辛卯日出生的人命运好不好?
辛卯日出生的人命运好不好?
辛卯日生的人很难表现自己好的一面,如知性、美意识或内在稳藏的坚强,运气始终衰败。[辛卯][下等]坐偏财,桃花,男命喜欢女色,女命稍好,但漂亮又浪漫,对异性富吸引力,难禁风流。口快心直,有志气,有权柄,利官近贵,身闲心不空;六亲少靠,自立家业,少年劳禄,晚年大利;女人持家,操劳,勤俭节约可兴隆。辛卯日甲申旬,午未空亡,男命日神合官化食伤生财格,克妻,妻死妻离留子女,因为辛禄在酉,乙木妻星禄在卯,卯酉相冲,天克地冲也。日禄酉六合辰化金,妻乙禄卯合戊化火,地支六合之气相冲,五行金木卯酉相克,必克妻,妻会住院开刀或生离死别。原因二:辛卯日妻官坐刹,辛金长生子,乙木长生午,子冲午,乙木生出合庚,午为庚金桃花,辛日劫财,乙木妻星合庚而去,不死则妻跟人走。辛卯日儿为丙火,旺午,乙木妻星长生午,木生火,乙木,丙火儿子也,丁禄午,丁火为辛卯日之女儿得禄午,有一男一女。己土母亲得禄午逢空,冲日神长生,母子无禄,父甲木旺卯逢午死,甲合己化土,父在母先亡,父母禄薄。
辛卯日出生的人命运好不好?
辛卯日生的人很难表现自己好的一面,如知性、美意识或内在稳藏的坚强,运气始终衰败。[辛卯][下等]坐偏财,桃花,男命喜欢女色,女命稍好,但漂亮又浪漫,对异性富吸引力,难禁风流。口快心直,有志气,有权柄,利官近贵,身闲心不空;六亲少靠,自立家业,少年劳禄,晚年大利;女人持家,操劳,勤俭节约可兴隆。辛卯日甲申旬,午未空亡,男命日神合官化食伤生财格,克妻,妻死妻离留子女,因为辛禄在酉,乙木妻星禄在卯,卯酉相冲,天克地冲也。日禄酉六合辰化金,妻乙禄卯合戊化火,地支六合之气相冲,五行金木卯酉相克,必克妻,妻会住院开刀或生离死别。原因二:辛卯日妻官坐刹,辛金长生子,乙木长生午,子冲午,乙木生出合庚,午为庚金桃花,辛日劫财,乙木妻星合庚而去,不死则妻跟人走。辛卯日儿为丙火,旺午,乙木妻星长生午,木生火,乙木,丙火儿子也,丁禄午,丁火为辛卯日之女儿得禄午,有一男一女。己土母亲得禄午逢空,冲日神长生,母子无禄,父甲木旺卯逢午死,甲合己化土,父在母先亡,父母禄薄。
己丑日出生的人命运好吗?
己丑日出生的人命运好吗?
己丑日出生的人不太会说话,有些阴郁的感觉,但仍具有木纳、中庸的品格,运势少有变化。[己丑][中等]通根,比丁丑好,生于得令时为强,比肩夺财争斗,生于失令时则有兄弟帮忙。?口快心直,通技艺人,能掌实权,诚意待人,博得众望,衣禄不少;男人防再娶,家庭当和睦相处。女人晚年发福。己丑日出生的人,无论男女,既不自负,也不气馁。尊敬长辈,怜悯下属和晚辈。但无论做任何事,都要求圆满。对于任何事,也都能考虑他人的立场、利益和感受。己丑日出生的人,与属猪的,属鼠的易交上朋友,若自己身旺、能力强,则这样的友谊,将对自己追求财富十分有利。和属蛇、属鸡的人,也容易交上朋友。若自己体弱多病,或者能力有限,则这样的友谊,对自己的体能和精力会有更多的耗泄。在属牛的大运、流年,按中医理论,是太阴经被引动,容易发生痰饮、咳嗽、皮肤病、项强、脾病、左脚、右臂的风湿疼痛。
己丑日出生的男性,很有可能生于大家庭,除了自己喜欢储蓄,善于攒钱外,还肯定能娶到生性节俭的妻子。偏财运好。因此,适合经商,若真是以经商为业,则很有可能发展出分店、分公司。一生也就大致顺利。
己丑日出生的女性,父运不好,甚至父亲早亡之兆。由于夫宫有己土比肩睡于卧榻之下,比肩又为争竞之星。所以,在恋爱、婚姻之旅中,容易出现较多的感情困扰。一生中可能出现一时之盛。但是难于持久。
己丑日出生的人命运好吗?
