尉繚子 制談せいだん第三
凡兵、制必先定。制先定則士不亂。士不亂則刑乃明。金鼓所指、則百人盡闘。陥行亂陳、則千人盡闘。覆軍殺將、則萬人齊刃。天下莫能當其戰矣。
凡およそ兵へいは、制せい必かならず先まず定さだむ。制せい先まず定さだまらば則すなわち士し乱みだれず。士し乱みだれざれば則すなわち刑けい乃すなわち明あきらかなり。金きん鼓この指さす所ところには、則すなわち百ひゃく人にん尽ことごとく闘たたかう。行こうを陥おとしいれ陣じんを乱みだすには、則すなわち千人せんにん尽ことごとく闘たたかう。軍ぐんを覆くつがえし将しょうを殺ころすには、則すなわち万人ばんにん、刃やいばを斉ひとしくす。天てん下か能よく其その戦たたかいに当あたる莫なし。
古者、士有什伍、車有偏列。鼓鳴旗麾先登者、未嘗非多力國士也。先死者亦未甞非多力國士也。損敵一人而損我百人。此資敵而傷我甚焉。世將不能禁。
古いにしえは、士しに什じゅう伍ご有あり、車くるまに偏列へんれつ有あり。鼓こ鳴なり旗はた麾さしまねきて先まず登のぼる者ものは、未いまだ嘗かつて多た力りきの国こく士しに非あらずんばあらず。先まず死しする者ものも亦また未いまだ嘗かつて多た力りきの国こく士しに非あらずんばあらず。敵てき一人いちにんを損そんして我わが百ひゃく人にんを損そんす。此これ敵てきを資たすけて我われを傷そこなうこと甚はなはだし。世よの将しょうは禁きんずること能あたわず。
征役分軍而逃歸、或臨戰自北、則逃傷甚焉。世將不能禁。
征役せいえきに軍ぐんを分わかちて逃にげ帰かえり、或あるいは戦たたかいに臨のぞみて自みずから北にぐれば、則すなわち逃とう傷しょう甚はなはだし。世よの将しょうは禁きんずること能あたわず。
殺人於百歩之外者、弓矢也。殺人於五十歩之内者、矛戟也。將已鼓而士卒相嚻、拗矢折矛抱戟、利後發。戰有此數者、内自敗也。世將不能禁。
人ひとを百ひゃっ歩ぽの外そとに殺ころす者ものは、弓きゅう矢しなり。人ひとを五ご十じっ歩ぽの内うちに殺ころす者ものは、矛戟ぼうげきなり。将しょう已すでに鼓こして士し卒そつ相あい囂かまびすしく、矢やを拗おり、矛ほこを折おり、戟げきを抱いだき、後おくれて発はっするを利りとす。戦たたかいに此この数者すうしゃ有あらば、内うちに自みずから敗やぶるるなり。世よの将しょうは禁きんずること能あたわず。
士失什伍、車失偏列、奇兵捐將而走、大衆亦走。世將不能禁。
士しは什じゅう伍ごを失うしない、車くるまは偏列へんれつを失うしない、奇き兵へいは将しょうを捐すてて走はしり、大たい衆しゅうも亦また走はしる。世よの将しょうは禁きんずること能あたわず。
夫將能禁此四者、則高山陵之、深水絶之、堅陳犯之。不能禁此四者、猶亡舟楫絶江河。不可得也。
夫それ将しょう、能よく此この四よつの者ものを禁きんずれば、則すなわち高山こうざんも之これを陵しのぎ、深水しんすいも之これを絶わたり、堅陣けんじんも之これを犯おかす。此この四よつの者ものを禁きんずること能あたわざれば、猶なお舟楫しゅうしゅうを亡うしないて江こう河がを絶わたるがごとし。得う可べからざるなり。
民非樂死而惡生也。號令明、法制審、故能使之前。明賞於前、決罰於後。是以發能中利、動則有功。
民たみは死しを楽たのしみて生せいを悪にくむに非あらざるなり。号令ごうれい明あきらかに、法制ほうせい審つまびらかなり、故ゆえに能よく之これをして前すすましむ。賞しょうを前まえに明あきらかにし、罰ばつを後うしろに決けっす。是ここを以もって発はっすれば能よく利りに中あたり、動うごけば則すなわち功こう有あり。
令百人一卒、千人一司馬、萬人一將、以少誅衆、以弱誅強。試聽臣言其術。足使三軍之衆、誅一人無失刑。父不敢舎子、子不敢舎父。况國人乎。
百ひゃく人にんに一卒いっそつ、千人せんにんに一いち司馬しば、万人まんにんに一いっ将しょうあらしめ、少すくなきを以もって衆おおきを誅ちゅうし、弱よわきを以もって強つよきを誅ちゅうす。試こころみに臣しんが其その術じゅつを言いうを聴きけ。三軍さんぐんの衆しゅうをして、一人いちにんを誅ちゅうして、刑けいを失うしなうこと無なからしむるに足たらん。父ちち敢あえて子こを舎ゆるさず、子こ敢あえて父ちちを舎ゆるさず。况いわんや国人くにびとをや。
