田拓郎が語る、初の合作曲「Sayonara あいしてる」制作の舞台裏
7月21日(木)20時~『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』
『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』より、KinKi Kids、吉田拓郎さんのコメントが到着。
KinKi Kids(堂本光一さん、堂本剛さん)と吉田拓郎さんという異色のタッグによる、伝説の音楽バラエティ番組『LOVE LOVE あいしてる』(1996年10月~2001年3月/フジテレビ)が、特別番組『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』(7月21日放送)として、5年ぶりに放送されます。
<『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』放送決定!>
放送は、KinKi KidsがCDデビュー25年目を迎える、7月21日(木)20時~。
また、吉田さんは、この番組が最後のテレビ出演となり、番組も最終回を迎えることとなります。
吉田さんの“卒業式”には、篠原ともえさんや坂崎幸之助(THE ALFEE)さんら番組レギュラー陣に加えて、吉田さんが「最後のテレビ出演に会いたい」とオファーした超豪華ゲストも集結。
さらに、今回のためにKinKi Kidsと吉田さん、3人が初の合作に挑んだ楽曲「Sayonara あいしてる」を披露します。
番組開始から26年の集大成を飾る『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』は、7月21日(木)20時より、フジテレビで放送されます。
偶然から始まった奇跡が続いていて、今もその中に僕らが置かれている
<KinKi Kids&吉田拓郎 コメント>
――放送が決まったときは、どう思いましたか?
堂本光一:拓郎さんの一声で始まりました。『LOVE LOVE~』レギュラー放送のころから、拓郎さんの一声で、みんなが集中してひとつの方向に動き始めるということが多かった気がします。
昔はそういう感覚で物事が進むことは少なくなかったと思うんですけど、今の時代においては、なかなかないこと。今回実現できたのは、拓郎さんのリーダーシップのおかげですし、昔もそうやってやったなという感覚を思い出してうれしかったです。
堂本剛:番組が終わってからも、「『LOVE LOVE~』見てました」と、いろいろな方に言っていただける人生なので、『LOVE LOVE~』という番組が自分だけじゃなくて、いろいろな人たちの記憶に残ってるんだと、影響があった番組なんだなと実感することが多かったんです。
なので、すごくうれしいとともに「ラストか」という気持ちももちろんあります。
でも、リハーサルをやって、「こういう雰囲気だったよな」と、みんなでお話をして。番組が終わってから、長い時間がたったはずなのに、「先月もやっていた」みたいな雰囲気が、めちゃくちゃ不思議で。
篠原(ともえ)も随分会っていなかったですが、あっという間に当時に戻れる感覚。そういう関係性を、画面を通して改めて、みなさんにお届けできることがすごく幸せです。
だから、「放送が決まった」と聞いたときは、そこまで想像できていなかったですけど、改めてリハーサルをしてみてそういう空気感とともに、みなさんに伝えられるという機会をまたいただけたのでうれしいなと思っています。
吉田拓郎:僕は、年齢的にも2人より全然上で、いろいろなことをリタイアしたいなと考えていまして。そういう意味でいうと、テレビとのお付き合いも『LOVE LOVE~』で最後にしたいな、という決心が随分前からありました。
光一と剛と最後に一緒にやって、一緒の時間を過ごして、それを最後のテレビ出演とするのはどうかなと、かねてから思っていました。
それで、プロデューサーと話して、特番などでやれるといいんだけどねと話をさせてもらって。
僕は、とてもすてきな有終の美を飾れそうで、とても幸せ。光一、剛、篠原さん、みなさんに感謝しています。
――改めて、『LOVE LOVE あいしてる』という番組はどんな存在ですか?
吉田:2人ともよく話すのですが、この番組の始まりは偶然だった。海の物とも山の物ともお互いに何も面識もなく、年齢差もすごくあった僕らが集められて、僕らが意識して集まったわけではなく、集められたわけですから。
その偶然からいろんな奇跡が起き始めて、その奇跡をみんなで、僕ら3人だけでなくスタッフも含めて作り上げてきた。
番組が終わって、毎週スタジオに行くことがなくなった寂しさを考え、感じながら、「あの数年間は奇跡的だったな」と思うようになりました。
5年前の特番のときは、終わってから16年もたってから集まったのに、ずっと続けてやっていたような感覚に陥って。不思議なこと起こってるなって。
偶然から始まった奇跡が続いていて、今もその中に僕らが置かれている。残念ながら、この感覚はどなたにもわかっていただけないかもしれない。
でも、光一も剛も、篠原さんも、僕もずっと「何だろう、これ」という感覚を抱きながら、今ここにいるんじゃないかな。僕は、この感覚を感じられることがすごく幸せです。
「番組が特番として帰ってくることも奇跡だと思う」(光一)
――「最後のテレビ出演にする」と聞いたときの心境は?
