阴府里的八位“爷”,你熟悉哪一位?
七爷八爷:七爷八爷即黑白无常,又称范谢二将。他们的工作是缉拿阿飘,协助赏善罚恶。
七爷即白无常谢必安,身高面白,八爷即黑无常范无救,身矮面黑。
清·李庆辰《醉茶志怪》记载了一则黑白无常的小故事——某医夜乘轿过城隍庙,见二大鬼高俱数丈,一衣白,一衣青。归后不数日,医与轿夫死三人,唯在轿后二人未见鬼者幸免。
五爷六爷:五爷六爷即枷爷锁爷,又称金银二将。这两位比较神秘,强大。
金枷将军赤面獠牙,面相凶恶,头戴金箍,著红绣袍;银锁将军青面獠牙,面相可怖,头亦有金箍,著蓝袍。
这两位一般负责缉拿一些大奸大恶,恶业极重的人。
三爷四爷:三爷四爷即牛头马面,这两位身份较高。
《太上一乘海空智藏经》云:“饥则食炭,渴饮火精,狱吏牛头,目如明星,手持铁叉,绕镬汤中,手捉脚踏,内於镬中,身骨糜散。”
《太上老君说常清静经注》:“然后有一王,峨冠大袖,朱履长裙,手执寒玉珪,引数人狞神恶鬼,是牛头狱卒,手执铁叉,大喝李通曰:阎罗大王至,何故不起?其鬼遂以铁叉叉之,其王曰:且住。若其人一言则免之,若无言,以铁叉叉之。”
《金箓生神资度转经仪》:“五帝直符、六宫掾吏、牛头狱卒、马面大神、玄都茭龙驿吏、赍简童子”
大爷二爷:大爷二爷即文武判官,文判即崔珏,武判即钟馗。
崔珏:左手执生死薄,右手拿勾魂笔,专门执行为善者添寿,让恶者归阴的任务。
崔判属四门判官之一。《鬼谷子天髓灵文》:“奉请东门崔判官,北门许判官,西门李判官,南门郑判官”
钟馗:身着红袍,手持宝剑,铁面虬鬓,刚正不阿,专司打鬼驱邪。
道教中,他被称为“镇宅真君”、“驱魔真君”。
《钟馗传略》记载:“夫钟馗者,姓钟名馗,古有雍州终南人也,文武全修,豹头环眼,铁面虬鬓,相貌奇异,经纶满腹,刚正不阿,不惧邪祟,待人正直、肝胆相照。获贡士首状元不及,抗辩无果,报国无门,舍生取义,怒撞殿柱亡,皇以状元职葬之。托梦驱鬼愈唐明皇之疾,封‘赐福镇宅圣君’,诏告天下,遍悬《钟馗赐福镇宅图》护福祛邪魅以佑平安。故名噪天下也!”
民俗传说中地府的这“八位爷”每位都极富传奇色彩,个个都是威震一方的狠角色。
同时这些鬼神形象也寄托了古人们对于情义、忠孝、公正、勇敢、正直等美好品质的向往与追求。
七爷八爷:七爷八爷即黑白无常,又称范谢二将。他们的工作是缉拿阿飘,协助赏善罚恶。
七爷即白无常谢必安,身高面白,八爷即黑无常范无救,身矮面黑。
清·李庆辰《醉茶志怪》记载了一则黑白无常的小故事——某医夜乘轿过城隍庙,见二大鬼高俱数丈,一衣白,一衣青。归后不数日,医与轿夫死三人,唯在轿后二人未见鬼者幸免。
五爷六爷:五爷六爷即枷爷锁爷,又称金银二将。这两位比较神秘,强大。
金枷将军赤面獠牙,面相凶恶,头戴金箍,著红绣袍;银锁将军青面獠牙,面相可怖,头亦有金箍,著蓝袍。
这两位一般负责缉拿一些大奸大恶,恶业极重的人。
三爷四爷:三爷四爷即牛头马面,这两位身份较高。
《太上一乘海空智藏经》云:“饥则食炭,渴饮火精,狱吏牛头,目如明星,手持铁叉,绕镬汤中,手捉脚踏,内於镬中,身骨糜散。”
《太上老君说常清静经注》:“然后有一王,峨冠大袖,朱履长裙,手执寒玉珪,引数人狞神恶鬼,是牛头狱卒,手执铁叉,大喝李通曰:阎罗大王至,何故不起?其鬼遂以铁叉叉之,其王曰:且住。若其人一言则免之,若无言,以铁叉叉之。”
《金箓生神资度转经仪》:“五帝直符、六宫掾吏、牛头狱卒、马面大神、玄都茭龙驿吏、赍简童子”
大爷二爷:大爷二爷即文武判官,文判即崔珏,武判即钟馗。
崔珏:左手执生死薄,右手拿勾魂笔,专门执行为善者添寿,让恶者归阴的任务。
崔判属四门判官之一。《鬼谷子天髓灵文》:“奉请东门崔判官,北门许判官,西门李判官,南门郑判官”
钟馗:身着红袍,手持宝剑,铁面虬鬓,刚正不阿,专司打鬼驱邪。
道教中,他被称为“镇宅真君”、“驱魔真君”。
《钟馗传略》记载:“夫钟馗者,姓钟名馗,古有雍州终南人也,文武全修,豹头环眼,铁面虬鬓,相貌奇异,经纶满腹,刚正不阿,不惧邪祟,待人正直、肝胆相照。获贡士首状元不及,抗辩无果,报国无门,舍生取义,怒撞殿柱亡,皇以状元职葬之。托梦驱鬼愈唐明皇之疾,封‘赐福镇宅圣君’,诏告天下,遍悬《钟馗赐福镇宅图》护福祛邪魅以佑平安。故名噪天下也!”