一夫仗劔撃於市、萬人無不避之者。臣謂、非一人之獨勇、萬人皆不肖也。何則必死與必生、固不侔也。
一いっ夫ぷ、剣けんに仗よりて市いちに撃うてば、万人まんにん之これを避さけざる者もの無なし。臣しん謂おもえらく、一人いちにんの独ひとり勇ゆうにして万人まんにん皆みな不ふ肖しょうなるに非あらざるなり。何なんとなれば、則すなわち必ひっ死しと必ひっ生しょうと固まことに侔ひとしからざればなり。
聽臣之術、足使三軍之衆爲一死賊、莫當其前、莫隨其後、而能獨出獨入焉。獨出獨入者、王霸之兵也。
臣しんの術じゅつを聴きかば、三軍さんぐんの衆しゅうをして一いち死し賊ぞくと為なし、其その前まえに当あたる莫なく、其その後うしろに随したがう莫なくして、能よく独ひとり出いで、独ひとり入いらしむに足たらん。独ひとり出いで、独ひとり入いる者ものは、王おう覇はの兵へいなり。
有提十萬之衆、而天下莫當者、誰。曰、桓公也。有提七萬之衆、而天下莫當者、誰。曰、呉起也。有提三萬之衆、而天下莫當者。誰。曰、武子也。
十じゅう万まんの衆しゅうを提ひっさげて天てん下か当あたる莫なき者もの有あり。誰たれぞや。曰いわく、桓公かんこうなり。七万しちまんの衆しゅうを提ひっさげて天てん下か当あたる莫なき者もの有あり。誰たれぞや。曰いわく、呉起ごきなり。三万さんまんの衆しゅうを提ひっさげて天てん下か当あたる莫なき者もの有あり。誰たれぞや。曰いわく、武子ぶしなり。
今天下諸國、士所率、無不及二十萬之衆。然不能濟功名者、不明乎禁舎開塞也。明其制、一人勝之、則十人亦以勝之也。十人勝之、則百千萬人亦以勝之也。
今いま、天てん下か諸国しょこく、士しの率ひきいる所ところ、二に十じゅう万まんの衆しゅうに及およばざる無なし。然しかれども功こう名みょうを済なすこと能あたわざる者ものは、禁舎きんしゃ開塞かいそくに明あきらかならざればなり。其その制せいを明あきらかにして一人いちにん之これに勝かたば、則すなわち十じゅう人にんにも亦また以もって之これに勝かたん。十じゅう人にん之これに勝かたば、則すなわち百ひゃく千せん万まん人にんにも亦また以もって之これに勝かたん。
二十萬之衆 … 底本では「二十萬之衆者」に作るが、『直解』に従い改めた。
故曰、便吾器用、養吾武勇、發之如鳥撃、如赴千仭之谿。
故ゆえに曰いわく、吾わが器き用ようを便べんにし、吾わが武ぶ勇ゆうを養やしない、之これを発はっすること、鳥とりの撃うつが如ごとく、千仭せんじんの谿たにに赴おもむくが如ごとし。
今國被患者、以重幣出聘、以愛子出質、以地界出割、得天下助卒、名爲十萬、其實不過數萬爾。其兵來者、無不謂其將、曰無爲人下、先戰。其實不可得而戰也。
今いま、国くにの、患わざわいを被こうむる者もの、重じゅう幣へいを以もって出いだし聘へいし、愛あい子しを以もって出いだし質ちとし、地ち界かいを以もって出いだし割さき、天てん下かの助卒じょそつを得えて、名なづけて十じゅう万まんと為なすも、其その実じつは数万すうまんに過すぎざるのみ。其その兵へいの来きたる者もの、其その将しょうに謂いいて、人ひとの下しもと為なること無なかれ、先まず戦たたかえ、と曰いわざるは無なし。其その実じつは得えて戦たたかう可べからざるなり。
量吾境内之民、無伍莫能正矣。經制十萬之衆、而王必能使之衣吾衣、食吾食、戰不勝、守不固者、非吾民之罪、内自致也。天下諸國助我戰、猶良驥騄駬之駛、彼駑馬鬐興角逐。何能紹吾氣哉。
吾わが境きょう内ないの民たみを量はかるに、伍ご無なければ、能よく正ただす莫なし。十じゅう万まんの衆しゅうを経制けいせいして、王おう必かならず能よく之これをして吾わが衣いを衣き、吾わが食しょくを食くらわしめて、戦たたかい勝かたず、守まもり固かたからざる者ものは、吾わが民たみの罪つみに非あらず、内うち自みずから致いたすなり。天てん下かの諸国しょこく、我われを助たすけて戦たたかうは、猶なお良りょう驥き騄ろく駬じの駛はやきに、彼かの駑馬どばの鬐き興こうして角逐かくちくするがごとし。何なんぞ能よく吾わが気きを紹つがんや。