光一:今回の特番が終わったあとに、拓郎さんに「最後を飾るのに本当にふさわしかったよ」と言っていただけることもすばらしいことだし、「いや、楽しいからもうちょっとやろうかな」と言っていただけるのもうれしいことです。
どっちに転がるかわからないですし、どっちに転がそうとも思っていません。だから拓郎さんがおっしゃったように、ずっと奇跡の中でやってきたので、終わりという言葉というよりも、これからまたどんな奇跡が起きるんだろうという思いでやれば、また奇跡が起きるかもしれない。
フワッとしてるかもしれないんですけど、そんな感覚です。
今こうやって改めて番組が特番として帰ってくることも奇跡だと思います。そこを大事にやっていけば、何かまた生まれるんじゃないかという期待感も込めながら、やりたいなと思います。
剛:僕も同じような気持ちですし、ひとりの人間の人生というのは、それぞれあるわけで。その中で出会いも別れもありますし、思うこともそれぞれ違うし、でも、お互いを尊重し合いながら生きていくのが“仲間”だと思うし、愛する人のためにできることだと思うんです。
リハーサルをして楽しかったし、収録の日も、どんな日も二度とないので、当たり前の中にある喜びをかみ締めながら当日は過ごしたいです。そこで生まれたコミュニケーションがまた何かに繋がるかもしれない。
コロナ禍で、自分自身が部屋でずっと過ごしていたら、拓郎さんから「アレンジをお願いしたい」と電話をいただいて。まったく予想していなかったです。
この大変な時代を、何とか自分なりに耐えている中で、そういうご連絡をいただいたときから今日までがどんどん繋がってるんです。
だから、収録の日も何かが生まれるかもしれないし、生まれないかもしれないけど、でも拓郎さんの言葉にもあったように、わかってもらえないような不思議な関係性の人たちが集う日だし、何かが、始まるんだろうなとは僕は思っています。
光一の言うように、何かが起こるようにわざと導こうとも思ってないし、自分たちらしく楽しく過ごせたら、まずはそれが幸せなんで、そんな日になればいいなと思います。
「久しぶりにこのメンバーで過ごして、めちゃくちゃ楽しい」(剛)
――初の合作曲「Sayonara あいしてる」についての思いは?
吉田:3人で一緒に作った曲を番組で演奏してみたいね、と以前、話をしていました。2人がその場で「ぜひ」と言ってくれたので、俺が詩を書くよ、と。それで、詩を光一と剛に送ったんです。
剛:次の日にきたんですよ。
光一:思いつきが過ぎるんです、拓郎さん(笑)。
剛:次の日にきちゃったから、そのスピード感で返したいと思って。僕は、たまたま家で作業だったので、やっていた作業をいったん止めました。
拓郎さんのスピードに対して、反応した自分のものを作りたいと思って、すぐに作ったんです。光一も、サビの部分を思い浮かべていたから、混ぜてみよう、と。
光一:お互いに拓郎さんの詩を見て、剛もスピード感を持ってやっていたし、僕は舞台中だったんですが、サビに関してはメロディが浮かんでいて。でも、それぞれ思いついたことを形にしていたので、作ってる曲のキーが違ってたので時間がかかってしまって…。
剛:世界観から全然違う。
光一:すり合わせる作業をしていましたが、最終的には「拓郎さんに丸投げするか!何とかしてくれるだろう!」という感じでした(笑)。
吉田:いや~早かった!俺が送ったら、すぐ2人からも「できました」と返事がきて。ずいぶん安易に作るなと思ったよ(笑)。
光一:安易じゃないですよ。
吉田:「人の詩をもっと練って、よく考えたらどうなんだ!」というくらい早かった(笑)。
剛:反射的に作りましたから!
吉田:前もって作ってあったんじゃないの(笑)?舞台中なのに、光一も早かったね。
光一:帝国劇場の楽屋に、拓郎さんの詩をずっと置いていました。
剛:だから、幻のサビがあることにもなるんで、これはいつか歌ってもいいかなとも思っています。拓郎さんは思いつく人だから、僕も同じ鮮度で返したいと思って。そこで躊躇(ちゅうちょ)したりいろいろやったりするよりかは、拓郎さんの詩にお互いに反応したものを見せ合って、それでひとつの曲を作る。それが正解の作り方だと思う。
今回は、サビを光一のサビにしようと決めて混ぜました。だから、ゼロから一緒に考えて作っていたら生まれなかったかもしれないメロディ。そんな制作過程が、この曲ならではの温度感につながったかなと思っています。でも、本当に大変でした(笑)。
吉田:「詩を読みました。感動しました。メロディが浮かんできました」と光一からメールがきて。「これから剛と二人で構築していきます」とメールがきたんですよ。そしたら何日かあとに、「僕と剛は、構築するために何かしたことがないんです」なんて言ってきて(笑)。
光一:お互いに連携を取ってやろうと考えていたんですけど、思えば連携なんて取ったことないなって(笑)。
吉田:剛からAというメロディがきて、光一からはBというメロディが届いて、俺にこれをくっつけてくれと。いかにも、KinKi Kids。委ねられたというか、勝手すぎる(笑)!
剛:光一は舞台をやっていたから、なかなか時間が取れなくて…。
吉田:お前たちは、連携を取るのがイヤなのか(笑)。
光一:なにしろ、会う時間がなかったんです。剛は、さっき言ったようにすごく早くて。勢いを殺したくないという思いはもちろんわかるし。でも、僕は僕の中で思い浮かんでいるものもあって…。
吉田:俺は、2人がどこかの喫茶店で話し合いながら頭を突き合わせて「剛、そこはこうじゃないの?」「光一、それはおかしいよ」なんて言いながら作っているのかと思ってたよ!