己丑日出生的人不太会说话,有些阴郁的感觉,但仍具有木纳、中庸的品格,运势少有变化。[己丑][中等]通根,比丁丑好,生于得令时为强,比肩夺财争斗,生于失令时则有兄弟帮忙。?口快心直,通技艺人,能掌实权,诚意待人,博得众望,衣禄不少;男人防再娶,家庭当和睦相处。女人晚年发福。己丑日出生的人,无论男女,既不自负,也不气馁。尊敬长辈,怜悯下属和晚辈。但无论做任何事,都要求圆满。对于任何事,也都能考虑他人的立场、利益和感受。己丑日出生的人,与属猪的,属鼠的易交上朋友,若自己身旺、能力强,则这样的友谊,将对自己追求财富十分有利。和属蛇、属鸡的人,也容易交上朋友。若自己体弱多病,或者能力有限,则这样的友谊,对自己的体能和精力会有更多的耗泄。在属牛的大运、流年,按中医理论,是太阴经被引动,容易发生痰饮、咳嗽、皮肤病、项强、脾病、左脚、右臂的风湿疼痛。
己丑日出生的男性,很有可能生于大家庭,除了自己喜欢储蓄,善于攒钱外,还肯定能娶到生性节俭的妻子。偏财运好。因此,适合经商,若真是以经商为业,则很有可能发展出分店、分公司。一生也就大致顺利。
己丑日出生的女性,父运不好,甚至父亲早亡之兆。由于夫宫有己土比肩睡于卧榻之下,比肩又为争竞之星。所以,在恋爱、婚姻之旅中,容易出现较多的感情困扰。一生中可能出现一时之盛。但是难于持久。
【原文】Vogue Japan #安室奈美惠[超话]#
安室奈美恵が去って丸4年。“アムロ後継者不在”問題について、考える。(Toru Mitani)
歌って踊るスーパーエンターテイナー、安室奈美恵が引退をして今日で4年が経った。韓国エンタメに圧倒される日本の音楽シーンだが、彼女のようなスタイルの“後継ぎ”は果たして現れるのか。そして、今の韓国アイドルの育成基盤とも言える、安室と沖縄アクターズスクールについても考察したい。
“韓国アイドル育成システム”に近しい環境で育つ。
平間至が撮影したアルバム『SWEET 19 BLUES』(1996)のヴィジュアル。一番下はシングル『ALARM』(2004)より。
2018年9月16日に芸能生活に終止符を打ち、シーンから去った安室奈美恵。彼女は今、何をしているのだろうか。彼女がメインストリームにいた時代と今を比べると、個人的には物足りなさを感じる。韓国の音楽シーンが約12、3年間かけて世界基準になったとはいえ、アラウンド2000年あたりには、彼女が韓国のクリエイターに刺激を与えていたのは紛れもない事実。J.Y.ParkはのちにNiziUを生み出すオーディションで沖縄での審査を心から楽しみにしており、その理由を「安室奈美恵さんの故郷だから」と答えていた。さまざまなインタビューで、彼は安室に影響を受けたこと、いつか楽曲提供をしたいという野望を語っていた。
過酷なダンスレッスンやボイストレーニング、さらに、高いプロ意識を育てるマインドセットなど、沖縄という島でスター育成を行っていた「沖縄アクターズスクール」で安室奈美恵が基礎を身につけたことは有名な話だ。のちに、今で言う韓国アイドルにように“デビューした瞬間からいきなり精度が高い”という現象を、4人組のガールズグループ、SPEEDが証明している(1995年デビュー)。ストイックな姿勢と真摯な音楽への取り組みで国民から高く信頼されている三浦大知(元Folder)も、アクターズ出身。「デビューができるかできないかわからないけど、それでも命がけで努力する」という姿勢あってこそ、こうしてトップアーティストが生まれるのか、と幼いながらも納得したことをよく覚えている。それを国家総出で行っているのが今の韓国。独自のアイドル育成システムなのだと思う。
ハイファッションと音楽のシンクロニシティ。
安室奈美恵は音楽プロデューサー・小室哲哉とタッグを組むことで、90年代後半から一気にスターダムに上り詰める。「You're my sunshine」(1996)で着用した「JAYRO」(トム・フォードのグッチをコピーしていたギャルブランド)のゼブラ柄スーツが巷で即完売し、その3年後には「RESPECT the POWER OF LOVE」のTVパフォーマンスでトム・フォードによる“本物”のグッチのドレスを着用──と、このように急ピッチに纏うものまで一流になっていった。コレクションピースを着用して、キレのあるダンスを披露し、エッジの効いたトラックにのせてハスキーボイスで華麗に歌う。ファッションを愛する僕にとっては、こんな極上はない!と当時は心から高揚したものだ。そして、その頃を思い出し、今の韓国の音楽シーンについて考える。ハイエンドなファッションと最先端サウンドの美しいシンクロ感。かつて安室奈美恵ができていたことを、今、韓国では何十人(何百人?)が一気にそれをやっている、という衝撃な状況なのだな、改めて驚く。どおりで僕はこの14年間、韓国カルチャーに夢中なわけだ……。