吾用天下之用爲用、吾制天下之制爲制。修吾號令、明吾刑賞、使天下非農無所得食、非戰無所得爵、使民揚臂争出農戰、而天下無敵矣。
吾われ、天てん下かの用ようを用もちいて用ようと為なし、吾われ、天てん下かの制せいを制せいして制と為なす。吾わが号令ごうれいを修おさめ、吾わが刑けい賞しょうを明あきらかにし、天てん下かをして農のうに非あらずんば食しょくを得うる所ところ無なからしめ、戦たたかいに非あらずんば爵しゃくを得うる所ところ無なからしめ、民たみをして臂ひじを揚あげ争あらそい出いでて農戦のうせんせしめば、天てん下かに敵てき無なからん。
故曰、發號出令、信行國内。民言有可以勝敵者、毋許其空言、必試其能戰也。
故ゆえに曰いわく、号ごうを発はっし令れいを出いだして、信しん、国内こくないに行おこなわる、と。民たみ、以もって敵てきに勝かつ可べき有ありと言いう者ものは、其その空言くうげんを許ゆるすこと毋なく、必かならず其その能よく戦たたかうを試こころみよ。
視人之地而有之、分人之民而畜之、必能内有其賢者也。不能内有其賢、而欲有天下、必覆軍殺將。如此、雖戰勝而國益弱、得地而國益貧。由國中之制弊矣。
人ひとの地ちを視みて之これを有たもち、人ひとの民たみを分わかちて之これを畜やしなうは、必かならず能よく内うちに其その賢者けんじゃ有あればなり。内うちに其その賢けん有あること能あたわずして、天てん下かを有たもたんと欲ほっせば、必かならず軍ぐんを覆くつがえし将しょうを殺ころさん。此かくの如ごとくんば、戦たたかい勝かつと雖いえども国くに益〻ますます弱よわく、地ちを得うれども国くに益〻ますます貧まずし。国くに中じゅうの制せい弊やぶるるに由よりてなり。
凡兵、制必先定。制先定則士不亂。士不亂則刑乃明。金鼓所指、則百人盡闘。陥行亂陳、則千人盡闘。覆軍殺將、則萬人齊刃。天下莫能當其戰矣。
凡およそ兵へいは、制せい必かならず先まず定さだむ。制せい先まず定さだまらば則すなわち士し乱みだれず。士し乱みだれざれば則すなわち刑けい乃すなわち明あきらかなり。金きん鼓この指さす所ところには、則すなわち百ひゃく人にん尽ことごとく闘たたかう。行こうを陥おとしいれ陣じんを乱みだすには、則すなわち千人せんにん尽ことごとく闘たたかう。軍ぐんを覆くつがえし将しょうを殺ころすには、則すなわち万人ばんにん、刃やいばを斉ひとしくす。天てん下か能よく其その戦たたかいに当あたる莫なし。
古者、士有什伍、車有偏列。鼓鳴旗麾先登者、未嘗非多力國士也。先死者亦未甞非多力國士也。損敵一人而損我百人。此資敵而傷我甚焉。世將不能禁。
古いにしえは、士しに什じゅう伍ご有あり、車くるまに偏列へんれつ有あり。鼓こ鳴なり旗はた麾さしまねきて先まず登のぼる者ものは、未いまだ嘗かつて多た力りきの国こく士しに非あらずんばあらず。先まず死しする者ものも亦また未いまだ嘗かつて多た力りきの国こく士しに非あらずんばあらず。敵てき一人いちにんを損そんして我わが百ひゃく人にんを損そんす。此これ敵てきを資たすけて我われを傷そこなうこと甚はなはだし。世よの将しょうは禁きんずること能あたわず。
征役分軍而逃歸、或臨戰自北、則逃傷甚焉。世將不能禁。
征役せいえきに軍ぐんを分わかちて逃にげ帰かえり、或あるいは戦たたかいに臨のぞみて自みずから北にぐれば、則すなわち逃とう傷しょう甚はなはだし。世よの将しょうは禁きんずること能あたわず。
殺人於百歩之外者、弓矢也。殺人於五十歩之内者、矛戟也。將已鼓而士卒相嚻、拗矢折矛抱戟、利後發。戰有此數者、内自敗也。世將不能禁。
人ひとを百ひゃっ歩ぽの外そとに殺ころす者ものは、弓きゅう矢しなり。人ひとを五ご十じっ歩ぽの内うちに殺ころす者ものは、矛戟ぼうげきなり。将しょう已すでに鼓こして士し卒そつ相あい囂かまびすしく、矢やを拗おり、矛ほこを折おり、戟げきを抱いだき、後おくれて発はっするを利りとす。戦たたかいに此この数者すうしゃ有あらば、内うちに自みずから敗やぶるるなり。世よの将しょうは禁きんずること能あたわず。