光一:そんな2人じゃないことは、わかっているじゃないですか(笑)。
剛:(笑)。大変でしたが、拓郎さんの詩がとてもすてきなので、とても良い曲ができました。久しぶりにこのメンバーで過ごして、めちゃくちゃ楽しいです。
『LOVE LOVE~』をもう一度やりたいなと思うくらい。この空気感を、みなさんに伝えるべく、本番はナチュラルに過ごそうかなと思っています。
光一:冒頭に言ったように「番組をやろう!」という拓郎さんの一言から始まって、「お前ら、曲作れ」と言われて。
「どうしよう!」と思いながらも、みんなでひとつに向かっていくエネルギーが生まれるんです。そのきっかけをくれる方で、それは昔からずっと変わらない。
剛:言い方を変えると「ちょっと、YOUやっちゃいなよ」です(笑)。
光一:本当にそう!今の時代、守りに入らず、そういうエネルギーを持っている人は、なかなか出会えないと思います。
おのずと道ができていく、そこに全員が向かっていってしまう、それが拓郎さんの持つエネルギー。
昔も今もそうやって変わらないのがすてきだし、そこにいられることが幸せだと感じながら準備しています。
公式HP:https://t.cn/A6a4ViJM
7月21日(木)20時~『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』
『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』より、KinKi Kids、吉田拓郎さんのコメントが到着。
KinKi Kids(堂本光一さん、堂本剛さん)と吉田拓郎さんという異色のタッグによる、伝説の音楽バラエティ番組『LOVE LOVE あいしてる』(1996年10月~2001年3月/フジテレビ)が、特別番組『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』(7月21日放送)として、5年ぶりに放送されます。
<『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』放送決定!>
放送は、KinKi KidsがCDデビュー25年目を迎える、7月21日(木)20時~。
また、吉田さんは、この番組が最後のテレビ出演となり、番組も最終回を迎えることとなります。
吉田さんの“卒業式”には、篠原ともえさんや坂崎幸之助(THE ALFEE)さんら番組レギュラー陣に加えて、吉田さんが「最後のテレビ出演に会いたい」とオファーした超豪華ゲストも集結。
さらに、今回のためにKinKi Kidsと吉田さん、3人が初の合作に挑んだ楽曲「Sayonara あいしてる」を披露します。
番組開始から26年の集大成を飾る『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』は、7月21日(木)20時より、フジテレビで放送されます。
偶然から始まった奇跡が続いていて、今もその中に僕らが置かれている
<KinKi Kids&吉田拓郎 コメント>
――放送が決まったときは、どう思いましたか?
堂本光一:拓郎さんの一声で始まりました。『LOVE LOVE~』レギュラー放送のころから、拓郎さんの一声で、みんなが集中してひとつの方向に動き始めるということが多かった気がします。
昔はそういう感覚で物事が進むことは少なくなかったと思うんですけど、今の時代においては、なかなかないこと。今回実現できたのは、拓郎さんのリーダーシップのおかげですし、昔もそうやってやったなという感覚を思い出してうれしかったです。
堂本剛:番組が終わってからも、「『LOVE LOVE~』見てました」と、いろいろな方に言っていただける人生なので、『LOVE LOVE~』という番組が自分だけじゃなくて、いろいろな人たちの記憶に残ってるんだと、影響があった番組なんだなと実感することが多かったんです。
なので、すごくうれしいとともに「ラストか」という気持ちももちろんあります。
でも、リハーサルをやって、「こういう雰囲気だったよな」と、みんなでお話をして。番組が終わってから、長い時間がたったはずなのに、「先月もやっていた」みたいな雰囲気が、めちゃくちゃ不思議で。
篠原(ともえ)も随分会っていなかったですが、あっという間に当時に戻れる感覚。そういう関係性を、画面を通して改めて、みなさんにお届けできることがすごく幸せです。
だから、「放送が決まった」と聞いたときは、そこまで想像できていなかったですけど、改めてリハーサルをしてみてそういう空気感とともに、みなさんに伝えられるという機会をまたいただけたのでうれしいなと思っています。
吉田拓郎:僕は、年齢的にも2人より全然上で、いろいろなことをリタイアしたいなと考えていまして。そういう意味でいうと、テレビとのお付き合いも『LOVE LOVE~』で最後にしたいな、という決心が随分前からありました。
光一と剛と最後に一緒にやって、一緒の時間を過ごして、それを最後のテレビ出演とするのはどうかなと、かねてから思っていました。
それで、プロデューサーと話して、特番などでやれるといいんだけどねと話をさせてもらって。
僕は、とてもすてきな有終の美を飾れそうで、とても幸せ。光一、剛、篠原さん、みなさんに感謝しています。
――改めて、『LOVE LOVE あいしてる』という番組はどんな存在ですか?
吉田:2人ともよく話すのですが、この番組の始まりは偶然だった。海の物とも山の物ともお互いに何も面識もなく、年齢差もすごくあった僕らが集められて、僕らが意識して集まったわけではなく、集められたわけですから。
その偶然からいろんな奇跡が起き始めて、その奇跡をみんなで、僕ら3人だけでなくスタッフも含めて作り上げてきた。
番組が終わって、毎週スタジオに行くことがなくなった寂しさを考え、感じながら、「あの数年間は奇跡的だったな」と思うようになりました。
5年前の特番のときは、終わってから16年もたってから集まったのに、ずっと続けてやっていたような感覚に陥って。不思議なこと起こってるなって。
偶然から始まった奇跡が続いていて、今もその中に僕らが置かれている。残念ながら、この感覚はどなたにもわかっていただけないかもしれない。
でも、光一も剛も、篠原さんも、僕もずっと「何だろう、これ」という感覚を抱きながら、今ここにいるんじゃないかな。僕は、この感覚を感じられることがすごく幸せです。
「番組が特番として帰ってくることも奇跡だと思う」(光一)
――「最後のテレビ出演にする」と聞いたときの心境は?
