【原文】Vogue Japan #安室奈美惠[超话]#
安室奈美恵が去って丸4年。“アムロ後継者不在”問題について、考える。(Toru Mitani)
歌って踊るスーパーエンターテイナー、安室奈美恵が引退をして今日で4年が経った。韓国エンタメに圧倒される日本の音楽シーンだが、彼女のようなスタイルの“後継ぎ”は果たして現れるのか。そして、今の韓国アイドルの育成基盤とも言える、安室と沖縄アクターズスクールについても考察したい。
“韓国アイドル育成システム”に近しい環境で育つ。
平間至が撮影したアルバム『SWEET 19 BLUES』(1996)のヴィジュアル。一番下はシングル『ALARM』(2004)より。
2018年9月16日に芸能生活に終止符を打ち、シーンから去った安室奈美恵。彼女は今、何をしているのだろうか。彼女がメインストリームにいた時代と今を比べると、個人的には物足りなさを感じる。韓国の音楽シーンが約12、3年間かけて世界基準になったとはいえ、アラウンド2000年あたりには、彼女が韓国のクリエイターに刺激を与えていたのは紛れもない事実。J.Y.ParkはのちにNiziUを生み出すオーディションで沖縄での審査を心から楽しみにしており、その理由を「安室奈美恵さんの故郷だから」と答えていた。さまざまなインタビューで、彼は安室に影響を受けたこと、いつか楽曲提供をしたいという野望を語っていた。
過酷なダンスレッスンやボイストレーニング、さらに、高いプロ意識を育てるマインドセットなど、沖縄という島でスター育成を行っていた「沖縄アクターズスクール」で安室奈美恵が基礎を身につけたことは有名な話だ。のちに、今で言う韓国アイドルにように“デビューした瞬間からいきなり精度が高い”という現象を、4人組のガールズグループ、SPEEDが証明している(1995年デビュー)。ストイックな姿勢と真摯な音楽への取り組みで国民から高く信頼されている三浦大知(元Folder)も、アクターズ出身。「デビューができるかできないかわからないけど、それでも命がけで努力する」という姿勢あってこそ、こうしてトップアーティストが生まれるのか、と幼いながらも納得したことをよく覚えている。それを国家総出で行っているのが今の韓国。独自のアイドル育成システムなのだと思う。
ハイファッションと音楽のシンクロニシティ。
安室奈美恵は音楽プロデューサー・小室哲哉とタッグを組むことで、90年代後半から一気にスターダムに上り詰める。「You're my sunshine」(1996)で着用した「JAYRO」(トム・フォードのグッチをコピーしていたギャルブランド)のゼブラ柄スーツが巷で即完売し、その3年後には「RESPECT the POWER OF LOVE」のTVパフォーマンスでトム・フォードによる“本物”のグッチのドレスを着用──と、このように急ピッチに纏うものまで一流になっていった。コレクションピースを着用して、キレのあるダンスを披露し、エッジの効いたトラックにのせてハスキーボイスで華麗に歌う。ファッションを愛する僕にとっては、こんな極上はない!と当時は心から高揚したものだ。そして、その頃を思い出し、今の韓国の音楽シーンについて考える。ハイエンドなファッションと最先端サウンドの美しいシンクロ感。かつて安室奈美恵ができていたことを、今、韓国では何十人(何百人?)が一気にそれをやっている、という衝撃な状況なのだな、改めて驚く。どおりで僕はこの14年間、韓国カルチャーに夢中なわけだ……。
さあ、どうする日本。安室を失った今、“歌って踊る”という表現のジャンルにおいて、後継者は不在。グループではなくソロ、たったひとりであそこまで華がある人間はそうそういないだろう。おそらく全国民の中でも人見知りランキングのトップ100に食い込むのではないか?と思わせる社交性の無さ(基本的に人を疑っている、とよく話していた)と、漂う圧倒的な孤独感。彼女が踊っている時の内側にこもる切なさや侘しさ。でも、それらがストイックな姿勢と混じり合い、とんでもなく眩しすぎるオーラを放ち我々を虜にする。ライブでは口パク無し。R&B調の楽曲でコーラスとコーラスが重なる部分もなぜか全部歌う(普通は片方のコーラスは音で流して歌わない)。で、徹底的に踊る。トークもなく、ひたすら踊る。彼女のライブ、彼女によるステージはどれも超絶に一級品であった。