士失什伍、車失偏列、奇兵捐將而走、大衆亦走。世將不能禁。
士しは什じゅう伍ごを失うしない、車くるまは偏列へんれつを失うしない、奇き兵へいは将しょうを捐すてて走はしり、大たい衆しゅうも亦また走はしる。世よの将しょうは禁きんずること能あたわず。
夫將能禁此四者、則高山陵之、深水絶之、堅陳犯之。不能禁此四者、猶亡舟楫絶江河。不可得也。
夫それ将しょう、能よく此この四よつの者ものを禁きんずれば、則すなわち高山こうざんも之これを陵しのぎ、深水しんすいも之これを絶わたり、堅陣けんじんも之これを犯おかす。此この四よつの者ものを禁きんずること能あたわざれば、猶なお舟楫しゅうしゅうを亡うしないて江こう河がを絶わたるがごとし。得う可べからざるなり。
民非樂死而惡生也。號令明、法制審、故能使之前。明賞於前、決罰於後。是以發能中利、動則有功。
民たみは死しを楽たのしみて生せいを悪にくむに非あらざるなり。号令ごうれい明あきらかに、法制ほうせい審つまびらかなり、故ゆえに能よく之これをして前すすましむ。賞しょうを前まえに明あきらかにし、罰ばつを後うしろに決けっす。是ここを以もって発はっすれば能よく利りに中あたり、動うごけば則すなわち功こう有あり。
令百人一卒、千人一司馬、萬人一將、以少誅衆、以弱誅強。試聽臣言其術。足使三軍之衆、誅一人無失刑。父不敢舎子、子不敢舎父。况國人乎。
百ひゃく人にんに一卒いっそつ、千人せんにんに一いち司馬しば、万人まんにんに一いっ将しょうあらしめ、少すくなきを以もって衆おおきを誅ちゅうし、弱よわきを以もって強つよきを誅ちゅうす。試こころみに臣しんが其その術じゅつを言いうを聴きけ。三軍さんぐんの衆しゅうをして、一人いちにんを誅ちゅうして、刑けいを失うしなうこと無なからしむるに足たらん。父ちち敢あえて子こを舎ゆるさず、子こ敢あえて父ちちを舎ゆるさず。况いわんや国人くにびとをや。
一夫仗劔撃於市、萬人無不避之者。臣謂、非一人之獨勇、萬人皆不肖也。何則必死與必生、固不侔也。
一いっ夫ぷ、剣けんに仗よりて市いちに撃うてば、万人まんにん之これを避さけざる者もの無なし。臣しん謂おもえらく、一人いちにんの独ひとり勇ゆうにして万人まんにん皆みな不ふ肖しょうなるに非あらざるなり。何なんとなれば、則すなわち必ひっ死しと必ひっ生しょうと固まことに侔ひとしからざればなり。
聽臣之術、足使三軍之衆爲一死賊、莫當其前、莫隨其後、而能獨出獨入焉。獨出獨入者、王霸之兵也。
臣しんの術じゅつを聴きかば、三軍さんぐんの衆しゅうをして一いち死し賊ぞくと為なし、其その前まえに当あたる莫なく、其その後うしろに随したがう莫なくして、能よく独ひとり出いで、独ひとり入いらしむに足たらん。独ひとり出いで、独ひとり入いる者ものは、王おう覇はの兵へいなり。
有提十萬之衆、而天下莫當者、誰。曰、桓公也。有提七萬之衆、而天下莫當者、誰。曰、呉起也。有提三萬之衆、而天下莫當者。誰。曰、武子也。
十じゅう万まんの衆しゅうを提ひっさげて天てん下か当あたる莫なき者もの有あり。誰たれぞや。曰いわく、桓公かんこうなり。七万しちまんの衆しゅうを提ひっさげて天てん下か当あたる莫なき者もの有あり。誰たれぞや。曰いわく、呉起ごきなり。三万さんまんの衆しゅうを提ひっさげて天てん下か当あたる莫なき者もの有あり。誰たれぞや。曰いわく、武子ぶしなり。
今天下諸國、士所率、無不及二十萬之衆。然不能濟功名者、不明乎禁舎開塞也。明其制、一人勝之、則十人亦以勝之也。十人勝之、則百千萬人亦以勝之也。
今いま、天てん下か諸国しょこく、士しの率ひきいる所ところ、二に十じゅう万まんの衆しゅうに及およばざる無なし。然しかれども功こう名みょうを済なすこと能あたわざる者ものは、禁舎きんしゃ開塞かいそくに明あきらかならざればなり。其その制せいを明あきらかにして一人いちにん之これに勝かたば、則すなわち十じゅう人にんにも亦また以もって之これに勝かたん。十じゅう人にん之これに勝かたば、則すなわち百ひゃく千せん万まん人にんにも亦また以もって之これに勝かたん。
二十萬之衆 … 底本では「二十萬之衆者」に作るが、『直解』に従い改めた。