光一:今回の特番が終わったあとに、拓郎さんに「最後を飾るのに本当にふさわしかったよ」と言っていただけることもすばらしいことだし、「いや、楽しいからもうちょっとやろうかな」と言っていただけるのもうれしいことです。
どっちに転がるかわからないですし、どっちに転がそうとも思っていません。だから拓郎さんがおっしゃったように、ずっと奇跡の中でやってきたので、終わりという言葉というよりも、これからまたどんな奇跡が起きるんだろうという思いでやれば、また奇跡が起きるかもしれない。
フワッとしてるかもしれないんですけど、そんな感覚です。
今こうやって改めて番組が特番として帰ってくることも奇跡だと思います。そこを大事にやっていけば、何かまた生まれるんじゃないかという期待感も込めながら、やりたいなと思います。
剛:僕も同じような気持ちですし、ひとりの人間の人生というのは、それぞれあるわけで。その中で出会いも別れもありますし、思うこともそれぞれ違うし、でも、お互いを尊重し合いながら生きていくのが“仲間”だと思うし、愛する人のためにできることだと思うんです。
リハーサルをして楽しかったし、収録の日も、どんな日も二度とないので、当たり前の中にある喜びをかみ締めながら当日は過ごしたいです。そこで生まれたコミュニケーションがまた何かに繋がるかもしれない。
コロナ禍で、自分自身が部屋でずっと過ごしていたら、拓郎さんから「アレンジをお願いしたい」と電話をいただいて。まったく予想していなかったです。
この大変な時代を、何とか自分なりに耐えている中で、そういうご連絡をいただいたときから今日までがどんどん繋がってるんです。
だから、収録の日も何かが生まれるかもしれないし、生まれないかもしれないけど、でも拓郎さんの言葉にもあったように、わかってもらえないような不思議な関係性の人たちが集う日だし、何かが、始まるんだろうなとは僕は思っています。
光一の言うように、何かが起こるようにわざと導こうとも思ってないし、自分たちらしく楽しく過ごせたら、まずはそれが幸せなんで、そんな日になればいいなと思います。
「久しぶりにこのメンバーで過ごして、めちゃくちゃ楽しい」(剛)
――初の合作曲「Sayonara あいしてる」についての思いは?
吉田:3人で一緒に作った曲を番組で演奏してみたいね、と以前、話をしていました。2人がその場で「ぜひ」と言ってくれたので、俺が詩を書くよ、と。それで、詩を光一と剛に送ったんです。
剛:次の日にきたんですよ。
光一:思いつきが過ぎるんです、拓郎さん(笑)。
剛:次の日にきちゃったから、そのスピード感で返したいと思って。僕は、たまたま家で作業だったので、やっていた作業をいったん止めました。
拓郎さんのスピードに対して、反応した自分のものを作りたいと思って、すぐに作ったんです。光一も、サビの部分を思い浮かべていたから、混ぜてみよう、と。
光一:お互いに拓郎さんの詩を見て、剛もスピード感を持ってやっていたし、僕は舞台中だったんですが、サビに関してはメロディが浮かんでいて。でも、それぞれ思いついたことを形にしていたので、作ってる曲のキーが違ってたので時間がかかってしまって…。
剛:世界観から全然違う。
光一:すり合わせる作業をしていましたが、最終的には「拓郎さんに丸投げするか!何とかしてくれるだろう!」という感じでした(笑)。
吉田:いや~早かった!俺が送ったら、すぐ2人からも「できました」と返事がきて。ずいぶん安易に作るなと思ったよ(笑)。
光一:安易じゃないですよ。
吉田:「人の詩をもっと練って、よく考えたらどうなんだ!」というくらい早かった(笑)。
剛:反射的に作りましたから!
吉田:前もって作ってあったんじゃないの(笑)?舞台中なのに、光一も早かったね。
光一:帝国劇場の楽屋に、拓郎さんの詩をずっと置いていました。
剛:だから、幻のサビがあることにもなるんで、これはいつか歌ってもいいかなとも思っています。拓郎さんは思いつく人だから、僕も同じ鮮度で返したいと思って。そこで躊躇(ちゅうちょ)したりいろいろやったりするよりかは、拓郎さんの詩にお互いに反応したものを見せ合って、それでひとつの曲を作る。それが正解の作り方だと思う。
今回は、サビを光一のサビにしようと決めて混ぜました。だから、ゼロから一緒に考えて作っていたら生まれなかったかもしれないメロディ。そんな制作過程が、この曲ならではの温度感につながったかなと思っています。でも、本当に大変でした(笑)。
吉田:「詩を読みました。感動しました。メロディが浮かんできました」と光一からメールがきて。「これから剛と二人で構築していきます」とメールがきたんですよ。そしたら何日かあとに、「僕と剛は、構築するために何かしたことがないんです」なんて言ってきて(笑)。
光一:お互いに連携を取ってやろうと考えていたんですけど、思えば連携なんて取ったことないなって(笑)。
吉田:剛からAというメロディがきて、光一からはBというメロディが届いて、俺にこれをくっつけてくれと。いかにも、KinKi Kids。委ねられたというか、勝手すぎる(笑)!