さあ、どうする日本。安室を失った今、“歌って踊る”という表現のジャンルにおいて、後継者は不在。グループではなくソロ、たったひとりであそこまで華がある人間はそうそういないだろう。おそらく全国民の中でも人見知りランキングのトップ100に食い込むのではないか?と思わせる社交性の無さ(基本的に人を疑っている、とよく話していた)と、漂う圧倒的な孤独感。彼女が踊っている時の内側にこもる切なさや侘しさ。でも、それらがストイックな姿勢と混じり合い、とんでもなく眩しすぎるオーラを放ち我々を虜にする。ライブでは口パク無し。R&B調の楽曲でコーラスとコーラスが重なる部分もなぜか全部歌う(普通は片方のコーラスは音で流して歌わない)。で、徹底的に踊る。トークもなく、ひたすら踊る。彼女のライブ、彼女によるステージはどれも超絶に一級品であった。
日本には素晴らしいシンガーソングライターやミュージシャンがたくさんいると思う。でも、“踊る”というある種のスポーツ、芸術を司るアーティストで彼女までのレベルに行ける人はもう出てこないのではないか、と思ってしまう。それほどに“安室奈美恵”という人は唯一無二であった。彼女は19年前、雑誌『FRAU』2003年3月号でこう語っていた。「歌だけなら私よりもうまい人はたくさんいるし、踊りだけでもやっぱりかなわない人はいる。でも、歌と踊り、二つがあわさったときには、絶対一番になれるという思いがある」(原文ママ)。納得。言葉通り、安室はこの二つを華麗に編み上げ、トップスター街道を進んだ。しかし、引退時にはこんなことを言っている。「私は自分がトップを走っているとは思っていないんです。私自身も、常に何かを追いかけているんだと思いますよ」(『VOGUE JAPAN』2018年10月号より)。
謙虚という姿勢と、等身大の強さ。
謙虚さ。安室奈美恵、最大の武器である。持論なので押し付けるつもりはまったくないが、僕はよくこう思っていて、親しい友人らにこれをよく話していた。「日本人特有の奥ゆかしさや他人にゆずる文化が、きっと僕たち日本人にはDNAレベルで組み込まれている。だから、R&Bサウンドが流行って、みんな無理やりアメリカナイズに“私、私”ってゴリゴリに意見をのべて、露出しているのはなんだか無理やり感がある。やっぱり、かっこいいビッチ感は本場に負ける。立ち振る舞いやファッションはもちろん個人の自由だけど、この手はダサく見える。だけど、安室は日本古来の“私なんて”文化が激しい。なのに、こんなにゴリッゴリに踊れて肌も露出してかっこいい。品がある!」(20代の僕談)と。長くなってしまったが、要は、“安室奈美恵は素直な人間だ”ということが言いたいのだ。
ありのままの自分を受け入れ、その上で付加価値を身につけたり、新しい側面を作り上げていく。そのスタイルがいつもスッと透けて見えてきて、そのスタンスに何度も何度も勇気付けられるのである。無論、今も。そういった意味で、彼女こそ元祖“ガールクラッシュ”とも言える。
──こうして9月16日に安室を振り返ってみると、彼女がいかに偉大な人物だったかを再確認できる。ギャル文化を加速させるようなメジャーな美的感覚とヴィジュアル。そして、日本ではマイナーだったR&Bサウンドへのこだわり。ポップでありながらも、ギリギリのラインで音楽性をキープするバランス感覚。引退にかけては、EDMに関してのかなり攻め込んだ取り入れ方はある意味(概念としての)“ロック”であった。さらに、ダラス・オースティンやZEDDなど世界的プロデューサーに楽曲を作ってもらうなど、今思い返すとアジアでのその手法はパイオニアだったのかもしれない。今後、安室奈美恵の存在を超えるような(この手の)アーティストが出てくるかと言われれば、「なかなかいないのでは」というのが正直なところ。でも、沖縄アクターズスクールイズムをもって、韓国を真似ることなく、日本人ならではのストイックな育成システムを構築すれば、きっとスターを生み出すことはできると思う。その時に出てくるスターは、きっとポスト・安室奈美恵とは言われないはずだ。安室級の存在感で、唯一無二のキャラクターをもって、踊り歌い倒すのだろう。