民俗传说中地府的这“八位爷”每位都极富传奇色彩,个个都是威震一方的狠角色。
同时这些鬼神形象也寄托了古人们对于情义、忠孝、公正、勇敢、正直等美好品质的向往与追求。
#佐藤究# #テスカトリポカ#
物語と時間をめぐる究・極対談――佐藤究×京極夏彦 特別公開
時間の編集は小説の極めて重要な要素
佐藤:京極さんとは裏の仕事でいつもご一緒していますけど、こうして表でお話しするのは初めてです。
京極:裏って(笑)。別に晴らせぬ恨みを晴らしたりしてるわけじゃないですから。ただ小説の話はしたことないですね。
佐藤:貴重な機会なので、京極さんに打ちこまれる覚悟で、こういう対談ではあまり見ない切り口からお話を伺えればと思います。今日一番お訊きしたいのは、京極作品における時間について。たとえば京極さんの『ヒトごろし』は普通ここでカットするだろうという箇所でも、シーンが切り替わりません。人を斬れる立場としての武士に執着する土方歳三の意識の流れが、休むことなく描かれていて、異様な感じを受けました。連想したのはフランツ・カフカの『城』です。カフカの主人公も権力の象徴である城の周囲を、いつまでもさまよい続けている。『ヒトごろし』に流れる時間は、あの不穏さに近い。そう思いながら『オジいサン』も読み返して。
京極:内容にずいぶん落差があるけど(笑)。
佐藤:『オジいサン』はユーモア小説のように思われていますけど、相当怖ろしいですよ。あの作品のテーマはまさに時間ですよね。益子徳一という老人の意識が、リアルタイムで叙述されていく。なぜ自分が卵を二つ割ってしまったのか、というような些細な問題を執拗に追い続けていて、鬼気迫るものがあります。澁澤龍彦がカフカの世界を評して、完結しているのに虚無に通じる穴が空いている、と書いているんですが、京極さんは正気を保ってカフカのようなことをやっている。
京極:今日は佐藤君の新作『テスカトリポカ』の話をしにきたはずなんだけど(笑)、思わぬ方向から球が飛んできて、虚を衝かれました。『オジいサン』は視点人物の脳内時間と、読者が文字を追う時間をシンクロさせようという無駄な試みですね。ドラマの『24』のようなもので。普通、小説内時間と読書時間は一致していないわけですが、それを近づけることは技術的に不可能なことではなかろうと。ただ短編一本読み終えるまでにかかる時間はせいぜい数十分だから、大した事件は起こせない。当然地味な小説になる。僕には面白くない小説を、面白そうに見せかけることに心血を注ぐという困った性質があるんです。
佐藤:『オジいサン』を読んでいると、時間が白昼を漂う幽霊のような存在であることがよく分かる。京極さんの怖さがある意味、一番出ている小説だと思います。時間を編集するといえば、京極さんの小説は文章が見開きページを跨がない工夫をされているじゃないですか。あれも視覚的効果より、むしろ時間のコントロールに関係しているのかな、と推理しているんですが。
京極:仰る通り時間の編集は小説において極めて重要な要素だと思います。でもあまり注目する人はいませんね。小説内時間は可変・可逆ですから、実時間ではなく体感時間に近い。のみならず自由にコントロールすることができる。一行で百年経過させることも可能だし、折り畳むことも分岐させることも可能です。時系列を組み換え密度を調整するだけでマジックリアリズムのような効果を出すことも可能でしょうし。『テスカトリポカ』も大胆な時間の編集をしていますよね。異なる時間軸を同一線上に並べることで、アステカの神話世界と、それを信仰するメキシコ人血族の青史、そして現代の闇社会と犯罪という異質なものが、単に接続するのではなく同質の事象として立ち上がってくる。
佐藤:前作の『Ank:a mirroring ape』が時間をシャッフルさせる手法を使って上手くいったので、その延長でこういう形になったんだと思います。この話は時系列順に書いても、面白いものにはならないだろうなと。
京極:『Ank』の三倍は面倒なことをしていますよね。手間も時間もかかったでしょ。
佐藤:完成まで三年半かかりました。部屋から二度と出られないんじゃないかと思った日もあったので、ほっとしています。
暴力を解除する鍵もセットしておこう
京極:現実は無数のレイヤーが重なり合っているものですが、小説はそれを書き手が取捨選択するわけです。昨今はなるべくレイヤーの少ない、すっきりした小説が好まれる傾向にあるようですが、『テスカトリポカ』はその傾向に反旗を翻してますね。エピソードもキャラクターも怒濤のように提供されるんだけど、それを贅沢に使い捨てるじゃないですか。あの無駄遣いが、作品の豊かさに繫がっている。キャラクターといえば、立派なサイコパスが何人も出てきますよね。僕はサイコパスの描写には魅かれるところがあるので得した気分です。殺した相手をドラム缶で煮ちゃうとか(笑)。