剛:光一は舞台をやっていたから、なかなか時間が取れなくて…。
吉田:お前たちは、連携を取るのがイヤなのか(笑)。
光一:なにしろ、会う時間がなかったんです。剛は、さっき言ったようにすごく早くて。勢いを殺したくないという思いはもちろんわかるし。でも、僕は僕の中で思い浮かんでいるものもあって…。
吉田:俺は、2人がどこかの喫茶店で話し合いながら頭を突き合わせて「剛、そこはこうじゃないの?」「光一、それはおかしいよ」なんて言いながら作っているのかと思ってたよ!
光一:そんな2人じゃないことは、わかっているじゃないですか(笑)。
剛:(笑)。大変でしたが、拓郎さんの詩がとてもすてきなので、とても良い曲ができました。久しぶりにこのメンバーで過ごして、めちゃくちゃ楽しいです。
『LOVE LOVE~』をもう一度やりたいなと思うくらい。この空気感を、みなさんに伝えるべく、本番はナチュラルに過ごそうかなと思っています。
光一:冒頭に言ったように「番組をやろう!」という拓郎さんの一言から始まって、「お前ら、曲作れ」と言われて。
「どうしよう!」と思いながらも、みんなでひとつに向かっていくエネルギーが生まれるんです。そのきっかけをくれる方で、それは昔からずっと変わらない。
剛:言い方を変えると「ちょっと、YOUやっちゃいなよ」です(笑)。
光一:本当にそう!今の時代、守りに入らず、そういうエネルギーを持っている人は、なかなか出会えないと思います。
おのずと道ができていく、そこに全員が向かっていってしまう、それが拓郎さんの持つエネルギー。
昔も今もそうやって変わらないのがすてきだし、そこにいられることが幸せだと感じながら準備しています。
公式HP:https://t.cn/A6a4ViJM
《類經》
【类经三卷】
藏象类(一)
十二官(《素问.灵兰秘典论》全O一)
黄帝问曰:愿闻十二脏之相使,贵贱何如?(脏,藏也。六脏六腑,总为十二。分言之,则阳为腑,阴为脏;合言之,则皆可称脏,犹言库藏之藏,所以藏物者。如《宣明五气篇》曰,心藏神,肺藏魄之类是也。相使者,辅相臣使之谓。贵贱者,君臣上下之分。O藏,去声。)歧伯对曰:悉乎哉问也,请遂言之。心者,君主之宫也,神明出焉。(心为一身之君主,禀虚灵而含造化,具一理以应万几,脏腑百骸,惟所是命,聪明智慧,莫不由之,故曰神明出焉。)肺者,相傅之官,治节出焉。(肺与心皆居膈上,位高近君,犹之宰辅,故称相傅之官。肺主气,气调则营卫脏腑无所不治,故曰治节出焉。节,制也。O相,去声。)肝者,将军之官,谋虑出焉。(肝属风木,性动而急,故为将军之官。木主发生,故为谋虑所出。)胆者,中正之官,决断出焉。(胆禀刚果之气,故为中正之官,而决断所出。胆附于肝,相为表里,肝气虽强,非胆不断。肝胆相济,勇敢乃成。故《奇病论》曰:肝者中之将也,取决于胆。)膻中者,臣使之官,喜乐出焉。(膻中在上焦,亦名上气海,为宗气所积之处,主奉行君相之令而布施气化,故为臣使之官。《行针篇》曰:多阳者多喜,多阴者多怒。膻中为二阳脏所居,故喜乐出焉。按十二经表里,有心包络而无膻中。心包之位正居膈上,为心之护卫。《胀论》曰:膻中者,心主之宫城也。正合心包臣使之义,意者其即指此欤?O膻,唐坦切。)脾胃者,仓廪之官,五味出焉。(脾主运化,胃司受纳,通主水谷,故皆为仓廪之官。五味入胃,由脾布散,故曰五味出焉。O《刺法论》曰:脾为谏议之官,知周出焉。见运气类四十三。)大肠者,传道之官,变化出焉。(大肠居小肠之下,主出糟粕,故为肠胃变化之传道。)小肠者,受盛之官,化物出焉。(小肠居胃之下,受盛胃中水谷而分清浊,水液由此而渗于前,糟粕由此而于后,脾气化而上升,小肠化而下降,故曰化物出焉。)肾者,作强之官,伎巧出焉。(伎,技同。肾属水而藏精,精为有形之本,精盛形成则作用强,故为作强之宫。水能化生万物,精妙莫测,故曰伎巧出焉。)三焦者,决渎之官,水道出焉。(决,通也。渎,水道也。上焦不治则水泛高原,中焦不治则水留中脘,下焦不治则水乱二便。三焦气治,则脉络通而水道利,故曰决渎之官。)膀胱者,州都之官,津液藏焉,气化则能出矣。(膀胱位居最下,三焦水液所归,是同都会之地,故曰州都之官,津液藏焉。