若者の視点で中日の「未来」を考える「日中未来創発ワークショップin北京」
笹川平和財団笹川日中友好基金と国観智庫が共催する「日中未来創発ワークショップin北京」が11月24日と25日の2日間にわたり、北京市で行われた。人民網が伝えた。
ワークショップには中日の大学生や高校生合わせて約40人が参加し、企業見学などを行ったほか、6つのグループに分かれてフィールドワークを行い、ディスカッションを経て、発表が行われた。25日に行われたフィールドワークでは、グループごとに相談して決めたコースに従い、北京市内の故宮や天安門、前門などの歴史ある観光地や、南鑼鼓巷といった中国の若者にも人気の高い観光地などを巡り、ワークショップのテーマである「都市の気になるところ」を探した。
そして同日夜に行われたディスカッションでは、フィールドワークで見つけた「都市の気になるところ」を出し合い、「技術」という視点をからませて、「未来の生活シーン」を想像する話し合いが各グループで熱心に行われた。
ワークショップの学生運営メンバーである東京大学教養学部4年の豊嶋駿介さんは、日本でも北京大学の学生と一緒にディスカッションをするというプログラムに参加しており、これまでにも様々なワークショップの主催を経験。今回は中国で中日両国の学生で開くワークショップということで興味を抱き、運営メンバーとして参加したという。北京どころか中国に来るのも初めてだったという豊嶋さんは、今回のワークショップでは、両国の学生がフィールドワークを通じて、どのようなところに興味を抱くのかイメージするのが難しく、そのギャップを埋めるのに苦労したとした。一方で、実際に北京の大きさを目の当たりにし、そこに住む人々と直接交流したことは大きな刺激になったという。
それは2度目の訪中だったという岡山大学大学院の高野かずみさんも同じだったようで、「私と同じ点を面白いと感じた日本人がいた一方で、中国の方はそれが普通のことだと思っていたと驚いていた。反対に私たちが普通だと思っていることは、中国の方には新鮮というように、面と向かって交流することで新しい気付きを得られ、そういう生の意見を聞くことができて本当に良かった」とした。
一方でワークショップに参加した中国人学生にとっても、自分たちの国をじっくりと見直す機会になったようだ。北京大学中文専攻3年の龔悦さんは、今回の活動について、「とても収穫があった」とし、「一つには、中国人として、日本の学生たちに限られた時間の中で北京を理解してもらおうと、それなりに時間をかけて準備していたので、それが報われ、達成感を得られた。そしてワークショップという今回のスタイルは、昼間のフィールドワークの中で見つけた気付きに対して、じっくりと考える時間が与えられたため、より多くのことを学ぶことができ、とても良かった」とした。
ディスカッションでは、学生たちが「気になるところ」を付箋に1枚1枚書き出し、それをベースとして話し合いを展開。それらの付箋に書かれていた内容を見てみたところ、商業施設だけでなく街の隅々まで普及しているスマホ決済や、日本では行われていない地下鉄や観光地でのセキュリティーチェック、中国語を話せない外国人が観光した際に遭遇した「不便だったこと」など様々な意見が挙げられていた。これらは中国人学生だけでなく、中国生活の長い筆者にとってもついつい「普通のこと」ととらえがちになっていたことで、多方面から物事を見ることを普段から意識していたとしても、第一印象というフレッシュな観点は物事に対する異なったアプローチができることを改めて感じさせられた。同時に学生たちからは、コロナで中断されていたオフラインの活動が再開され、自分たちの目で見て、実際に交流して、感じたことをシェアするという貴重な経験を得ることができたという熱意が感じられた。