佐藤:チャターラですね。彼は友人の丸山ゴンザレス君がモデルじゃないかと言われるんだけど、違うんですよ。モデルは別にいます。ちなみに土方姓のキャラクターが出てくるのは、『ヒトごろし』へのオマージュです。
京極:そうだったのか(笑)。いや、冒頭に登場するメキシコから日本に逃れてくる女性が主人公かと思って読み進めていくと、すぐに裏切られる(笑)。日本に来るまでの麻薬密売人バルミロの話も大層面白いんだけど、それも中心というわけではない。無理に主人公を立てるなら土方コシモということになるんだろうけど、そうでもない。結局、テスカトリポカが主役なのね。このいびつなペース配分が素晴らしいと思う。もしこれを整理して書いたら、確かに気の抜けた大河ドラマみたいになっていたと思うし。
佐藤:原稿では、コルテスとスペイン人によるアステカ征服のシーンも二、三百枚くらいあったんです。アステカや現代のカルテルに匹敵する、カトリックの血塗られた歴史を書いたんですが、本の厚さも値段も大変なことになると編集さんに泣かれて、カットしました。
京極:勿体ない。ところで何箇所か太字ゴシックで表記されている文章がありますね。ごく短いフレーズもあれば、一、二ページ丸ごとゴシック表記されている箇所もある。あれ、法則がありそうで分からない。
佐藤:書いている最中は、何かしらロジックがあった気がしますが、明確な基準はないです。この作品は翻訳ノンフィクションの文体を意識しているんですが、翻訳本にはなぜここがという箇所が、ゴシックになっていることがある。あの感じを出したかったのかもしれません。
京極:僕は規則性にこだわってしまう質なので、意図的かそうでないのか分からない絶妙なラフさに、いたく感銘を受けました。しかもそれが作品世界の構築に、遠回しながらも貢献している。
佐藤:デザイナーの川名潤さんのお蔭もあります。原稿の段階では太字明朝体だったのを、川名さんがゴシックにしてくれたので。
京極:バルミロたちが手を染める臓器ビジネスと、心臓を神に捧げるアステカ神話が重ねられていますが、この二つを結び付けた経緯というのは何かあるんですか。
佐藤:臓器売買が先ですね。レッドマーケットと呼ばれる臓器ビジネスは、資本主義経済の行きつく先です。それを麻薬売買と並ぶ現代の悪として、書こうと思いました。
京極:心臓売買が先だったんだ。
佐藤:はい。『資本主義リアリズム』という本を読んだら、マイク・デイヴィスという批評家がジェイムズ・エルロイのクライムノベルを批判した文章が引用されていて。デイヴィスは腐敗した社会の観察者を気取るエルロイを、レーガンブッシュ政権の世界観を支えたにすぎない、とぶった切っています。この指摘に衝撃を受けて、デイヴィスに応えられないとクライムノベルは書けないなと痛感しました。アメリカの連邦議事堂に突入したQアノン信奉者を見ても分かるとおり、以前のように無邪気にフィクションと現実を区別できない時代に来ている。だったら暴力を解除する鍵も、作中にセットしておこうと。それがアステカの人身供犠を重ねて書く作業でした。
京極:信仰の最深部が社会構造の終焉部とシンクロして行くという妙ね。確かにそういう強いメッセージはあるんだけど、混沌とした意匠に覆われているために、お説教くさくなっていない。全編残虐行為だらけのこの小説で、一番胸が痛むのは、罪もない子どもたちが心臓を取り出されるシーンですよね。どこか遠くにあるように感じていた搾取の構図が、急に身近なものとして迫ってくる。ここも上手いですよね。
『巷説』シリーズの到達点
佐藤:そのあたりは京極さんの小説から多くを学ばせてもらっています。現代人が忘れていながら、なおもくり返されている見えない構造みたいなものを、怪異を使って書かれるじゃないですか。『怪と幽』に連載されていた『遠巷説百物語』も咄・譚・噺・話という複数のレイヤーが重ねられて、構造みたいなものを浮かびあがらせる。こういう小説は他にないので、いつも刺激を受けています。
京極:あれはそんなに面倒な手続きじゃないんですけどね。世間話が精錬されて昔話になるという構図を反転させてみようかなという発想があって。江戸末期の遠野を舞台に選びましたが、遠野って『遠野物語』のお蔭で、あたかも『まんが日本昔ばなし』に出てくる田舎のように思われがちですが、実際はさまざまな階層・職業の人が行き交う城下町であり交易地なんですね。当然話も集まる場所で。でも、史実の方が面白かったりするんですね。まあ褒められるような小説ではないですよ。
佐藤:僕は『巷説』シリーズの到達点と思いましたけど。新しく出てくる乙蔵も〝リアルねずみ男〟みたいで好きでした。そうだ、『テスカトリポカ』にも水木先生の影響があるんですよ。『ゲゲゲの鬼太郎』でよく外国の妖怪が大挙して攻めてきたと思ったら、意外とあっさり帰ることってありませんか。あのずらしの感覚を、今回はあえて取り入れてみました。