日本には素晴らしいシンガーソングライターやミュージシャンがたくさんいると思う。でも、“踊る”というある種のスポーツ、芸術を司るアーティストで彼女までのレベルに行ける人はもう出てこないのではないか、と思ってしまう。それほどに“安室奈美恵”という人は唯一無二であった。彼女は19年前、雑誌『FRAU』2003年3月号でこう語っていた。「歌だけなら私よりもうまい人はたくさんいるし、踊りだけでもやっぱりかなわない人はいる。でも、歌と踊り、二つがあわさったときには、絶対一番になれるという思いがある」(原文ママ)。納得。言葉通り、安室はこの二つを華麗に編み上げ、トップスター街道を進んだ。しかし、引退時にはこんなことを言っている。「私は自分がトップを走っているとは思っていないんです。私自身も、常に何かを追いかけているんだと思いますよ」(『VOGUE JAPAN』2018年10月号より)。
謙虚という姿勢と、等身大の強さ。
謙虚さ。安室奈美恵、最大の武器である。持論なので押し付けるつもりはまったくないが、僕はよくこう思っていて、親しい友人らにこれをよく話していた。「日本人特有の奥ゆかしさや他人にゆずる文化が、きっと僕たち日本人にはDNAレベルで組み込まれている。だから、R&Bサウンドが流行って、みんな無理やりアメリカナイズに“私、私”ってゴリゴリに意見をのべて、露出しているのはなんだか無理やり感がある。やっぱり、かっこいいビッチ感は本場に負ける。立ち振る舞いやファッションはもちろん個人の自由だけど、この手はダサく見える。だけど、安室は日本古来の“私なんて”文化が激しい。なのに、こんなにゴリッゴリに踊れて肌も露出してかっこいい。品がある!」(20代の僕談)と。長くなってしまったが、要は、“安室奈美恵は素直な人間だ”ということが言いたいのだ。
ありのままの自分を受け入れ、その上で付加価値を身につけたり、新しい側面を作り上げていく。そのスタイルがいつもスッと透けて見えてきて、そのスタンスに何度も何度も勇気付けられるのである。無論、今も。そういった意味で、彼女こそ元祖“ガールクラッシュ”とも言える。
──こうして9月16日に安室を振り返ってみると、彼女がいかに偉大な人物だったかを再確認できる。ギャル文化を加速させるようなメジャーな美的感覚とヴィジュアル。そして、日本ではマイナーだったR&Bサウンドへのこだわり。ポップでありながらも、ギリギリのラインで音楽性をキープするバランス感覚。引退にかけては、EDMに関してのかなり攻め込んだ取り入れ方はある意味(概念としての)“ロック”であった。さらに、ダラス・オースティンやZEDDなど世界的プロデューサーに楽曲を作ってもらうなど、今思い返すとアジアでのその手法はパイオニアだったのかもしれない。今後、安室奈美恵の存在を超えるような(この手の)アーティストが出てくるかと言われれば、「なかなかいないのでは」というのが正直なところ。でも、沖縄アクターズスクールイズムをもって、韓国を真似ることなく、日本人ならではのストイックな育成システムを構築すれば、きっとスターを生み出すことはできると思う。その時に出てくるスターは、きっとポスト・安室奈美恵とは言われないはずだ。安室級の存在感で、唯一無二のキャラクターをもって、踊り歌い倒すのだろう。
ソロではなくグループにはなるが、XGの成長に胸がワクワクしていることをふと思い出す。日本エンタメを明るく捉えたくなる、9月16日、安室奈美恵の引退日であった。
安室奈美恵が去って丸4年。“アムロ後継者不在”問題について、考える。(Toru Mitani)
歌って踊るスーパーエンターテイナー、安室奈美恵が引退をして今日で4年が経った。韓国エンタメに圧倒される日本の音楽シーンだが、彼女のようなスタイルの“後継ぎ”は果たして現れるのか。そして、今の韓国アイドルの育成基盤とも言える、安室と沖縄アクターズスクールについても考察したい。
“韓国アイドル育成システム”に近しい環境で育つ。
平間至が撮影したアルバム『SWEET 19 BLUES』(1996)のヴィジュアル。一番下はシングル『ALARM』(2004)より。
2018年9月16日に芸能生活に終止符を打ち、シーンから去った安室奈美恵。彼女は今、何をしているのだろうか。彼女がメインストリームにいた時代と今を比べると、個人的には物足りなさを感じる。韓国の音楽シーンが約12、3年間かけて世界基準になったとはいえ、アラウンド2000年あたりには、彼女が韓国のクリエイターに刺激を与えていたのは紛れもない事実。J.Y.ParkはのちにNiziUを生み出すオーディションで沖縄での審査を心から楽しみにしており、その理由を「安室奈美恵さんの故郷だから」と答えていた。さまざまなインタビューで、彼は安室に影響を受けたこと、いつか楽曲提供をしたいという野望を語っていた。