膀胱有下口而无上囗,津液之入者为水,水之化者由气,有化而入,而后有出,是谓气化则能出矣。《营卫生会篇》曰:水谷俱下而成下焦,济泌别汁,循下焦而渗λ膀胱。正此谓也。然气化之原,居丹田之间,是名下气海,天一元气,化生于此。元气足则运化有常,水道自利,所以气为水母。知气化能出之旨,则治水之道,思过半矣。气化大义,又见三焦胞络命门辨及膀胱图注中。)凡此十二官者,不得相失也。(失则气不相使而灾害至矣。)故主明则下安,以此养生则寿,殁世不殆,以为天下则大昌。(心尘明则十二官皆安,所以不殆。能推养生之道,以及齐家治国平天下,未有不大昌者矣。)主不明则十二宫危,使道闭塞而不通,形乃大伤,以此养生则殃,以为天下者其宗大危,戒之戒之!(心不明神无所主,而脏腑相使之道闭塞不通,故自君主而下,无不失职,所以十二脏皆危,而不免于殃也。身且不免,况于天下乎?重言戒之者,甚喜心君之不可不明也。)至道在微,变化无穷,孰知其原?(至道之大,其原甚微,及其变化,则有莫测,人能见其多,而不能见其少,安得知原者相与谈是哉?)窘乎哉,消者瞿瞿,孰知其要?闵闵之当,孰者为良?(窘,穷也。瞿瞿,不审貌。闵闵,忧恤也。消者瞿瞿,孰知其要,谓十二宫相失,则精神日消,瞿瞿然莫审其故,诚哉窘矣,然所致之由,果孰得而知其要也?闵闵之当,孰者为良,谓能忧人之忧而恤人之危者,又孰知以当其明哲之良哉?盖甚言知道之少也。《气交变大论》作肖者瞿瞿,其义稍异,见运气类十一。O瞿音劬。)悦愧之数,生于毫厘,(恍惚者,无形之始。毫厘者,有象之初。即至道在微之征也。)毫厘之数,起于度量,千之万之,可以益大,推之大之其形乃制。(亳厘者,度量之所起也。千之万之者,积而不已,而形制益多也。喻言大必由于小,著必始于微,是以变化虽多,原则一耳。故但能知一,则无一之不知也;不能知一,则无一之能知也。正以见人之安危休咎,亦惟心君为之原耳。)黄帝曰:善哉。余闻精光之道,大圣之业,而宣明大道,非斋戒择吉日,不教受也。黄帝乃择吉日良兆,而藏灵兰之室,以传保焉。(洗心日斋,远欲曰戒。盖深散大道,而示人以珍重之甚也。)
藏象(《素问.六节藏象论》O二)
帝曰:藏象何如?(象,形象也。藏居于内,形见于外,故日藏象。)岐曰:心者,生之本,神之变也,其华在面,其充在血脉,为阳中之太阳,通于夏气。(心为君主而属阳,阳主生,万物之以存亡,故曰生之本。心藏神,神明由之以变化,故曰神之变。心主血脉,血足则面容光彩,脉络满盈,故曰其华在面,其充在血脉。心属火,以阳脏通于夏气,故为阳中之太阳。)肺者,气之本,魄之处也,其华在毛,其充在皮,为太阳之太阴,通于秋气。(诸气皆主于肺,故曰气之本。肺藏魄,故曰魄之处。肺主一身之皮毛,故其华在毛,其充在皮。肺金以太阴之气而居阳分,故为阳中之太阴,通于秋气。)肾者,主蛰,封藏之本,精之处也,其华在发,其充在骨,为阴中之少阴,通手冬气。(肾者,胃之关也,位居亥子,开窍二阴而司约束,故为主蛰封藏之本。肾主水,受五脏六腑之精而藏之,故曰精之处也。发为血之余,精足则血足而岁盛,故其华在发。肾之合骨也,故其充在骨。肾为阴藏,故为阴中之少阴,通于冬气。O愚按:新校正言全元起本及《甲乙经》、《太素》俱以肺作阳中之少阴,肾作阴中之太阴。盖谓肺在十二经虽属太阴,然阴中阳中,当为少阴也;然阴在阴中,当为太阴也。此说虽亦理也,然考之《刺禁论》云:膈肓之上,中有父母。乃指心火肺金为父母也。父曰太阳,母曰太阴,自无不可;肾虽属水而阳生于子,即曰少阴,于义亦当。此当仍以本经为正。)肝者,疲极之本,魂之居也,其华在爪,其充在筋,以生血气,其味酸,其色苍,此为阳中之少阳,通于春气。(人之运动,由乎筋力,运动过劳,筋必疲极。肝藏魂,故为魂之居。爪者筋之余,故其华在爪,其充在筋,肝属木,位居东方,为发生之始,故以生血气。酸性木之味。苍者木之色。木旺于春,阳犹末盛,故为阳中之少阳,通于春气。O按:上文三脏,皆不言色味,而肝脾二脏独言之,意必脱简也。五脏色味,详载《五运行大论》及《阴阳应象大论》等篇,见后五、六。O疲音皮。)脾胃大肠小肠三焦膀胱者,仓廪之本,营之居也,名曰器,能化糟粕,转味而入出者也,(此六者皆主盛受水谷,故同称仓廪之本。营者水谷之精气也,水谷贮于六腑,故为营之所居而皆名曰器,凡所以化糟粕转五味者,皆由乎此也。