京極:現実には物事がすべて綺麗に片付くなんてことはあり得ないわけです。小説内の結構性さえ守られていれば、敵が生きていようが、事件が未解決だろうが問題ない。『テスカトリポカ』はアステカ神話や暦をなぞる形で、律儀にこれしかないだろうという結末に落とし込んでいる。回収されない部分も含めて完結感は高いですよ。
佐藤:『巷説』シリーズもついに完結だそうですね。
京極:次に書かされる『了巷説百物語』でおしまいです。面倒だから書きたくないと言ったんだけど。このシリーズは『桃山人夜話・絵本百物語』に出てくるお化けを題材にしているんですが、『遠巷説』を書き終えたら、残りがあと六体になった。「ここまできて全部消化しないのはどうなんですか」とKADOKAWAの偉い人に痛いところを突かれて、それもそうだなとうっかり思ってしまったんです。
佐藤:人のことを言えないけど、みんな京極さんに仕事を頼みすぎですよ。もし一年間自由時間があったら、何をしたいですか。
京極:何もしません(笑)。僕は佐藤君みたいに若くないから、呼吸するのも面倒なんです。小説家を引退するのが長年の目標。最近はいい書き手がどんどん出てきたから、安心して隠居できそうです。
佐藤:(笑)。僕も若くはないですが。食えない純文学作家を十年やって、『QJKJQ』で乱歩賞をいただいて再デビューしたので、業界に恩返ししたいなという気持ちはあるけど、個人的な野心はありません。そもそも裏方として働く方が好きですし。
京極:裏方志向は僕も一緒です。『テスカトリポカ』のような小説は書くのが大変だと思うんですね。でも読む側としては、面倒な小説って面白いんですよ。一日で読んじゃいました。一作に五年かけてもいいから、納得できるものを書いて、読ませてください。
佐藤:ありがとうございます。京極さんに詳しく読み込んでいただいて、今日は報われました。
物語と時間をめぐる究・極対談――佐藤究×京極夏彦 特別公開
時間の編集は小説の極めて重要な要素
佐藤:京極さんとは裏の仕事でいつもご一緒していますけど、こうして表でお話しするのは初めてです。
京極:裏って(笑)。別に晴らせぬ恨みを晴らしたりしてるわけじゃないですから。ただ小説の話はしたことないですね。
佐藤:貴重な機会なので、京極さんに打ちこまれる覚悟で、こういう対談ではあまり見ない切り口からお話を伺えればと思います。今日一番お訊きしたいのは、京極作品における時間について。たとえば京極さんの『ヒトごろし』は普通ここでカットするだろうという箇所でも、シーンが切り替わりません。人を斬れる立場としての武士に執着する土方歳三の意識の流れが、休むことなく描かれていて、異様な感じを受けました。連想したのはフランツ・カフカの『城』です。カフカの主人公も権力の象徴である城の周囲を、いつまでもさまよい続けている。『ヒトごろし』に流れる時間は、あの不穏さに近い。そう思いながら『オジいサン』も読み返して。
京極:内容にずいぶん落差があるけど(笑)。
佐藤:『オジいサン』はユーモア小説のように思われていますけど、相当怖ろしいですよ。あの作品のテーマはまさに時間ですよね。益子徳一という老人の意識が、リアルタイムで叙述されていく。なぜ自分が卵を二つ割ってしまったのか、というような些細な問題を執拗に追い続けていて、鬼気迫るものがあります。澁澤龍彦がカフカの世界を評して、完結しているのに虚無に通じる穴が空いている、と書いているんですが、京極さんは正気を保ってカフカのようなことをやっている。
京極:今日は佐藤君の新作『テスカトリポカ』の話をしにきたはずなんだけど(笑)、思わぬ方向から球が飛んできて、虚を衝かれました。『オジいサン』は視点人物の脳内時間と、読者が文字を追う時間をシンクロさせようという無駄な試みですね。ドラマの『24』のようなもので。普通、小説内時間と読書時間は一致していないわけですが、それを近づけることは技術的に不可能なことではなかろうと。ただ短編一本読み終えるまでにかかる時間はせいぜい数十分だから、大した事件は起こせない。当然地味な小説になる。僕には面白くない小説を、面白そうに見せかけることに心血を注ぐという困った性質があるんです。
佐藤:『オジいサン』を読んでいると、時間が白昼を漂う幽霊のような存在であることがよく分かる。京極さんの怖さがある意味、一番出ている小説だと思います。時間を編集するといえば、京極さんの小説は文章が見開きページを跨がない工夫をされているじゃないですか。あれも視覚的効果より、むしろ時間のコントロールに関係しているのかな、と推理しているんですが。
京極:仰る通り時間の編集は小説において極めて重要な要素だと思います。でもあまり注目する人はいませんね。小説内時間は可変・可逆ですから、実時間ではなく体感時間に近い。のみならず自由にコントロールすることができる。一行で百年経過させることも可能だし、折り畳むことも分岐させることも可能です。時系列を組み換え密度を調整するだけでマジックリアリズムのような効果を出すことも可能でしょうし。『テスカトリポカ』も大胆な時間の編集をしていますよね。異なる時間軸を同一線上に並べることで、アステカの神話世界と、それを信仰するメキシコ人血族の青史、そして現代の闇社会と犯罪という異質なものが、単に接続するのではなく同質の事象として立ち上がってくる。