過酷なダンスレッスンやボイストレーニング、さらに、高いプロ意識を育てるマインドセットなど、沖縄という島でスター育成を行っていた「沖縄アクターズスクール」で安室奈美恵が基礎を身につけたことは有名な話だ。のちに、今で言う韓国アイドルにように“デビューした瞬間からいきなり精度が高い”という現象を、4人組のガールズグループ、SPEEDが証明している(1995年デビュー)。ストイックな姿勢と真摯な音楽への取り組みで国民から高く信頼されている三浦大知(元Folder)も、アクターズ出身。「デビューができるかできないかわからないけど、それでも命がけで努力する」という姿勢あってこそ、こうしてトップアーティストが生まれるのか、と幼いながらも納得したことをよく覚えている。それを国家総出で行っているのが今の韓国。独自のアイドル育成システムなのだと思う。
ハイファッションと音楽のシンクロニシティ。
安室奈美恵は音楽プロデューサー・小室哲哉とタッグを組むことで、90年代後半から一気にスターダムに上り詰める。「You're my sunshine」(1996)で着用した「JAYRO」(トム・フォードのグッチをコピーしていたギャルブランド)のゼブラ柄スーツが巷で即完売し、その3年後には「RESPECT the POWER OF LOVE」のTVパフォーマンスでトム・フォードによる“本物”のグッチのドレスを着用──と、このように急ピッチに纏うものまで一流になっていった。コレクションピースを着用して、キレのあるダンスを披露し、エッジの効いたトラックにのせてハスキーボイスで華麗に歌う。ファッションを愛する僕にとっては、こんな極上はない!と当時は心から高揚したものだ。そして、その頃を思い出し、今の韓国の音楽シーンについて考える。ハイエンドなファッションと最先端サウンドの美しいシンクロ感。かつて安室奈美恵ができていたことを、今、韓国では何十人(何百人?)が一気にそれをやっている、という衝撃な状況なのだな、改めて驚く。どおりで僕はこの14年間、韓国カルチャーに夢中なわけだ……。
さあ、どうする日本。安室を失った今、“歌って踊る”という表現のジャンルにおいて、後継者は不在。グループではなくソロ、たったひとりであそこまで華がある人間はそうそういないだろう。おそらく全国民の中でも人見知りランキングのトップ100に食い込むのではないか?と思わせる社交性の無さ(基本的に人を疑っている、とよく話していた)と、漂う圧倒的な孤独感。彼女が踊っている時の内側にこもる切なさや侘しさ。でも、それらがストイックな姿勢と混じり合い、とんでもなく眩しすぎるオーラを放ち我々を虜にする。ライブでは口パク無し。R&B調の楽曲でコーラスとコーラスが重なる部分もなぜか全部歌う(普通は片方のコーラスは音で流して歌わない)。で、徹底的に踊る。トークもなく、ひたすら踊る。彼女のライブ、彼女によるステージはどれも超絶に一級品であった。
日本には素晴らしいシンガーソングライターやミュージシャンがたくさんいると思う。でも、“踊る”というある種のスポーツ、芸術を司るアーティストで彼女までのレベルに行ける人はもう出てこないのではないか、と思ってしまう。それほどに“安室奈美恵”という人は唯一無二であった。彼女は19年前、雑誌『FRAU』2003年3月号でこう語っていた。「歌だけなら私よりもうまい人はたくさんいるし、踊りだけでもやっぱりかなわない人はいる。でも、歌と踊り、二つがあわさったときには、絶対一番になれるという思いがある」(原文ママ)。納得。言葉通り、安室はこの二つを華麗に編み上げ、トップスター街道を進んだ。しかし、引退時にはこんなことを言っている。「私は自分がトップを走っているとは思っていないんです。私自身も、常に何かを追いかけているんだと思いますよ」(『VOGUE JAPAN』2018年10月号より)。
謙虚という姿勢と、等身大の強さ。
謙虚さ。安室奈美恵、最大の武器である。持論なので押し付けるつもりはまったくないが、僕はよくこう思っていて、親しい友人らにこれをよく話していた。「日本人特有の奥ゆかしさや他人にゆずる文化が、きっと僕たち日本人にはDNAレベルで組み込まれている。だから、R&Bサウンドが流行って、みんな無理やりアメリカナイズに“私、私”ってゴリゴリに意見をのべて、露出しているのはなんだか無理やり感がある。やっぱり、かっこいいビッチ感は本場に負ける。立ち振る舞いやファッションはもちろん個人の自由だけど、この手はダサく見える。だけど、安室は日本古来の“私なんて”文化が激しい。なのに、こんなにゴリッゴリに踊れて肌も露出してかっこいい。品がある!」(20代の僕談)と。長くなってしまったが、要は、“安室奈美恵は素直な人間だ”ということが言いたいのだ。