今回の「日中未来創発ワークショップin北京」は、笹川平和財団笹川日中友好基金と国観智庫が共催し、中国外文局アジア太平洋放送センター「人民中国」、公益財団法人日本科学協会、北京大学外国語学院、北京語言大学外国語学院が開催協力して行われた(文・玄番登史江)。
「人民網日本語版」2023年12月4日
笹川平和財団笹川日中友好基金と国観智庫が共催する「日中未来創発ワークショップin北京」が11月24日と25日の2日間にわたり、北京市で行われた。人民網が伝えた。
ワークショップには中日の大学生や高校生合わせて約40人が参加し、企業見学などを行ったほか、6つのグループに分かれてフィールドワークを行い、ディスカッションを経て、発表が行われた。25日に行われたフィールドワークでは、グループごとに相談して決めたコースに従い、北京市内の故宮や天安門、前門などの歴史ある観光地や、南鑼鼓巷といった中国の若者にも人気の高い観光地などを巡り、ワークショップのテーマである「都市の気になるところ」を探した。
そして同日夜に行われたディスカッションでは、フィールドワークで見つけた「都市の気になるところ」を出し合い、「技術」という視点をからませて、「未来の生活シーン」を想像する話し合いが各グループで熱心に行われた。
ワークショップの学生運営メンバーである東京大学教養学部4年の豊嶋駿介さんは、日本でも北京大学の学生と一緒にディスカッションをするというプログラムに参加しており、これまでにも様々なワークショップの主催を経験。今回は中国で中日両国の学生で開くワークショップということで興味を抱き、運営メンバーとして参加したという。北京どころか中国に来るのも初めてだったという豊嶋さんは、今回のワークショップでは、両国の学生がフィールドワークを通じて、どのようなところに興味を抱くのかイメージするのが難しく、そのギャップを埋めるのに苦労したとした。一方で、実際に北京の大きさを目の当たりにし、そこに住む人々と直接交流したことは大きな刺激になったという。
それは2度目の訪中だったという岡山大学大学院の高野かずみさんも同じだったようで、「私と同じ点を面白いと感じた日本人がいた一方で、中国の方はそれが普通のことだと思っていたと驚いていた。反対に私たちが普通だと思っていることは、中国の方には新鮮というように、面と向かって交流することで新しい気付きを得られ、そういう生の意見を聞くことができて本当に良かった」とした。
一方でワークショップに参加した中国人学生にとっても、自分たちの国をじっくりと見直す機会になったようだ。北京大学中文専攻3年の龔悦さんは、今回の活動について、「とても収穫があった」とし、「一つには、中国人として、日本の学生たちに限られた時間の中で北京を理解してもらおうと、それなりに時間をかけて準備していたので、それが報われ、達成感を得られた。そしてワークショップという今回のスタイルは、昼間のフィールドワークの中で見つけた気付きに対して、じっくりと考える時間が与えられたため、より多くのことを学ぶことができ、とても良かった」とした。
ディスカッションでは、学生たちが「気になるところ」を付箋に1枚1枚書き出し、それをベースとして話し合いを展開。それらの付箋に書かれていた内容を見てみたところ、商業施設だけでなく街の隅々まで普及しているスマホ決済や、日本では行われていない地下鉄や観光地でのセキュリティーチェック、中国語を話せない外国人が観光した際に遭遇した「不便だったこと」など様々な意見が挙げられていた。これらは中国人学生だけでなく、中国生活の長い筆者にとってもついつい「普通のこと」ととらえがちになっていたことで、多方面から物事を見ることを普段から意識していたとしても、第一印象というフレッシュな観点は物事に対する異なったアプローチができることを改めて感じさせられた。同時に学生たちからは、コロナで中断されていたオフラインの活動が再開され、自分たちの目で見て、実際に交流して、感じたことをシェアするという貴重な経験を得ることができたという熱意が感じられた。