O粕音朴。)其华在唇四白,其充在肌,其味甘,其色黄,此至阴之类,通于土气。(四白,唇之四际白肉也。唇者脾之荣。肌肉者脾之合。甘者土之味。黄者土之色也。脾以阴中之至阴而分旺四季,故通于土气。此虽若指脾为言,而实总结六腑者,皆仓廪之本,无非统于脾气也,故曰此至阴之类。)凡十一脏,取决于胆也。(五脏六腑,共为十一,禀赋不同,情志亦异,必资胆气,庶得各成其用,故皆取决于胆也。O愚按:五脏者,主藏精而不泻,故五脏皆内实;六腑者,主化物而不藏,故六腑皆中虚。惟胆以中虚,故属于腑;然藏而不泻,又类乎脏。故足少阳为半表半里之经,亦曰中正之官,又曰奇恒之府,所以能通达阴阳,而十一脏皆取决乎此也。然东垣曰:胆者少阳春升之气,春气升则万化安。故胆气春升,则余脏从之,所以十一脏皆取决于胆。其说亦通。)
【类经三卷】
藏象类(一)
十二官(《素问.灵兰秘典论》全O一)
黄帝问曰:愿闻十二脏之相使,贵贱何如?(脏,藏也。六脏六腑,总为十二。分言之,则阳为腑,阴为脏;合言之,则皆可称脏,犹言库藏之藏,所以藏物者。如《宣明五气篇》曰,心藏神,肺藏魄之类是也。相使者,辅相臣使之谓。贵贱者,君臣上下之分。O藏,去声。)歧伯对曰:悉乎哉问也,请遂言之。心者,君主之宫也,神明出焉。(心为一身之君主,禀虚灵而含造化,具一理以应万几,脏腑百骸,惟所是命,聪明智慧,莫不由之,故曰神明出焉。)肺者,相傅之官,治节出焉。(肺与心皆居膈上,位高近君,犹之宰辅,故称相傅之官。肺主气,气调则营卫脏腑无所不治,故曰治节出焉。节,制也。O相,去声。)肝者,将军之官,谋虑出焉。(肝属风木,性动而急,故为将军之官。木主发生,故为谋虑所出。)胆者,中正之官,决断出焉。(胆禀刚果之气,故为中正之官,而决断所出。胆附于肝,相为表里,肝气虽强,非胆不断。肝胆相济,勇敢乃成。故《奇病论》曰:肝者中之将也,取决于胆。)膻中者,臣使之官,喜乐出焉。(膻中在上焦,亦名上气海,为宗气所积之处,主奉行君相之令而布施气化,故为臣使之官。《行针篇》曰:多阳者多喜,多阴者多怒。膻中为二阳脏所居,故喜乐出焉。按十二经表里,有心包络而无膻中。心包之位正居膈上,为心之护卫。《胀论》曰:膻中者,心主之宫城也。正合心包臣使之义,意者其即指此欤?O膻,唐坦切。)脾胃者,仓廪之官,五味出焉。(脾主运化,胃司受纳,通主水谷,故皆为仓廪之官。五味入胃,由脾布散,故曰五味出焉。O《刺法论》曰:脾为谏议之官,知周出焉。见运气类四十三。)大肠者,传道之官,变化出焉。(大肠居小肠之下,主出糟粕,故为肠胃变化之传道。)小肠者,受盛之官,化物出焉。(小肠居胃之下,受盛胃中水谷而分清浊,水液由此而渗于前,糟粕由此而于后,脾气化而上升,小肠化而下降,故曰化物出焉。)肾者,作强之官,伎巧出焉。(伎,技同。肾属水而藏精,精为有形之本,精盛形成则作用强,故为作强之宫。水能化生万物,精妙莫测,故曰伎巧出焉。)三焦者,决渎之官,水道出焉。(决,通也。渎,水道也。上焦不治则水泛高原,中焦不治则水留中脘,下焦不治则水乱二便。三焦气治,则脉络通而水道利,故曰决渎之官。)膀胱者,州都之官,津液藏焉,气化则能出矣。(膀胱位居最下,三焦水液所归,是同都会之地,故曰州都之官,津液藏焉。膀胱有下口而无上囗,津液之入者为水,水之化者由气,有化而入,而后有出,是谓气化则能出矣。《营卫生会篇》曰:水谷俱下而成下焦,济泌别汁,循下焦而渗λ膀胱。正此谓也。然气化之原,居丹田之间,是名下气海,天一元气,化生于此。元气足则运化有常,水道自利,所以气为水母。知气化能出之旨,则治水之道,思过半矣。气化大义,又见三焦胞络命门辨及膀胱图注中。)凡此十二官者,不得相失也。(失则气不相使而灾害至矣。)故主明则下安,以此养生则寿,殁世不殆,以为天下则大昌。(心尘明则十二官皆安,所以不殆。能推养生之道,以及齐家治国平天下,未有不大昌者矣。)主不明则十二宫危,使道闭塞而不通,形乃大伤,以此养生则殃,以为天下者其宗大危,戒之戒之!(心不明神无所主,而脏腑相使之道闭塞不通,故自君主而下,无不失职,所以十二脏皆危,而不免于殃也。身且不免,况于天下乎?重言戒之者,甚喜心君之不可不明也。)至道在微,变化无穷,孰知其原?