ありのままの自分を受け入れ、その上で付加価値を身につけたり、新しい側面を作り上げていく。そのスタイルがいつもスッと透けて見えてきて、そのスタンスに何度も何度も勇気付けられるのである。無論、今も。そういった意味で、彼女こそ元祖“ガールクラッシュ”とも言える。
──こうして9月16日に安室を振り返ってみると、彼女がいかに偉大な人物だったかを再確認できる。ギャル文化を加速させるようなメジャーな美的感覚とヴィジュアル。そして、日本ではマイナーだったR&Bサウンドへのこだわり。ポップでありながらも、ギリギリのラインで音楽性をキープするバランス感覚。引退にかけては、EDMに関してのかなり攻め込んだ取り入れ方はある意味(概念としての)“ロック”であった。さらに、ダラス・オースティンやZEDDなど世界的プロデューサーに楽曲を作ってもらうなど、今思い返すとアジアでのその手法はパイオニアだったのかもしれない。今後、安室奈美恵の存在を超えるような(この手の)アーティストが出てくるかと言われれば、「なかなかいないのでは」というのが正直なところ。でも、沖縄アクターズスクールイズムをもって、韓国を真似ることなく、日本人ならではのストイックな育成システムを構築すれば、きっとスターを生み出すことはできると思う。その時に出てくるスターは、きっとポスト・安室奈美恵とは言われないはずだ。安室級の存在感で、唯一無二のキャラクターをもって、踊り歌い倒すのだろう。
ソロではなくグループにはなるが、XGの成長に胸がワクワクしていることをふと思い出す。日本エンタメを明るく捉えたくなる、9月16日、安室奈美恵の引退日であった。
ガリレオ 禁断の魔術
完全新作SPドラマ!湯川に犯人説が浮上!?
フジテレビ 9月17日(土)放送分
帝都大学の准教授・湯川学(福山雅治)のもとを、医学部の新入生・古芝伸吾(村上虹郎)が訪ねてくる。湯川と伸吾は同じ高校の物理研究会の先輩・後輩という関係で、湯川は物理研究会のOBとして、高校生の伸吾に実験の指導もしていた。優秀な科学者だった伸吾の父のことも知る湯川は、伸吾が医学部に入学したことが意外だと話し、「君ほど優秀な人間なら、医療の分野でも人の役に立つ仕事ができるだろう」と伸吾の将来に期待を膨らませる。尊敬する湯川と出会えた喜びを姉の古芝秋穂(朝倉あき)に伝えようと、電話をする伸吾だが、その電話に出たのはなぜか警察の人間だった・・・。
5カ月後、フリーライターの長岡修(平原テツ)が自宅で後頭部を殴打され殺害された。現場には、ある動画ファイルが収録されたメモリーカードが残っていた。刑事・草薙俊平(北村一輝)、牧村朋佳(新木優子)らの捜査により、長岡は茨城県・光原市で計画中の科学技術に関する公共事業の反対派だったことが判明。その事業を推進するのが、代議士の大賀仁策(鈴木浩介)だった。
長岡が残した動画に突然倉庫の壁に穴が開いた奇妙な現象が映っているのを見た草薙は、部下の牧村を連れ、帝都大学の湯川のもとを訪ねる。草薙と牧村が動画を湯川に見せ、殺害された男性が長岡だと話すと、湯川と助手の栗林宏美(渡辺いっけい)は表情が一変する。長岡は殺害される数日前に湯川の研究室に訪れていたのだ。しかし湯川は、長岡が研究室に訪れたことを草薙と牧村には言わなかった。「映像が撮影された場所を見せてくれ」と話す湯川のただならぬ様子を気にかけつつ、草薙は牧村とともに現場へと向かう。一通り現場を見終えた湯川はおもむろに誰かに電話をかけるも、相手は電話に出ない。その電話の相手は伸吾だった。
その後、牧村と刑事・太田川稔(澤部佑)は、光原市で聞き込みを開始。大賀が講演でやってくると聞き、長岡との接点を探るため直撃を試みるが、秘書の鵜飼和郎(中村雅俊)に阻まれてしまう。同じ頃、湯川は、「クラサカ工機」という町工場にいた。湯川は伸吾がなぜか帝都大学を入学直後に退学し、「クラサカ工機」に就職したという情報をつかんだからだった。湯川が工場内を見渡していると、制服姿の倉坂由里奈(森七菜)に声をかけられ、そこで湯川は伸吾の現状を知る。
完全新作SPドラマ!湯川に犯人説が浮上!?