今回の「日中未来創発ワークショップin北京」は、笹川平和財団笹川日中友好基金と国観智庫が共催し、中国外文局アジア太平洋放送センター「人民中国」、公益財団法人日本科学協会、北京大学外国語学院、北京語言大学外国語学院が開催協力して行われた(文・玄番登史江)。
「人民網日本語版」2023年12月4日
[有馬記念]オグリキャップ、ディープインパクト、ゴールドシップ…… 有馬記念で感動の引退を果たした名馬たち
ゴールドシップ(2015年)
ここまで振り返ってきたのは、引退レースの有馬記念を制し、有終の美を飾った馬たち。その一方で、すべての馬が引退の花道を飾れるわけではなく、むしろ、有終の美を飾ることができない馬が大半である。2015年の有馬記念で現役生活に別れを告げたゴールドシップもそうだった。
ドリームジャーニー、オルフェーヴル兄弟と同じ、父ステイゴールド、母の父メジロマックイーンという「黄金配合」と呼ばれる血統構成を持つゴールドシップは、2011年の夏にデビュー。3歳2月の共同通信杯で重賞初制覇を飾ると、皐月賞、菊花賞を制して二冠を達成し、有馬記念も勝ってこの年GIを3勝。同期のジェンティルドンナに勝るとも劣らない、素晴らしい活躍を見せた。
しかし、古馬となってからは勝利と敗戦を繰り返し、気難しい一面も見せはじめるようになった。GIレースでは、4、5歳時に宝塚記念を連覇。6歳時には、三度目の正直で天皇賞・春を制するなど強さを見せた一方で、3連覇を目指し、圧倒的な人気を背負った宝塚記念で大きく出遅れ。結果、15着に大敗してしまう。
ただ、そんな人間らしい個性や我の強さが多くのファンの心を掴み、年々白さを増す見た目も手伝ってか、ゴールドシップもまた、日本の競馬史に残るアイドルホースとなったのだ。
そんなゴールドシップにも、現役生活に別れを告げるときがやってきた。2015年の有馬記念である。
コンビを組むのは、かつてゴールドシップとともにGIを4勝。2年前のジャパンカップ以来、久々の騎乗となる内田博幸騎手だった。
そんな名コンビのこのレース最大の見所は、2周目の向正面。鞍上の指示に素直に従ってロングスパートを仕掛け、一気に馬群の外を駆け上がっていったゴールドシップ。全盛期を彷彿とさせるようなその走りに、この日一番の歓声が上がった。
ところが、直線に向くと、かつて得意としたはずの坂で伸びを欠き失速。結果8着に敗れ、3年ぶりの有馬記念制覇と、有終の美を飾ることは叶わなかった。
その後、行なわれた引退セレモニー。カクテルライトに照らされ、再び馬場に登場したゴールドシップは、レース後も残っていた大観衆の前を堂々と歩いてみせた。
続いて、ゴールドシップの小林オーナーや、管理した須貝調教師。そして、その背に跨がった経験のある、内田博幸騎手、横山典弘騎手、岩田康誠騎手が壇上に上がり、それぞれがゴールドシップとの思い出を語りはじめた。
3名の騎手の中で、最初に思い出を語ったのは内田騎手。まず、この日のレースについて聞かれ、次に、一番思い出すことはどういったことか、という質問をされたときだった。
実は内田騎手は、2011年に落馬事故に遭い長期離脱。復帰した年に、コンビを組み始めたのがゴールドシップだった。ともに4つのビッグタイトルを獲得した一方で、4歳のジャパンカップで大敗してからは、乗り替わりとなってしまった経緯もある。
そんな苦楽をともにした相棒との数々の思い出が頭の中を駆け巡ったか、我慢していたものが一気に込み上げてきた内田騎手。言葉に詰まり、なかなか話すことができずにいた。ところが、まさに内田騎手が語りはじめようとしたその瞬間、ゴールドシップが大きく嘶いたのだ!