故曰、便吾器用、養吾武勇、發之如鳥撃、如赴千仭之谿。
故ゆえに曰いわく、吾わが器き用ようを便べんにし、吾わが武ぶ勇ゆうを養やしない、之これを発はっすること、鳥とりの撃うつが如ごとく、千仭せんじんの谿たにに赴おもむくが如ごとし。
今國被患者、以重幣出聘、以愛子出質、以地界出割、得天下助卒、名爲十萬、其實不過數萬爾。其兵來者、無不謂其將、曰無爲人下、先戰。其實不可得而戰也。
今いま、国くにの、患わざわいを被こうむる者もの、重じゅう幣へいを以もって出いだし聘へいし、愛あい子しを以もって出いだし質ちとし、地ち界かいを以もって出いだし割さき、天てん下かの助卒じょそつを得えて、名なづけて十じゅう万まんと為なすも、其その実じつは数万すうまんに過すぎざるのみ。其その兵へいの来きたる者もの、其その将しょうに謂いいて、人ひとの下しもと為なること無なかれ、先まず戦たたかえ、と曰いわざるは無なし。其その実じつは得えて戦たたかう可べからざるなり。
量吾境内之民、無伍莫能正矣。經制十萬之衆、而王必能使之衣吾衣、食吾食、戰不勝、守不固者、非吾民之罪、内自致也。天下諸國助我戰、猶良驥騄駬之駛、彼駑馬鬐興角逐。何能紹吾氣哉。
吾わが境きょう内ないの民たみを量はかるに、伍ご無なければ、能よく正ただす莫なし。十じゅう万まんの衆しゅうを経制けいせいして、王おう必かならず能よく之これをして吾わが衣いを衣き、吾わが食しょくを食くらわしめて、戦たたかい勝かたず、守まもり固かたからざる者ものは、吾わが民たみの罪つみに非あらず、内うち自みずから致いたすなり。天てん下かの諸国しょこく、我われを助たすけて戦たたかうは、猶なお良りょう驥き騄ろく駬じの駛はやきに、彼かの駑馬どばの鬐き興こうして角逐かくちくするがごとし。何なんぞ能よく吾わが気きを紹つがんや。
吾用天下之用爲用、吾制天下之制爲制。修吾號令、明吾刑賞、使天下非農無所得食、非戰無所得爵、使民揚臂争出農戰、而天下無敵矣。
吾われ、天てん下かの用ようを用もちいて用ようと為なし、吾われ、天てん下かの制せいを制せいして制と為なす。吾わが号令ごうれいを修おさめ、吾わが刑けい賞しょうを明あきらかにし、天てん下かをして農のうに非あらずんば食しょくを得うる所ところ無なからしめ、戦たたかいに非あらずんば爵しゃくを得うる所ところ無なからしめ、民たみをして臂ひじを揚あげ争あらそい出いでて農戦のうせんせしめば、天てん下かに敵てき無なからん。
故曰、發號出令、信行國内。民言有可以勝敵者、毋許其空言、必試其能戰也。
故ゆえに曰いわく、号ごうを発はっし令れいを出いだして、信しん、国内こくないに行おこなわる、と。民たみ、以もって敵てきに勝かつ可べき有ありと言いう者ものは、其その空言くうげんを許ゆるすこと毋なく、必かならず其その能よく戦たたかうを試こころみよ。
視人之地而有之、分人之民而畜之、必能内有其賢者也。不能内有其賢、而欲有天下、必覆軍殺將。如此、雖戰勝而國益弱、得地而國益貧。由國中之制弊矣。
人ひとの地ちを視みて之これを有たもち、人ひとの民たみを分わかちて之これを畜やしなうは、必かならず能よく内うちに其その賢者けんじゃ有あればなり。内うちに其その賢けん有あること能あたわずして、天てん下かを有たもたんと欲ほっせば、必かならず軍ぐんを覆くつがえし将しょうを殺ころさん。此かくの如ごとくんば、戦たたかい勝かつと雖いえども国くに益〻ますます弱よわく、地ちを得うれども国くに益〻ますます貧まずし。国くに中じゅうの制せい弊やぶるるに由よりてなり。
人間椅子(一)
江戸川乱歩
佳子よしこは、毎朝、夫の登庁とうちょうを見送って了しまうと、それはいつも十時を過ぎるのだが、やっと自分のからだになって、洋館の方の、夫と共用の書斎へ、とじ籠こもるのが例になっていた。そこで、彼女は今、K雑誌のこの夏の増大号にのせる為の、長い創作にとりかかっているのだった。
美しい閨秀けいしゅう作家としての彼女は、此この頃ごろでは、外務省書記官である夫君の影を薄く思わせる程も、有名になっていた。彼女の所へは、毎日の様に未知の崇拝者達からの手紙が、幾通となくやって来た。