(至道之大,其原甚微,及其变化,则有莫测,人能见其多,而不能见其少,安得知原者相与谈是哉?)窘乎哉,消者瞿瞿,孰知其要?闵闵之当,孰者为良?(窘,穷也。瞿瞿,不审貌。闵闵,忧恤也。消者瞿瞿,孰知其要,谓十二宫相失,则精神日消,瞿瞿然莫审其故,诚哉窘矣,然所致之由,果孰得而知其要也?闵闵之当,孰者为良,谓能忧人之忧而恤人之危者,又孰知以当其明哲之良哉?盖甚言知道之少也。《气交变大论》作肖者瞿瞿,其义稍异,见运气类十一。O瞿音劬。)悦愧之数,生于毫厘,(恍惚者,无形之始。毫厘者,有象之初。即至道在微之征也。)毫厘之数,起于度量,千之万之,可以益大,推之大之其形乃制。(亳厘者,度量之所起也。千之万之者,积而不已,而形制益多也。喻言大必由于小,著必始于微,是以变化虽多,原则一耳。故但能知一,则无一之不知也;不能知一,则无一之能知也。正以见人之安危休咎,亦惟心君为之原耳。)黄帝曰:善哉。余闻精光之道,大圣之业,而宣明大道,非斋戒择吉日,不教受也。黄帝乃择吉日良兆,而藏灵兰之室,以传保焉。(洗心日斋,远欲曰戒。盖深散大道,而示人以珍重之甚也。)
藏象(《素问.六节藏象论》O二)
帝曰:藏象何如?(象,形象也。藏居于内,形见于外,故日藏象。)岐曰:心者,生之本,神之变也,其华在面,其充在血脉,为阳中之太阳,通于夏气。(心为君主而属阳,阳主生,万物之以存亡,故曰生之本。心藏神,神明由之以变化,故曰神之变。心主血脉,血足则面容光彩,脉络满盈,故曰其华在面,其充在血脉。心属火,以阳脏通于夏气,故为阳中之太阳。)肺者,气之本,魄之处也,其华在毛,其充在皮,为太阳之太阴,通于秋气。(诸气皆主于肺,故曰气之本。肺藏魄,故曰魄之处。肺主一身之皮毛,故其华在毛,其充在皮。肺金以太阴之气而居阳分,故为阳中之太阴,通于秋气。)肾者,主蛰,封藏之本,精之处也,其华在发,其充在骨,为阴中之少阴,通手冬气。(肾者,胃之关也,位居亥子,开窍二阴而司约束,故为主蛰封藏之本。肾主水,受五脏六腑之精而藏之,故曰精之处也。发为血之余,精足则血足而岁盛,故其华在发。肾之合骨也,故其充在骨。肾为阴藏,故为阴中之少阴,通于冬气。O愚按:新校正言全元起本及《甲乙经》、《太素》俱以肺作阳中之少阴,肾作阴中之太阴。盖谓肺在十二经虽属太阴,然阴中阳中,当为少阴也;然阴在阴中,当为太阴也。此说虽亦理也,然考之《刺禁论》云:膈肓之上,中有父母。乃指心火肺金为父母也。父曰太阳,母曰太阴,自无不可;肾虽属水而阳生于子,即曰少阴,于义亦当。此当仍以本经为正。)肝者,疲极之本,魂之居也,其华在爪,其充在筋,以生血气,其味酸,其色苍,此为阳中之少阳,通于春气。(人之运动,由乎筋力,运动过劳,筋必疲极。肝藏魂,故为魂之居。爪者筋之余,故其华在爪,其充在筋,肝属木,位居东方,为发生之始,故以生血气。酸性木之味。苍者木之色。木旺于春,阳犹末盛,故为阳中之少阳,通于春气。O按:上文三脏,皆不言色味,而肝脾二脏独言之,意必脱简也。五脏色味,详载《五运行大论》及《阴阳应象大论》等篇,见后五、六。O疲音皮。)脾胃大肠小肠三焦膀胱者,仓廪之本,营之居也,名曰器,能化糟粕,转味而入出者也,(此六者皆主盛受水谷,故同称仓廪之本。营者水谷之精气也,水谷贮于六腑,故为营之所居而皆名曰器,凡所以化糟粕转五味者,皆由乎此也。O粕音朴。)其华在唇四白,其充在肌,其味甘,其色黄,此至阴之类,通于土气。(四白,唇之四际白肉也。唇者脾之荣。肌肉者脾之合。甘者土之味。黄者土之色也。脾以阴中之至阴而分旺四季,故通于土气。此虽若指脾为言,而实总结六腑者,皆仓廪之本,无非统于脾气也,故曰此至阴之类。)凡十一脏,取决于胆也。(五脏六腑,共为十一,禀赋不同,情志亦异,必资胆气,庶得各成其用,故皆取决于胆也。O愚按:五脏者,主藏精而不泻,故五脏皆内实;六腑者,主化物而不藏,故六腑皆中虚。惟胆以中虚,故属于腑;然藏而不泻,又类乎脏。故足少阳为半表半里之经,亦曰中正之官,又曰奇恒之府,所以能通达阴阳,而十一脏皆取决乎此也。然东垣曰:胆者少阳春升之气,春气升则万化安。故胆气春升,则余脏从之,所以十一脏皆取决于胆。其说亦通。)
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