フジテレビ 9月17日(土)放送分
帝都大学の准教授・湯川学(福山雅治)のもとを、医学部の新入生・古芝伸吾(村上虹郎)が訪ねてくる。湯川と伸吾は同じ高校の物理研究会の先輩・後輩という関係で、湯川は物理研究会のOBとして、高校生の伸吾に実験の指導もしていた。優秀な科学者だった伸吾の父のことも知る湯川は、伸吾が医学部に入学したことが意外だと話し、「君ほど優秀な人間なら、医療の分野でも人の役に立つ仕事ができるだろう」と伸吾の将来に期待を膨らませる。尊敬する湯川と出会えた喜びを姉の古芝秋穂(朝倉あき)に伝えようと、電話をする伸吾だが、その電話に出たのはなぜか警察の人間だった・・・。
5カ月後、フリーライターの長岡修(平原テツ)が自宅で後頭部を殴打され殺害された。現場には、ある動画ファイルが収録されたメモリーカードが残っていた。刑事・草薙俊平(北村一輝)、牧村朋佳(新木優子)らの捜査により、長岡は茨城県・光原市で計画中の科学技術に関する公共事業の反対派だったことが判明。その事業を推進するのが、代議士の大賀仁策(鈴木浩介)だった。
長岡が残した動画に突然倉庫の壁に穴が開いた奇妙な現象が映っているのを見た草薙は、部下の牧村を連れ、帝都大学の湯川のもとを訪ねる。草薙と牧村が動画を湯川に見せ、殺害された男性が長岡だと話すと、湯川と助手の栗林宏美(渡辺いっけい)は表情が一変する。長岡は殺害される数日前に湯川の研究室に訪れていたのだ。しかし湯川は、長岡が研究室に訪れたことを草薙と牧村には言わなかった。「映像が撮影された場所を見せてくれ」と話す湯川のただならぬ様子を気にかけつつ、草薙は牧村とともに現場へと向かう。一通り現場を見終えた湯川はおもむろに誰かに電話をかけるも、相手は電話に出ない。その電話の相手は伸吾だった。
その後、牧村と刑事・太田川稔(澤部佑)は、光原市で聞き込みを開始。大賀が講演でやってくると聞き、長岡との接点を探るため直撃を試みるが、秘書の鵜飼和郎(中村雅俊)に阻まれてしまう。同じ頃、湯川は、「クラサカ工機」という町工場にいた。湯川は伸吾がなぜか帝都大学を入学直後に退学し、「クラサカ工機」に就職したという情報をつかんだからだった。湯川が工場内を見渡していると、制服姿の倉坂由里奈(森七菜)に声をかけられ、そこで湯川は伸吾の現状を知る。
茅台
茅 台マオタイ 酒
星期五下午,还有半个钟头就要下班了,老关靠在椅子上正闭目养神,桌上的电话突然响起。
金曜日の午後、あと30分で終業時間という時、関グワンさんが椅子にもたれかかり、目を閉じてくつろいでいると、机の上の電話が突然鳴り出した。
看过来电显示,老关心里一惊,电话是局长打来的。“老关,你下班后到我这来一趟。”局长的话里听不出情绪。
発信元を見て、関さんはドキッとした。電話は局長からのものだった。「関さん、仕事が終わったらちょっと私の所に来てくれないかな」。局長の口ぶりからは、彼の機嫌を伺い知ることはできなかった。
老关在单位是个闲人,干了二十多年还是个科员,平时工作也不忙,大部分上班时间都耗在看报喝茶上了,在局长眼里当然没什么存在感。今天突然得蒙召见,老关心里不免有些七上八下的。到了下班时间,老关上楼敲开局长办公室的门。
関さんは局の中でも窓際族で、20年余りずっと平職員で、普段は仕事も忙しくないので、勤務時間はほとんど新聞を読み、お茶を飲んで過ごし、当然局長にとって影の薄い存在であった。今日、突然「お召し」があったことに関さんは狼狽した。終業時間が来ると、関さんは上階に行き、局長の部屋のドアをノックした。
局长热情地把老关让到沙发上,“老关呐,听说你儿子在贵州茅台酒厂上班?”“啊,是,是在茅台酒厂上班。”
局長は親切に関さんをソファーに導いた。「関さん、あなたの息子が貴州茅台酒工場に勤めていると聞いたんだが」「あ、はい。茅台酒工場で働いています」
老关磕磕巴巴地回答,心里越发不安起来。老关的儿子去年大学毕业应聘到贵州茅台镇一家民营酒厂工作,好面子的老关跟人吹嘘说儿子在茅台酒厂上班。
関さんはぎこちなく答えたが、心の中ではどんどん不安が広がっていた。関さんの息子は昨年大学を卒業し、貴州の茅台鎮にある民営酒造工場で働いているが、メンツにこだわる関さんは、息子が茅台酒工場に勤めていると嘘をついていた。
结果这一吹嘘不要紧,过年时单位同事都托他买原产地的正宗茅台酒。老关的儿子刚参加工作,单位也不是茅台酒厂,根本没有买酒的门路。