佐藤:前作の『Ank:a mirroring ape』が時間をシャッフルさせる手法を使って上手くいったので、その延長でこういう形になったんだと思います。この話は時系列順に書いても、面白いものにはならないだろうなと。
京極:『Ank』の三倍は面倒なことをしていますよね。手間も時間もかかったでしょ。
佐藤:完成まで三年半かかりました。部屋から二度と出られないんじゃないかと思った日もあったので、ほっとしています。
暴力を解除する鍵もセットしておこう
京極:現実は無数のレイヤーが重なり合っているものですが、小説はそれを書き手が取捨選択するわけです。昨今はなるべくレイヤーの少ない、すっきりした小説が好まれる傾向にあるようですが、『テスカトリポカ』はその傾向に反旗を翻してますね。エピソードもキャラクターも怒濤のように提供されるんだけど、それを贅沢に使い捨てるじゃないですか。あの無駄遣いが、作品の豊かさに繫がっている。キャラクターといえば、立派なサイコパスが何人も出てきますよね。僕はサイコパスの描写には魅かれるところがあるので得した気分です。殺した相手をドラム缶で煮ちゃうとか(笑)。
佐藤:チャターラですね。彼は友人の丸山ゴンザレス君がモデルじゃないかと言われるんだけど、違うんですよ。モデルは別にいます。ちなみに土方姓のキャラクターが出てくるのは、『ヒトごろし』へのオマージュです。
京極:そうだったのか(笑)。いや、冒頭に登場するメキシコから日本に逃れてくる女性が主人公かと思って読み進めていくと、すぐに裏切られる(笑)。日本に来るまでの麻薬密売人バルミロの話も大層面白いんだけど、それも中心というわけではない。無理に主人公を立てるなら土方コシモということになるんだろうけど、そうでもない。結局、テスカトリポカが主役なのね。このいびつなペース配分が素晴らしいと思う。もしこれを整理して書いたら、確かに気の抜けた大河ドラマみたいになっていたと思うし。
佐藤:原稿では、コルテスとスペイン人によるアステカ征服のシーンも二、三百枚くらいあったんです。アステカや現代のカルテルに匹敵する、カトリックの血塗られた歴史を書いたんですが、本の厚さも値段も大変なことになると編集さんに泣かれて、カットしました。
京極:勿体ない。ところで何箇所か太字ゴシックで表記されている文章がありますね。ごく短いフレーズもあれば、一、二ページ丸ごとゴシック表記されている箇所もある。あれ、法則がありそうで分からない。
佐藤:書いている最中は、何かしらロジックがあった気がしますが、明確な基準はないです。この作品は翻訳ノンフィクションの文体を意識しているんですが、翻訳本にはなぜここがという箇所が、ゴシックになっていることがある。あの感じを出したかったのかもしれません。
京極:僕は規則性にこだわってしまう質なので、意図的かそうでないのか分からない絶妙なラフさに、いたく感銘を受けました。しかもそれが作品世界の構築に、遠回しながらも貢献している。
佐藤:デザイナーの川名潤さんのお蔭もあります。原稿の段階では太字明朝体だったのを、川名さんがゴシックにしてくれたので。
京極:バルミロたちが手を染める臓器ビジネスと、心臓を神に捧げるアステカ神話が重ねられていますが、この二つを結び付けた経緯というのは何かあるんですか。
佐藤:臓器売買が先ですね。レッドマーケットと呼ばれる臓器ビジネスは、資本主義経済の行きつく先です。それを麻薬売買と並ぶ現代の悪として、書こうと思いました。
京極:心臓売買が先だったんだ。
佐藤:はい。『資本主義リアリズム』という本を読んだら、マイク・デイヴィスという批評家がジェイムズ・エルロイのクライムノベルを批判した文章が引用されていて。デイヴィスは腐敗した社会の観察者を気取るエルロイを、レーガンブッシュ政権の世界観を支えたにすぎない、とぶった切っています。この指摘に衝撃を受けて、デイヴィスに応えられないとクライムノベルは書けないなと痛感しました。アメリカの連邦議事堂に突入したQアノン信奉者を見ても分かるとおり、以前のように無邪気にフィクションと現実を区別できない時代に来ている。だったら暴力を解除する鍵も、作中にセットしておこうと。それがアステカの人身供犠を重ねて書く作業でした。
京極:信仰の最深部が社会構造の終焉部とシンクロして行くという妙ね。確かにそういう強いメッセージはあるんだけど、混沌とした意匠に覆われているために、お説教くさくなっていない。全編残虐行為だらけのこの小説で、一番胸が痛むのは、罪もない子どもたちが心臓を取り出されるシーンですよね。どこか遠くにあるように感じていた搾取の構図が、急に身近なものとして迫ってくる。ここも上手いですよね。