ソロではなくグループにはなるが、XGの成長に胸がワクワクしていることをふと思い出す。日本エンタメを明るく捉えたくなる、9月16日、安室奈美恵の引退日であった。
安室奈美恵が去って丸4年。“アムロ後継者不在”問題について、考える。(Toru Mitani)
歌って踊るスーパーエンターテイナー、安室奈美恵が引退をして今日で4年が経った。韓国エンタメに圧倒される日本の音楽シーンだが、彼女のようなスタイルの“後継ぎ”は果たして現れるのか。そして、今の韓国アイドルの育成基盤とも言える、安室と沖縄アクターズスクールについても考察したい。
“韓国アイドル育成システム”に近しい環境で育つ。
平間至が撮影したアルバム『SWEET 19 BLUES』(1996)のヴィジュアル。一番下はシングル『ALARM』(2004)より。
2018年9月16日に芸能生活に終止符を打ち、シーンから去った安室奈美恵。彼女は今、何をしているのだろうか。彼女がメインストリームにいた時代と今を比べると、個人的には物足りなさを感じる。韓国の音楽シーンが約12、3年間かけて世界基準になったとはいえ、アラウンド2000年あたりには、彼女が韓国のクリエイターに刺激を与えていたのは紛れもない事実。J.Y.ParkはのちにNiziUを生み出すオーディションで沖縄での審査を心から楽しみにしており、その理由を「安室奈美恵さんの故郷だから」と答えていた。さまざまなインタビューで、彼は安室に影響を受けたこと、いつか楽曲提供をしたいという野望を語っていた。
過酷なダンスレッスンやボイストレーニング、さらに、高いプロ意識を育てるマインドセットなど、沖縄という島でスター育成を行っていた「沖縄アクターズスクール」で安室奈美恵が基礎を身につけたことは有名な話だ。のちに、今で言う韓国アイドルにように“デビューした瞬間からいきなり精度が高い”という現象を、4人組のガールズグループ、SPEEDが証明している(1995年デビュー)。ストイックな姿勢と真摯な音楽への取り組みで国民から高く信頼されている三浦大知(元Folder)も、アクターズ出身。「デビューができるかできないかわからないけど、それでも命がけで努力する」という姿勢あってこそ、こうしてトップアーティストが生まれるのか、と幼いながらも納得したことをよく覚えている。それを国家総出で行っているのが今の韓国。独自のアイドル育成システムなのだと思う。
ハイファッションと音楽のシンクロニシティ。
安室奈美恵は音楽プロデューサー・小室哲哉とタッグを組むことで、90年代後半から一気にスターダムに上り詰める。「You're my sunshine」(1996)で着用した「JAYRO」(トム・フォードのグッチをコピーしていたギャルブランド)のゼブラ柄スーツが巷で即完売し、その3年後には「RESPECT the POWER OF LOVE」のTVパフォーマンスでトム・フォードによる“本物”のグッチのドレスを着用──と、このように急ピッチに纏うものまで一流になっていった。コレクションピースを着用して、キレのあるダンスを披露し、エッジの効いたトラックにのせてハスキーボイスで華麗に歌う。ファッションを愛する僕にとっては、こんな極上はない!と当時は心から高揚したものだ。そして、その頃を思い出し、今の韓国の音楽シーンについて考える。ハイエンドなファッションと最先端サウンドの美しいシンクロ感。かつて安室奈美恵ができていたことを、今、韓国では何十人(何百人?)が一気にそれをやっている、という衝撃な状況なのだな、改めて驚く。どおりで僕はこの14年間、韓国カルチャーに夢中なわけだ……。