その嘘のおかげで、年末になると同僚たちがみな彼に、本場ものの茅台酒を手に入れてくれと頼むようになった。関さんの息子は仕事を始めたばかりだし、働いているところも茅台酒工場ではないので、酒を手に入れる手段はまったくなかった。
无奈之下,老关只好花高价在当地买了一箱茅台酒,谎称是儿子从茅台酒厂带回来的,分给了大伙,这才圆上一张老脸。
仕方なく、関さんは高いお金を出して現地で茅台酒を一箱買い、息子が茅台酒工場から持ってきたと嘘をついて、みんなに分け与え、ようやくメンツを保った。
老关正揪着心等局长发话,局长却笑着从柜子里拿出两瓶茅台酒,“老关呐,这是别人送我的,你拿回去尝尝,看是不是真的茅台酒。”
関さんは気をもみながら局長が話を切り出すのを待っていたが、局長は笑いながら戸棚から茅台酒を2本出してきて、「関さん、これはもらい物なんだけど、持ち帰って味わってくれないかな。これが本当の茅台酒かどうか、確かめてほしいんだ」と言った。
自己从来没给领导送过好烟好酒,今天领导却给自己送两瓶好酒,这是唱得哪出戏啊?老关心里嘀咕,嘴上赶紧客气地拒绝。局长一再坚持,老关不好再推托,只得把酒带走了。
自分自身は指導者に酒やタバコを贈ったこともないのに、今日、指導者から2本も高級酒をもらうなんて、これにはいったいどんなからくりがあるというのか。関さんはうろたえつつも、口では慌てて丁寧にそれを断った。しかし、局長は引き下がらなかったので、さらに断ることもできず、仕方なく酒を持ち帰った。
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第二天一上班,局长又打电话把老关叫去。一见老关进门,局长就笑眯眯地问:“咋样,这酒是真的吧?”
翌日、出勤するなり、局長がまた電話をしてきて、関さんを呼び出した。関さんが入って来るのを見るなり、局長はにこにこと微笑んで、「どうだった? あの酒は本物だったろ?」と訊いた。
老关忙道:“是真的,绝对是正宗茅台!”其实昨晚回到家,他抱着两瓶酒左看右看,压根儿就没打开喝。
関さんは、「本物です。絶対、本物の茅台酒です」と慌てて答えた。実際には昨夜家に帰ると、彼は2本の酒を抱えて何度もしげしげと眺めたものの、開けて飲んだりはしていなかった。
局长告诉老关,这酒是他一个亲属回收来的,这个亲属常年回收茅台酒,听说老关的儿子在茅台酒厂工作,有很多人找他买酒,这个亲属就想通过老关把回收的茅台酒卖出去。
局長は関さんに、この酒は彼の親戚から引き取ったもので、この親戚はしょっちゅう茅台酒を引き取っているので、関さんの息子が茅台酒工場で働いていて、彼に酒を買ってくれるよう頼む人が多いと聞いて、関さんを通して引き取った茅台酒を売りたいと考えたのだと言った。
听了局长的说辞,老关彻底明白了,这是局长假借亲戚的名义高价卖掉下属送他的茅台酒。局长爱喝酒而且爱喝茅台,这是局里人尽皆知的事。
局長の言い訳を聞き、ようやく関さんは理解した。局長は親戚の名を借りて、高価格で部下からもらった茅台酒を売ろうと考えたのだ。局長が酒好きで、特に茅台酒が好きなのは局の人なら誰もが知っていることだった。
全局一共二百多人,逢年过节总有不少人拎着茅台酒去局长家。局长喝不过来,就想把酒变现。
局にはあわせて200人余りが働いており、新年の挨拶に多くの人が茅台酒を携えて局長の家へ行く。局長は飲み切れず、現金に換えようと思ったに違いない。
“这是个商机啊!”老关心里说,“一边是想送礼的同事同学朋友提供的需求市场,一边是局长提供的茅台酒货源,这买卖太好做了。”
「これはビジネスチャンスだ」と関さんは胸の中で言った。「一方には贈り物をしようと考えている同僚や友人が需要市場を提供していて、もう一方では、局長が茅台酒の供給源を提供してくれる。この商売はうってつけだぞ」
老关乐呵呵地应承了局长。此后,一有人找他买茅台,他就到局长家楼下往局长家打个电话,局长夫人会悄悄把酒送到楼下。
関さんは、喜び勇んで局長の頼みに応えた。この後、彼から茅台酒を買う人がいたら、彼は局長の家の下から局長の家に電話をかけ、局長夫人がこっそりとお酒を下まで持ってきてくれるようになった。
年节时同事找他买茅台,然后去送给局长,年节过后通过局长夫人,这些茅台又回到他手中。对老关来说,这绝对是个“良性循环”,因为每瓶酒局长夫人都会给他一百元操心费,一年下来赚了一万多块呢。