『巷説』シリーズの到達点
佐藤:そのあたりは京極さんの小説から多くを学ばせてもらっています。現代人が忘れていながら、なおもくり返されている見えない構造みたいなものを、怪異を使って書かれるじゃないですか。『怪と幽』に連載されていた『遠巷説百物語』も咄・譚・噺・話という複数のレイヤーが重ねられて、構造みたいなものを浮かびあがらせる。こういう小説は他にないので、いつも刺激を受けています。
京極:あれはそんなに面倒な手続きじゃないんですけどね。世間話が精錬されて昔話になるという構図を反転させてみようかなという発想があって。江戸末期の遠野を舞台に選びましたが、遠野って『遠野物語』のお蔭で、あたかも『まんが日本昔ばなし』に出てくる田舎のように思われがちですが、実際はさまざまな階層・職業の人が行き交う城下町であり交易地なんですね。当然話も集まる場所で。でも、史実の方が面白かったりするんですね。まあ褒められるような小説ではないですよ。
佐藤:僕は『巷説』シリーズの到達点と思いましたけど。新しく出てくる乙蔵も〝リアルねずみ男〟みたいで好きでした。そうだ、『テスカトリポカ』にも水木先生の影響があるんですよ。『ゲゲゲの鬼太郎』でよく外国の妖怪が大挙して攻めてきたと思ったら、意外とあっさり帰ることってありませんか。あのずらしの感覚を、今回はあえて取り入れてみました。
京極:現実には物事がすべて綺麗に片付くなんてことはあり得ないわけです。小説内の結構性さえ守られていれば、敵が生きていようが、事件が未解決だろうが問題ない。『テスカトリポカ』はアステカ神話や暦をなぞる形で、律儀にこれしかないだろうという結末に落とし込んでいる。回収されない部分も含めて完結感は高いですよ。
佐藤:『巷説』シリーズもついに完結だそうですね。
京極:次に書かされる『了巷説百物語』でおしまいです。面倒だから書きたくないと言ったんだけど。このシリーズは『桃山人夜話・絵本百物語』に出てくるお化けを題材にしているんですが、『遠巷説』を書き終えたら、残りがあと六体になった。「ここまできて全部消化しないのはどうなんですか」とKADOKAWAの偉い人に痛いところを突かれて、それもそうだなとうっかり思ってしまったんです。
佐藤:人のことを言えないけど、みんな京極さんに仕事を頼みすぎですよ。もし一年間自由時間があったら、何をしたいですか。
京極:何もしません(笑)。僕は佐藤君みたいに若くないから、呼吸するのも面倒なんです。小説家を引退するのが長年の目標。最近はいい書き手がどんどん出てきたから、安心して隠居できそうです。
佐藤:(笑)。僕も若くはないですが。食えない純文学作家を十年やって、『QJKJQ』で乱歩賞をいただいて再デビューしたので、業界に恩返ししたいなという気持ちはあるけど、個人的な野心はありません。そもそも裏方として働く方が好きですし。
京極:裏方志向は僕も一緒です。『テスカトリポカ』のような小説は書くのが大変だと思うんですね。でも読む側としては、面倒な小説って面白いんですよ。一日で読んじゃいました。一作に五年かけてもいいから、納得できるものを書いて、読ませてください。
佐藤:ありがとうございます。京極さんに詳しく読み込んでいただいて、今日は報われました。
-------------------ねぇ、今から晴れるよ!-------------------
空飛ぶ羽根と引き換えに 繋ぎ合う手を選んだ僕ら
没有选择飞翔的翅膀 而是选择十指相扣的我们
so la to bu ha ne to hi ki ka e e ni tsu na gi a u te o e la n da bo ku la
それでも空に魅せられて 夢を重ねるのは罪か
却仍然向往着天空 反复做着同样的梦 这有错吗
so re de mo so la ni mi se ra re te yu me o ka sa he ru no ha tsu mi ka
夏は秋の背中を見て その顔を思い浮かべる
夏天望着秋天的背影 心中浮现出了那面庞
na tsu ha a ki no se na ka o mi te so no ka o o o mo i wu ka pe ru
憧れなのか、恋なのか 叶わぬと知っていながら
我是在期待吗 这是爱情吗 明明知道无法实现
a ko ga re o no ka ko i o no ka ka na wa nu to shi tsu te i na ga ra
通り雨が通り雨と 木漏れ日たちが木漏れ日と
阵阵骤雨后迎来天晴 阳光从树叶的空隙间投来点点光影
to o i a me ga to o i a me to ko mo re bi ta chi ga ko mo re bi to
名乗るずっとずっとずっと前から あなたはあなたでいたんだろう?