それはまるで「頑張って話せよ!」と、言っているかのような彼なりのエールだった。そして、内田騎手が語りはじめると「ありがとう」という想いを伝えるかのように、再び嘶く。そのメッセージに、ついに涙をこらえることができなくなってしまった内田騎手。人間らしい一面を垣間見せ、頭の良いゴールドシップだからこその、彼なりの別れの言葉。涙なしでは見ることができない、あまりに感動的な名場面だった。
続いて横山騎手の番となり、大出遅れを喫した宝塚記念が一番の思い出と語ると、三度嘶いたゴールドシップ。最後に集合写真を撮影する際も、納得するまで5分以上も輪に加わらず、関係者を困惑させた一方で、心和むような笑いと温かさを見る者に与えてくれた。かつて、こんなにも泣き笑いに満ち溢れた引退式は、おそらくなかっただろう。
ゴールドシップ(2015年)
ここまで振り返ってきたのは、引退レースの有馬記念を制し、有終の美を飾った馬たち。その一方で、すべての馬が引退の花道を飾れるわけではなく、むしろ、有終の美を飾ることができない馬が大半である。2015年の有馬記念で現役生活に別れを告げたゴールドシップもそうだった。
ドリームジャーニー、オルフェーヴル兄弟と同じ、父ステイゴールド、母の父メジロマックイーンという「黄金配合」と呼ばれる血統構成を持つゴールドシップは、2011年の夏にデビュー。3歳2月の共同通信杯で重賞初制覇を飾ると、皐月賞、菊花賞を制して二冠を達成し、有馬記念も勝ってこの年GIを3勝。同期のジェンティルドンナに勝るとも劣らない、素晴らしい活躍を見せた。
しかし、古馬となってからは勝利と敗戦を繰り返し、気難しい一面も見せはじめるようになった。GIレースでは、4、5歳時に宝塚記念を連覇。6歳時には、三度目の正直で天皇賞・春を制するなど強さを見せた一方で、3連覇を目指し、圧倒的な人気を背負った宝塚記念で大きく出遅れ。結果、15着に大敗してしまう。
ただ、そんな人間らしい個性や我の強さが多くのファンの心を掴み、年々白さを増す見た目も手伝ってか、ゴールドシップもまた、日本の競馬史に残るアイドルホースとなったのだ。
そんなゴールドシップにも、現役生活に別れを告げるときがやってきた。2015年の有馬記念である。
コンビを組むのは、かつてゴールドシップとともにGIを4勝。2年前のジャパンカップ以来、久々の騎乗となる内田博幸騎手だった。
そんな名コンビのこのレース最大の見所は、2周目の向正面。鞍上の指示に素直に従ってロングスパートを仕掛け、一気に馬群の外を駆け上がっていったゴールドシップ。全盛期を彷彿とさせるようなその走りに、この日一番の歓声が上がった。
ところが、直線に向くと、かつて得意としたはずの坂で伸びを欠き失速。結果8着に敗れ、3年ぶりの有馬記念制覇と、有終の美を飾ることは叶わなかった。
その後、行なわれた引退セレモニー。カクテルライトに照らされ、再び馬場に登場したゴールドシップは、レース後も残っていた大観衆の前を堂々と歩いてみせた。
続いて、ゴールドシップの小林オーナーや、管理した須貝調教師。そして、その背に跨がった経験のある、内田博幸騎手、横山典弘騎手、岩田康誠騎手が壇上に上がり、それぞれがゴールドシップとの思い出を語りはじめた。
3名の騎手の中で、最初に思い出を語ったのは内田騎手。まず、この日のレースについて聞かれ、次に、一番思い出すことはどういったことか、という質問をされたときだった。
実は内田騎手は、2011年に落馬事故に遭い長期離脱。復帰した年に、コンビを組み始めたのがゴールドシップだった。ともに4つのビッグタイトルを獲得した一方で、4歳のジャパンカップで大敗してからは、乗り替わりとなってしまった経緯もある。
そんな苦楽をともにした相棒との数々の思い出が頭の中を駆け巡ったか、我慢していたものが一気に込み上げてきた内田騎手。言葉に詰まり、なかなか話すことができずにいた。ところが、まさに内田騎手が語りはじめようとしたその瞬間、ゴールドシップが大きく嘶いたのだ!