正月や節句を迎えるたび、同僚が彼から茅台酒を買い、それを局長に贈り、その後に局長夫人を通してこれらの茅台酒が彼の手元に戻っていく。関さんからすると、これは「好ましい循環」に他ならず、なぜなら局長夫人が1本ごとに彼に100元の心づけをくれるためで、一年もすれば儲けは1万以上にもなった。
更让老关惊喜的是,前不久局里一个科长退休了,几个后备干部争得头破血流,局长办公会研究决定让老关接任科长。
さらに関さんが喜んだのは、先日、科長が一人退職し、数人が激しい後継者争いを繰り広げていたのだが、局長が業務会議で、関さんに科長を引き継がせると決めたことだ。
局长的意见是:老关工作阅历丰富,早就该提拔重用了。
局長の意見は、関さんは仕事の経験が豊富で、とっくの昔に重用されているべき人物だというものだった。
茅 台マオタイ 酒
星期五下午,还有半个钟头就要下班了,老关靠在椅子上正闭目养神,桌上的电话突然响起。
金曜日の午後、あと30分で終業時間という時、関グワンさんが椅子にもたれかかり、目を閉じてくつろいでいると、机の上の電話が突然鳴り出した。
看过来电显示,老关心里一惊,电话是局长打来的。“老关,你下班后到我这来一趟。”局长的话里听不出情绪。
発信元を見て、関さんはドキッとした。電話は局長からのものだった。「関さん、仕事が終わったらちょっと私の所に来てくれないかな」。局長の口ぶりからは、彼の機嫌を伺い知ることはできなかった。
老关在单位是个闲人,干了二十多年还是个科员,平时工作也不忙,大部分上班时间都耗在看报喝茶上了,在局长眼里当然没什么存在感。今天突然得蒙召见,老关心里不免有些七上八下的。到了下班时间,老关上楼敲开局长办公室的门。
関さんは局の中でも窓際族で、20年余りずっと平職員で、普段は仕事も忙しくないので、勤務時間はほとんど新聞を読み、お茶を飲んで過ごし、当然局長にとって影の薄い存在であった。今日、突然「お召し」があったことに関さんは狼狽した。終業時間が来ると、関さんは上階に行き、局長の部屋のドアをノックした。
局长热情地把老关让到沙发上,“老关呐,听说你儿子在贵州茅台酒厂上班?”“啊,是,是在茅台酒厂上班。”
局長は親切に関さんをソファーに導いた。「関さん、あなたの息子が貴州茅台酒工場に勤めていると聞いたんだが」「あ、はい。茅台酒工場で働いています」
老关磕磕巴巴地回答,心里越发不安起来。老关的儿子去年大学毕业应聘到贵州茅台镇一家民营酒厂工作,好面子的老关跟人吹嘘说儿子在茅台酒厂上班。
関さんはぎこちなく答えたが、心の中ではどんどん不安が広がっていた。関さんの息子は昨年大学を卒業し、貴州の茅台鎮にある民営酒造工場で働いているが、メンツにこだわる関さんは、息子が茅台酒工場に勤めていると嘘をついていた。
结果这一吹嘘不要紧,过年时单位同事都托他买原产地的正宗茅台酒。老关的儿子刚参加工作,单位也不是茅台酒厂,根本没有买酒的门路。
その嘘のおかげで、年末になると同僚たちがみな彼に、本場ものの茅台酒を手に入れてくれと頼むようになった。関さんの息子は仕事を始めたばかりだし、働いているところも茅台酒工場ではないので、酒を手に入れる手段はまったくなかった。
无奈之下,老关只好花高价在当地买了一箱茅台酒,谎称是儿子从茅台酒厂带回来的,分给了大伙,这才圆上一张老脸。
仕方なく、関さんは高いお金を出して現地で茅台酒を一箱買い、息子が茅台酒工場から持ってきたと嘘をついて、みんなに分け与え、ようやくメンツを保った。
老关正揪着心等局长发话,局长却笑着从柜子里拿出两瓶茅台酒,“老关呐,这是别人送我的,你拿回去尝尝,看是不是真的茅台酒。”
関さんは気をもみながら局長が話を切り出すのを待っていたが、局長は笑いながら戸棚から茅台酒を2本出してきて、「関さん、これはもらい物なんだけど、持ち帰って味わってくれないかな。これが本当の茅台酒かどうか、確かめてほしいんだ」と言った。
自己从来没给领导送过好烟好酒,今天领导却给自己送两瓶好酒,这是唱得哪出戏啊?老关心里嘀咕,嘴上赶紧客气地拒绝。局长一再坚持,老关不好再推托,只得把酒带走了。
自分自身は指導者に酒やタバコを贈ったこともないのに、今日、指導者から2本も高級酒をもらうなんて、これにはいったいどんなからくりがあるというのか。関さんはうろたえつつも、口では慌てて丁寧にそれを断った。しかし、局長は引き下がらなかったので、さらに断ることもできず、仕方なく酒を持ち帰った。
#换机选折叠屏还是直屏##汉洋折衷##泡茶#
第二天一上班,局长又打电话把老关叫去。一见老关进门,局长就笑眯眯地问:“咋样,这酒是真的吧?”