今朝けさとても、彼女は、書斎の机の前に坐ると、仕事にとりかかる前に、先まず、それらの未知の人々からの手紙に、目を通さねばならなかった。
それは何いずれも、極きまり切った様に、つまらぬ文句のものばかりであったが、彼女は、女の優しい心遣こころづかいから、どの様な手紙であろうとも、自分に宛あてられたものは、兎とも角かくも、一通りは読んで見ることにしていた。
簡単なものから先にして、二通の封書と、一葉のはがきとを見て了うと、あとにはかさ高い原稿らしい一通が残った。別段通知の手紙は貰もらっていないけれど、そうして、突然原稿を送って来る例は、これまでにしても、よくあることだった。それは、多くの場合、長々しく退屈極る代物であったけれど、彼女は兎も角も、表題丈だけでも見て置こうと、封を切って、中の紙束を取出して見た。
それは、思った通り、原稿用紙を綴とじたものであった。が、どうしたことか、表題も署名もなく、突然「奥様」という、呼びかけの言葉で始まっているのだった。ハテナ、では、やっぱり手紙なのかしら、そう思って、何気なく二行三行と目を走らせて行く内に、彼女は、そこから、何となく異常な、妙に気味悪いものを予感した。そして、持前もちまえの好奇心が、彼女をして、ぐんぐん、先を読ませて行くのであった。
奥様、
奥様の方では、少しも御存じのない男から、突然、此様このような無躾ぶしつけな御手紙を、差上げます罪を、幾重いくえにもお許し下さいませ。
こんなことを申上げますと、奥様は、さぞかしびっくりなさる事で御座いましょうが、私は今、あなたの前に、私の犯して来ました、世にも不思議な罪悪を、告白しようとしているのでございます。
私は数ヶ月の間、全く人間界から姿を隠して、本当に、悪魔の様な生活を続けて参りました。勿論もちろん、広い世界に誰一人、私の所業を知るものはありません。若もし、何事もなければ、私は、このまま永久に、人間界に立帰ることはなかったかも知れないのでございます。
ところが、近頃になりまして、私の心にある不思議な変化が起りました。そして、どうしても、この、私の因果な身の上を、懺悔ざんげしないではいられなくなりました。ただ、かように申しましたばかりでは、色々御不審ごふしんに思召おぼしめす点もございましょうが、どうか、兎も角も、この手紙を終りまで御読み下さいませ。そうすれば、何故なぜ、私がそんな気持になったのか。又何故、この告白を、殊更ことさら奥様に聞いて頂かねばならぬのか、それらのことが、悉ことごとく明白になるでございましょう。
さて、何から書き初めたらいいのか、余りに人間離れのした、奇怪千万な事実なので、こうした、人間世界で使われる、手紙という様な方法では、妙に面おもはゆくて、筆の鈍るのを覚えます。でも、迷っていても仕方がございません。兎も角も、事の起りから、順を追って、書いて行くことに致しましょう。
私は生れつき、世にも醜い容貌の持主でございます。これをどうか、はっきりと、お覚えなすっていて下さいませ。そうでないと、若し、あなたが、この無躾な願いを容いれて、私にお逢あい下さいました場合、たださえ醜い私の顔が、長い月日の不健康な生活の為ために、二ふた目と見られぬ、ひどい姿になっているのを、何の予備知識もなしに、あなたに見られるのは、私としては、堪たえ難がたいことでございます。
私という男は、何と因果な生れつきなのでありましょう。そんな醜い容貌を持ちながら、胸の中では、人知れず、世にも烈はげしい情熱を、燃もやしていたのでございます。私は、お化ばけのような顔をした、その上極ごく貧乏な、一職人に過ぎない私の現実を忘れて、身の程知らぬ、甘美な、贅沢ぜいたくな、種々様々の「夢」にあこがれていたのでございます。
私が若し、もっと豊な家に生れていましたなら、金銭の力によって、色々の遊戯に耽ふけり、醜貌しゅうぼうのやるせなさを、まぎらすことが出来たでもありましょう。それとも又、私に、もっと芸術的な天分が、与えられていましたなら、例えば美しい詩歌によって、此世このよの味気あじきなさを、忘れることが出来たでもありましょう。併しかし、不幸な私は、何いずれの恵みにも浴することが出来ず、哀れな、一家具職人の子として、親譲りの仕事によって、其日そのひ其日の暮しを、立てて行く外ほかはないのでございました。