在与你报名相知的很久很久很久以前 你便已经作为自己而存在了吧
na no ru zu tsu to zu tsu to zu tsu to ma e ka ra a na ta ha a na ta de i ta n da ro u
重力が眠りにつく 1000年に一度の今日
当大地渐渐失去了重力 在千年一遇的今天
ju u ryo ku ga re mu ri ni tsu ku se n ne n ni i chi do no kyo u
太陽の死角に立ち 僕らこの星を出よう
站在阳光无法触及的边缘 我们离开这颗星球吧
ta i yo u no shi ka ku ni ta chi bo ku ra ko no ho shi o de yo u
彼が眼を覚ました時 連れ戻せない場所へ
在他睁开眼的那一瞬间 向着那无法返回的地方
ka re ga me o sa ma shi ta to ki tsu re mo do se i ta i ba sho he
「せーの」で大地を蹴って ここではない星へ
齐声喊着「1、2..」脚蹬大地 向着其他行星前进
se no de da i chi o ke te ko ko de wa na i ho shi he
行こう
出发吧!
i ko u
夏風邪に焦る心が 夏をさらに早送るよ
因热伤风而倍感浮躁的这颗心 越发地想要赶紧度过夏天
na tsu ka ze ni a se ru ko ko ro ga na tsu o sa ra ni ha ya o ku ru yo
めまぐるしい景色の中 君だけが止まって見えた
眼花缭乱的景色之中 却只有你驻足观赏
me ma gu ru shi i ke shi ki no na ka ki mi da ke ga to ma tsu te mi e ta
君と出会ったあの日から パタリと夜、夢は止んだよ
从与你邂逅的那天起 夜晚与梦境都砰然而止
ki mi to de a tsu ta a no hi ka ra pa ta ri to yo ru yu me ha ya n da yo
土の中で待ちこがれた 叶えるその時は今だ
在土壤中殷切地盼望 而梦想实现之时正是此刻
do no na ka de ma chi ko ga re ta ka na e ru so no to ki ha i ma da
重力が眠りにつく 1000年に一度の今日
当大地渐渐失去了重力 在千年一遇的今天
ju u ryo ku ga re mu ri ni tsu ku se n ne n ni i chi do no kyo u
花火の音に乗せ 僕らこの星を出よう
和着烟火之声的节奏 我们离开这颗星球吧
ha na bi no o ta ni no se bo ku ra ko no ho shi o de yo u
彼が眼を覚ました時 連れ戻せない場所へ
在他睁开眼的那一瞬间 向着那无法返回的地方
ka re ga me o sa ma shi ta to ki tsu re mo do se i ta i ba sho he
「せーの」で大地を蹴って ここではない星へ
齐声喊着「1、2..」脚蹬大地 向着其他行星前进
se no de da i chi o ke te ko ko de wa na i ho shi he
行こう
出发吧!
i ko u
もう少しで運命の向こう もう少しで文明の向こう
只差一步就是命运的方向 只差一步就是文明的方向
mo u su ko shi de u n me i no mu ko u mo u su ko shi de u n me i no mu ko u
もう少しで運命の向こう もう少しで
只差一步就是命运的方向 只差一步...
mo u su ko shi de u n me i no mu ko u mo u su ko shi de
夢に僕らで帆を張って 来たるべき日のために夜を越え
为了梦想我们扬帆起航 为了明日的到来跨越无尽黑夜
yu me ni bo ku ra de ho o ha te ki ta ru be hi no ta me ni yo ru o ko e
いざ期待だけ満タンで あとはどうにかなるさと 肩を組んだ
满怀期待的上吧 我们肩并着肩 无论遇到什么困难总会有办法
i za ki ta i da ke ma n ta n de a to ha do u ni ka na ru sa to ka ta o ku n da
怖くないわけない でも止まんない
我们并非无所畏惧 但我们不会停止不前
ko wa ku na i wa ke na i de mo to ma n na i
ピンチの先回りしたって 僕らじゃしょうがない
即使危急捷足先登 我们的步伐也不受其左右
pi n chi no sa ki ma wa ri shi ta te bo ku ra ja sho ga na i
僕らの恋が言う 声が言う
我们的爱情在呼喊 我们的声音在回响
bo ku ra no ko i ga i u ko e ga i u
「行け」と言う
「出发吧!」
空飛ぶ羽根と引き換えに 繋ぎ合う手を選んだ僕ら
没有选择飞翔的翅膀 而是选择十指相扣的我们
so la to bu ha ne to hi ki ka e e ni tsu na gi a u te o e la n da bo ku la
それでも空に魅せられて 夢を重ねるのは罪か
却仍然向往着天空 反复做着同样的梦 这有错吗
so re de mo so la ni mi se ra re te yu me o ka sa he ru no ha tsu mi ka
夏は秋の背中を見て その顔を思い浮かべる
夏天望着秋天的背影 心中浮现出了那面庞
na tsu ha a ki no se na ka o mi te so no ka o o o mo i wu ka pe ru
憧れなのか、恋なのか 叶わぬと知っていながら
我是在期待吗 这是爱情吗 明明知道无法实现
a ko ga re o no ka ko i o no ka ka na wa nu to shi tsu te i na ga ra
通り雨が通り雨と 木漏れ日たちが木漏れ日と
阵阵骤雨后迎来天晴 阳光从树叶的空隙间投来点点光影
to o i a me ga to o i a me to ko mo re bi ta chi ga ko mo re bi to
名乗るずっとずっとずっと前から あなたはあなたでいたんだろう?