翌日、出勤するなり、局長がまた電話をしてきて、関さんを呼び出した。関さんが入って来るのを見るなり、局長はにこにこと微笑んで、「どうだった? あの酒は本物だったろ?」と訊いた。
老关忙道:“是真的,绝对是正宗茅台!”其实昨晚回到家,他抱着两瓶酒左看右看,压根儿就没打开喝。
関さんは、「本物です。絶対、本物の茅台酒です」と慌てて答えた。実際には昨夜家に帰ると、彼は2本の酒を抱えて何度もしげしげと眺めたものの、開けて飲んだりはしていなかった。
局长告诉老关,这酒是他一个亲属回收来的,这个亲属常年回收茅台酒,听说老关的儿子在茅台酒厂工作,有很多人找他买酒,这个亲属就想通过老关把回收的茅台酒卖出去。
局長は関さんに、この酒は彼の親戚から引き取ったもので、この親戚はしょっちゅう茅台酒を引き取っているので、関さんの息子が茅台酒工場で働いていて、彼に酒を買ってくれるよう頼む人が多いと聞いて、関さんを通して引き取った茅台酒を売りたいと考えたのだと言った。
听了局长的说辞,老关彻底明白了,这是局长假借亲戚的名义高价卖掉下属送他的茅台酒。局长爱喝酒而且爱喝茅台,这是局里人尽皆知的事。
局長の言い訳を聞き、ようやく関さんは理解した。局長は親戚の名を借りて、高価格で部下からもらった茅台酒を売ろうと考えたのだ。局長が酒好きで、特に茅台酒が好きなのは局の人なら誰もが知っていることだった。
全局一共二百多人,逢年过节总有不少人拎着茅台酒去局长家。局长喝不过来,就想把酒变现。
局にはあわせて200人余りが働いており、新年の挨拶に多くの人が茅台酒を携えて局長の家へ行く。局長は飲み切れず、現金に換えようと思ったに違いない。
“这是个商机啊!”老关心里说,“一边是想送礼的同事同学朋友提供的需求市场,一边是局长提供的茅台酒货源,这买卖太好做了。”
「これはビジネスチャンスだ」と関さんは胸の中で言った。「一方には贈り物をしようと考えている同僚や友人が需要市場を提供していて、もう一方では、局長が茅台酒の供給源を提供してくれる。この商売はうってつけだぞ」
老关乐呵呵地应承了局长。此后,一有人找他买茅台,他就到局长家楼下往局长家打个电话,局长夫人会悄悄把酒送到楼下。
関さんは、喜び勇んで局長の頼みに応えた。この後、彼から茅台酒を買う人がいたら、彼は局長の家の下から局長の家に電話をかけ、局長夫人がこっそりとお酒を下まで持ってきてくれるようになった。
年节时同事找他买茅台,然后去送给局长,年节过后通过局长夫人,这些茅台又回到他手中。对老关来说,这绝对是个“良性循环”,因为每瓶酒局长夫人都会给他一百元操心费,一年下来赚了一万多块呢。
正月や節句を迎えるたび、同僚が彼から茅台酒を買い、それを局長に贈り、その後に局長夫人を通してこれらの茅台酒が彼の手元に戻っていく。関さんからすると、これは「好ましい循環」に他ならず、なぜなら局長夫人が1本ごとに彼に100元の心づけをくれるためで、一年もすれば儲けは1万以上にもなった。
更让老关惊喜的是,前不久局里一个科长退休了,几个后备干部争得头破血流,局长办公会研究决定让老关接任科长。
さらに関さんが喜んだのは、先日、科長が一人退職し、数人が激しい後継者争いを繰り広げていたのだが、局長が業務会議で、関さんに科長を引き継がせると決めたことだ。
局长的意见是:老关工作阅历丰富,早就该提拔重用了。
局長の意見は、関さんは仕事の経験が豊富で、とっくの昔に重用されているべき人物だというものだった。
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