私の専門は、様々の椅子いすを作ることでありました。私の作った椅子は、どんな難しい註文主にも、きっと気に入るというので、商会でも、私には特別に目をかけて、仕事も、上物じょうものばかりを、廻して呉くれて居りました。そんな上物になりますと、凭もたれや肘掛ひじかけの彫りものに、色々むずかしい註文があったり、クッションの工合ぐあい、各部の寸法などに、微妙な好みがあったりして、それを作る者には、一寸ちょっと素人の想像出来ない様な苦心が要るのでございますが、でも、苦心をすればした丈け、出来上った時の愉快というものはありません。生意気を申す様ですけれど、その心持ちは、芸術家が立派な作品を完成した時の喜びにも、比ぶべきものではないかと存じます。
一つの椅子が出来上ると、私は先ず、自分で、それに腰かけて、坐り工合を試して見ます。そして、味気ない職人生活の内にも、その時ばかりは、何とも云えぬ得意を感じるのでございます。そこへは、どの様な高貴の方が、或あるいはどの様な美しい方がおかけなさることか、こんな立派な椅子を、註文なさる程のお邸やしきだから、そこには、きっと、この椅子にふさわしい、贅沢な部屋があるだろう。壁間かべには定めし、有名な画家の油絵が懸かかり、天井からは、偉大な宝石の様な装飾電燈シャンデリヤが、さがっているに相違ない。床には、高価な絨氈じゅうたんが、敷きつめてあるだろう。そして、この椅子の前のテーブルには、眼の醒める様な、西洋草花が、甘美な薫かおりを放って、咲き乱れていることであろう。そんな妄想に耽っていますと、何だかこう、自分が、その立派な部屋の主あるじにでもなった様な気がして、ほんの一瞬間ではありますけれど、何とも形容の出来ない、愉快な気持になるのでございます。
私の果敢はかない妄想は、猶なおとめどもなく増長して参ります。この私が、貧乏な、醜い、一職人に過ぎない私が、妄想の世界では、気高い貴公子になって、私の作った立派な椅子に、腰かけているのでございます。そして、その傍かたわらには、いつも私の夢に出て来る、美しい私の恋人が、におやかにほほえみながら、私の話に聞入って居ります。そればかりではありません。私は妄想の中で、その人と手をとり合って、甘い恋の睦言むつごとを、囁ささやき交かわしさえするのでございます。
ところが、いつの場合にも、私のこの、フーワリとした紫の夢は、忽たちまちにして、近所のお上かみさんの姦かしましい話声や、ヒステリーの様に泣き叫ぶ、其辺そのあたりの病児びょうじの声に妨さまたげられて、私の前には、又しても、醜い現実が、あの灰色のむくろをさらけ出すのでございます。現実に立帰った私は、そこに、夢の貴公子とは似てもつかない、哀れにも醜い、自分自身の姿を見出みいだします。そして、今の先、私にほほえみかけて呉れた、あの美しい人は。……そんなものが、全体どこにいるのでしょう。その辺に、埃ほこりまみれになって遊んでいる、汚らしい子守こもり女でさえ、私なぞには、見向いても呉れはしないのでございます。ただ一つ、私の作った椅子丈けが、今の夢の名残なごりの様に、そこに、ポツネンと残って居ります。でも、その椅子は、やがて、いずことも知れぬ、私達のとは全く別な世界へ、運び去られて了うのではありませんか。
私は、そうして、一つ一つ椅子を仕上げる度毎たびごとに、いい知れぬ味気なさに襲われるのでございます。その、何とも形容の出来ない、いやあな、いやあな心持は、月日が経つに従って、段々、私には堪え切れないものになって参りました。
「こんな、うじ虫の様な生活を、続けて行く位なら、いっそのこと、死んで了った方が増しだ」私は、真面目に、そんなことを思います。仕事場で、コツコツと鑿のみを使いながら、釘を打ちながら、或は、刺戟しげきの強い塗料をこね廻しながら、その同じことを、執拗しつように考え続けるのでございます。「だが、待てよ、死んで了う位なら、それ程の決心が出来るなら、もっと外に、方法がないものであろうか。例えば……」そうして、私の考えは、段々恐ろしい方へ、向いて行くのでありました。