在与你报名相知的很久很久很久以前 你便已经作为自己而存在了吧
na no ru zu tsu to zu tsu to zu tsu to ma e ka ra a na ta ha a na ta de i ta n da ro u
重力が眠りにつく 1000年に一度の今日
当大地渐渐失去了重力 在千年一遇的今天
ju u ryo ku ga re mu ri ni tsu ku se n ne n ni i chi do no kyo u
太陽の死角に立ち 僕らこの星を出よう
站在阳光无法触及的边缘 我们离开这颗星球吧
ta i yo u no shi ka ku ni ta chi bo ku ra ko no ho shi o de yo u
彼が眼を覚ました時 連れ戻せない場所へ
在他睁开眼的那一瞬间 向着那无法返回的地方
ka re ga me o sa ma shi ta to ki tsu re mo do se i ta i ba sho he
「せーの」で大地を蹴って ここではない星へ
齐声喊着「1、2..」脚蹬大地 向着其他行星前进
se no de da i chi o ke te ko ko de wa na i ho shi he
行こう
出发吧!
i ko u
夏風邪に焦る心が 夏をさらに早送るよ
因热伤风而倍感浮躁的这颗心 越发地想要赶紧度过夏天
na tsu ka ze ni a se ru ko ko ro ga na tsu o sa ra ni ha ya o ku ru yo
めまぐるしい景色の中 君だけが止まって見えた
眼花缭乱的景色之中 却只有你驻足观赏
me ma gu ru shi i ke shi ki no na ka ki mi da ke ga to ma tsu te mi e ta
君と出会ったあの日から パタリと夜、夢は止んだよ
从与你邂逅的那天起 夜晚与梦境都砰然而止
ki mi to de a tsu ta a no hi ka ra pa ta ri to yo ru yu me ha ya n da yo
土の中で待ちこがれた 叶えるその時は今だ
在土壤中殷切地盼望 而梦想实现之时正是此刻
do no na ka de ma chi ko ga re ta ka na e ru so no to ki ha i ma da
重力が眠りにつく 1000年に一度の今日
当大地渐渐失去了重力 在千年一遇的今天
ju u ryo ku ga re mu ri ni tsu ku se n ne n ni i chi do no kyo u
花火の音に乗せ 僕らこの星を出よう
和着烟火之声的节奏 我们离开这颗星球吧
ha na bi no o ta ni no se bo ku ra ko no ho shi o de yo u
彼が眼を覚ました時 連れ戻せない場所へ
在他睁开眼的那一瞬间 向着那无法返回的地方
ka re ga me o sa ma shi ta to ki tsu re mo do se i ta i ba sho he
「せーの」で大地を蹴って ここではない星へ
齐声喊着「1、2..」脚蹬大地 向着其他行星前进
se no de da i chi o ke te ko ko de wa na i ho shi he
行こう
出发吧!
i ko u
もう少しで運命の向こう もう少しで文明の向こう
只差一步就是命运的方向 只差一步就是文明的方向
mo u su ko shi de u n me i no mu ko u mo u su ko shi de u n me i no mu ko u
もう少しで運命の向こう もう少しで
只差一步就是命运的方向 只差一步...
mo u su ko shi de u n me i no mu ko u mo u su ko shi de
夢に僕らで帆を張って 来たるべき日のために夜を越え
为了梦想我们扬帆起航 为了明日的到来跨越无尽黑夜
yu me ni bo ku ra de ho o ha te ki ta ru be hi no ta me ni yo ru o ko e
いざ期待だけ満タンで あとはどうにかなるさと 肩を組んだ
满怀期待的上吧 我们肩并着肩 无论遇到什么困难总会有办法
i za ki ta i da ke ma n ta n de a to ha do u ni ka na ru sa to ka ta o ku n da
怖くないわけない でも止まんない
我们并非无所畏惧 但我们不会停止不前
ko wa ku na i wa ke na i de mo to ma n na i
ピンチの先回りしたって 僕らじゃしょうがない
即使危急捷足先登 我们的步伐也不受其左右
pi n chi no sa ki ma wa ri shi ta te bo ku ra ja sho ga na i
僕らの恋が言う 声が言う
我们的爱情在呼喊 我们的声音在回响
bo ku ra no ko i ga i u ko e ga i u
「行け」と言う
「出发吧!」
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