それはまるで「頑張って話せよ!」と、言っているかのような彼なりのエールだった。そして、内田騎手が語りはじめると「ありがとう」という想いを伝えるかのように、再び嘶く。そのメッセージに、ついに涙をこらえることができなくなってしまった内田騎手。人間らしい一面を垣間見せ、頭の良いゴールドシップだからこその、彼なりの別れの言葉。涙なしでは見ることができない、あまりに感動的な名場面だった。
続いて横山騎手の番となり、大出遅れを喫した宝塚記念が一番の思い出と語ると、三度嘶いたゴールドシップ。最後に集合写真を撮影する際も、納得するまで5分以上も輪に加わらず、関係者を困惑させた一方で、心和むような笑いと温かさを見る者に与えてくれた。かつて、こんなにも泣き笑いに満ち溢れた引退式は、おそらくなかっただろう。
#八木勇征[超话]#
【FANTASTICS八木勇征×JO1白岩瑠姫】コロナ禍の時期は苦しかった。“ファンの歓声は僕らに力をくれるもの”
https://t.cn/A6lSJFnA
ゆせるきの現在地とミライ
日本のボーイズグループのこれまでとこれから。そして世界へ
八木 僕が今年とくに感動したのが、7月の「音楽の日」のダンスコラボ! リアルタイムでは観られなかったから録画していたんですが、観ているうちに自然と涙が溢れてきました……。事務所の垣根を越えたコラボって、今の時代じゃなかったら実現しなかったことだと思う。時代が変化していく、その真っ只中に自分たちがいられるなんて! こんな幸せなことはないですよね。だって、今が始まりになるわけじゃないですか。その始まりの中心にいられるんだから。
でも、こういう動きが生まれる前から、ボーイズグループが事務所の垣根を越えて切磋琢磨し合えるような、そういう未来への期待はめちゃくちゃありました。だって、そういう活動をしたら、自分たちも楽しいけれど、何より見てる人がワクワクできるじゃないですか。境目があることさえも忘れちゃうような空間ってすごい素敵だし。僕が見る側だったら絶対そっちの方が楽しいし、得した気分になれると思う。
僕たちも、12月3日の「D.U.N.K.Showcase」に出させていただくんです。BE:FIRSTの皆さんとか、Nissyさんがいらっしゃるイベントで、いうたら異種格闘技戦(笑)。といっても、別に戦う必要はなくて、きっとシンプルに楽しめて、めちゃくちゃに盛り上がれると思う。今後どんどんそういう交流の場が増えてくるだろうし、それによって、面白い化学反応が生まれるかもしれないですよね。
僕たちのグループは、この12月でメジャーデビューしてから丸5年になります。その中で、何度もピンチを迎えました。中でも、最近長いこと苦しめられていたのがコロナ禍。ファンの人たちと直接会えなくなったときは、自分たちはなんて無力なんだって思い知らされました。ボーカルの僕でさえ無力感に苛まれたんだから、パフォーマーたちは、よりそれを強く感じたと思う。
それから今度は、会うことができても、距離をあけたり、声を出せなかったり、いろんな制限を食らうことになった。「いつこの夜が明けるんだろう?」ってもどかしさを覚えた期間も長かったです。でも今思うと、そういう困難の全てが、今のFANTASTICSの絆を強固にしてくれた。メンバーとは、もうそんなに話さなくても「今こんな調子だな」ってわかる。一人一人に対して、思いやりとリスペクトを持ててると思うんですよ。だから、すごくいい流れできているんじゃないかなと思います。
それもあって僕は、すべての経験は無駄じゃないと思うんです。今年からは、声出しもOKになって、ファンの人たちと一緒にライブ空間を盛り上げることができました。そのとき改めて自分がアーティストでいられることの意味を考えたし、ファンの人たちへの感謝の気持ちも、それまで以上に湧いてきました。世の中のほとんどの人が、「コロナなんてなければ良かった」って考えてると思うけど、あれがなければ、今の僕たちはなかった。
声出しがOKになったライブ初日は、本当に爽快でした。それまでやっていたライブではずっと、「何か足りない」って思ってたんですが、その足りない何かは、間違いなくファンの人たちの歓声だと気付きました。