さあ、どうする日本。安室を失った今、“歌って踊る”という表現のジャンルにおいて、後継者は不在。グループではなくソロ、たったひとりであそこまで華がある人間はそうそういないだろう。おそらく全国民の中でも人見知りランキングのトップ100に食い込むのではないか?と思わせる社交性の無さ(基本的に人を疑っている、とよく話していた)と、漂う圧倒的な孤独感。彼女が踊っている時の内側にこもる切なさや侘しさ。でも、それらがストイックな姿勢と混じり合い、とんでもなく眩しすぎるオーラを放ち我々を虜にする。ライブでは口パク無し。R&B調の楽曲でコーラスとコーラスが重なる部分もなぜか全部歌う(普通は片方のコーラスは音で流して歌わない)。で、徹底的に踊る。トークもなく、ひたすら踊る。彼女のライブ、彼女によるステージはどれも超絶に一級品であった。
日本には素晴らしいシンガーソングライターやミュージシャンがたくさんいると思う。でも、“踊る”というある種のスポーツ、芸術を司るアーティストで彼女までのレベルに行ける人はもう出てこないのではないか、と思ってしまう。それほどに“安室奈美恵”という人は唯一無二であった。彼女は19年前、雑誌『FRAU』2003年3月号でこう語っていた。「歌だけなら私よりもうまい人はたくさんいるし、踊りだけでもやっぱりかなわない人はいる。でも、歌と踊り、二つがあわさったときには、絶対一番になれるという思いがある」(原文ママ)。納得。言葉通り、安室はこの二つを華麗に編み上げ、トップスター街道を進んだ。しかし、引退時にはこんなことを言っている。「私は自分がトップを走っているとは思っていないんです。私自身も、常に何かを追いかけているんだと思いますよ」(『VOGUE JAPAN』2018年10月号より)。
謙虚という姿勢と、等身大の強さ。
謙虚さ。安室奈美恵、最大の武器である。持論なので押し付けるつもりはまったくないが、僕はよくこう思っていて、親しい友人らにこれをよく話していた。「日本人特有の奥ゆかしさや他人にゆずる文化が、きっと僕たち日本人にはDNAレベルで組み込まれている。だから、R&Bサウンドが流行って、みんな無理やりアメリカナイズに“私、私”ってゴリゴリに意見をのべて、露出しているのはなんだか無理やり感がある。やっぱり、かっこいいビッチ感は本場に負ける。立ち振る舞いやファッションはもちろん個人の自由だけど、この手はダサく見える。だけど、安室は日本古来の“私なんて”文化が激しい。なのに、こんなにゴリッゴリに踊れて肌も露出してかっこいい。品がある!」(20代の僕談)と。長くなってしまったが、要は、“安室奈美恵は素直な人間だ”ということが言いたいのだ。
ありのままの自分を受け入れ、その上で付加価値を身につけたり、新しい側面を作り上げていく。そのスタイルがいつもスッと透けて見えてきて、そのスタンスに何度も何度も勇気付けられるのである。無論、今も。そういった意味で、彼女こそ元祖“ガールクラッシュ”とも言える。
──こうして9月16日に安室を振り返ってみると、彼女がいかに偉大な人物だったかを再確認できる。ギャル文化を加速させるようなメジャーな美的感覚とヴィジュアル。そして、日本ではマイナーだったR&Bサウンドへのこだわり。ポップでありながらも、ギリギリのラインで音楽性をキープするバランス感覚。引退にかけては、EDMに関してのかなり攻め込んだ取り入れ方はある意味(概念としての)“ロック”であった。さらに、ダラス・オースティンやZEDDなど世界的プロデューサーに楽曲を作ってもらうなど、今思い返すとアジアでのその手法はパイオニアだったのかもしれない。今後、安室奈美恵の存在を超えるような(この手の)アーティストが出てくるかと言われれば、「なかなかいないのでは」というのが正直なところ。でも、沖縄アクターズスクールイズムをもって、韓国を真似ることなく、日本人ならではのストイックな育成システムを構築すれば、きっとスターを生み出すことはできると思う。その時に出てくるスターは、きっとポスト・安室奈美恵とは言われないはずだ。安室級の存在感で、唯一無二のキャラクターをもって、踊り歌い倒すのだろう。
ソロではなくグループにはなるが、XGの成長に胸がワクワクしていることをふと思い出す。日本エンタメを明るく捉えたくなる、9月16日、安室奈美恵の引退日であった。
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