いろんなことを乗り越えてきたから、今のグループの雰囲気はめちゃくちゃいいです。あとはさらに上を目指して、自分たちで超頑張っていく……というより、これからはファンの人たちとの絆を深めて深めて深めて……そこから、友好の輪が広がって、みんなで幸せになっていく。そういう感じが理想だと僕は思います。
境目があることを忘れちゃうような空間ってすごい素敵だし。絶対そっちの方が楽しいし、得した気分になれると思う
【FANTASTICS八木勇征×JO1白岩瑠姫】コロナ禍の時期は苦しかった。“ファンの歓声は僕らに力をくれるもの”
https://t.cn/A6lSJFnA
ゆせるきの現在地とミライ
日本のボーイズグループのこれまでとこれから。そして世界へ
八木 僕が今年とくに感動したのが、7月の「音楽の日」のダンスコラボ! リアルタイムでは観られなかったから録画していたんですが、観ているうちに自然と涙が溢れてきました……。事務所の垣根を越えたコラボって、今の時代じゃなかったら実現しなかったことだと思う。時代が変化していく、その真っ只中に自分たちがいられるなんて! こんな幸せなことはないですよね。だって、今が始まりになるわけじゃないですか。その始まりの中心にいられるんだから。
でも、こういう動きが生まれる前から、ボーイズグループが事務所の垣根を越えて切磋琢磨し合えるような、そういう未来への期待はめちゃくちゃありました。だって、そういう活動をしたら、自分たちも楽しいけれど、何より見てる人がワクワクできるじゃないですか。境目があることさえも忘れちゃうような空間ってすごい素敵だし。僕が見る側だったら絶対そっちの方が楽しいし、得した気分になれると思う。
僕たちも、12月3日の「D.U.N.K.Showcase」に出させていただくんです。BE:FIRSTの皆さんとか、Nissyさんがいらっしゃるイベントで、いうたら異種格闘技戦(笑)。といっても、別に戦う必要はなくて、きっとシンプルに楽しめて、めちゃくちゃに盛り上がれると思う。今後どんどんそういう交流の場が増えてくるだろうし、それによって、面白い化学反応が生まれるかもしれないですよね。
僕たちのグループは、この12月でメジャーデビューしてから丸5年になります。その中で、何度もピンチを迎えました。中でも、最近長いこと苦しめられていたのがコロナ禍。ファンの人たちと直接会えなくなったときは、自分たちはなんて無力なんだって思い知らされました。ボーカルの僕でさえ無力感に苛まれたんだから、パフォーマーたちは、よりそれを強く感じたと思う。
それから今度は、会うことができても、距離をあけたり、声を出せなかったり、いろんな制限を食らうことになった。「いつこの夜が明けるんだろう?」ってもどかしさを覚えた期間も長かったです。でも今思うと、そういう困難の全てが、今のFANTASTICSの絆を強固にしてくれた。メンバーとは、もうそんなに話さなくても「今こんな調子だな」ってわかる。一人一人に対して、思いやりとリスペクトを持ててると思うんですよ。だから、すごくいい流れできているんじゃないかなと思います。
それもあって僕は、すべての経験は無駄じゃないと思うんです。今年からは、声出しもOKになって、ファンの人たちと一緒にライブ空間を盛り上げることができました。そのとき改めて自分がアーティストでいられることの意味を考えたし、ファンの人たちへの感謝の気持ちも、それまで以上に湧いてきました。世の中のほとんどの人が、「コロナなんてなければ良かった」って考えてると思うけど、あれがなければ、今の僕たちはなかった。
声出しがOKになったライブ初日は、本当に爽快でした。それまでやっていたライブではずっと、「何か足りない」って思ってたんですが、その足りない何かは、間違いなくファンの人たちの歓声だと気付きました。
いろんなことを乗り越えてきたから、今のグループの雰囲気はめちゃくちゃいいです。あとはさらに上を目指して、自分たちで超頑張っていく……というより、これからはファンの人たちとの絆を深めて深めて深めて……そこから、友好の輪が広がって、みんなで幸せになっていく。そういう感じが理想だと僕は思います。
境目があることを忘れちゃうような空間ってすごい素敵だし。絶対そっちの方が楽しいし、得した気分になれると思う
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