丁度その頃、私は、嘗かつて手がけたことのない、大きな皮張りの肘掛椅子の、製作を頼まれて居りました。此椅子は、同じY市で外人の経営している、あるホテルへ納める品で、一体なら、その本国から取寄せる筈はずのを、私の雇われていた、商会が運動して、日本にも舶来品に劣らぬ椅子職人がいるからというので、やっと註文を取ったものでした。それ丈けに、私としても、寝食を忘れてその製作に従事しました。本当に魂をこめて、夢中になってやったものでございます。
さて、出来上った椅子を見ますと、私は嘗つて覚えない満足を感じました。それは、我乍われながら、見とれる程の、見事な出来ばえであったのです。私は例によって、四脚一組になっているその椅子の一つを、日当りのよい板の間へ持出して、ゆったりと腰を下しました。何という坐り心地のよさでしょう。フックラと、硬こわすぎず軟やわらかすぎぬクッションのねばり工合、態わざと染色を嫌って灰色の生地のまま張りつけた、鞣革なめしがわの肌触り、適度の傾斜を保って、そっと背中を支えて呉れる、豊満な凭もたれ、デリケートな曲線を描いて、オンモリとふくれ上った、両側の肘掛け、それらの凡すべてが、不思議な調和を保って、渾然こんぜんとして「安楽コンフォート」という言葉を、そのまま形に現している様に見えます。
私は、そこへ深々と身を沈め、両手で、丸々とした肘掛けを愛撫しながら、うっとりとしていました。すると、私の癖として、止めどもない妄想が、五色ごしきの虹の様に、まばゆいばかりの色彩を以もって、次から次へと湧わき上って来るのです。あれを幻まぼろしというのでしょうか。心に思うままが、あんまりはっきりと、眼の前に浮んで来ますので、私は、若しや気でも違うのではないかと、空恐ろしくなった程でございます。
そうしています内に、私の頭に、ふとすばらしい考えが浮んで参りました。悪魔の囁きというのは、多分ああした事を指すのではありますまいか。それは、夢の様に荒唐無稽こうとうむけいで、非常に不気味な事柄でした。でも、その不気味さが、いいしれぬ魅力となって、私をそそのかすのでございます。
江戸川乱歩
佳子よしこは、毎朝、夫の登庁とうちょうを見送って了しまうと、それはいつも十時を過ぎるのだが、やっと自分のからだになって、洋館の方の、夫と共用の書斎へ、とじ籠こもるのが例になっていた。そこで、彼女は今、K雑誌のこの夏の増大号にのせる為の、長い創作にとりかかっているのだった。
美しい閨秀けいしゅう作家としての彼女は、此この頃ごろでは、外務省書記官である夫君の影を薄く思わせる程も、有名になっていた。彼女の所へは、毎日の様に未知の崇拝者達からの手紙が、幾通となくやって来た。
今朝けさとても、彼女は、書斎の机の前に坐ると、仕事にとりかかる前に、先まず、それらの未知の人々からの手紙に、目を通さねばならなかった。
それは何いずれも、極きまり切った様に、つまらぬ文句のものばかりであったが、彼女は、女の優しい心遣こころづかいから、どの様な手紙であろうとも、自分に宛あてられたものは、兎とも角かくも、一通りは読んで見ることにしていた。
簡単なものから先にして、二通の封書と、一葉のはがきとを見て了うと、あとにはかさ高い原稿らしい一通が残った。別段通知の手紙は貰もらっていないけれど、そうして、突然原稿を送って来る例は、これまでにしても、よくあることだった。それは、多くの場合、長々しく退屈極る代物であったけれど、彼女は兎も角も、表題丈だけでも見て置こうと、封を切って、中の紙束を取出して見た。
それは、思った通り、原稿用紙を綴とじたものであった。が、どうしたことか、表題も署名もなく、突然「奥様」という、呼びかけの言葉で始まっているのだった。ハテナ、では、やっぱり手紙なのかしら、そう思って、何気なく二行三行と目を走らせて行く内に、彼女は、そこから、何となく異常な、妙に気味悪いものを予感した。そして、持前もちまえの好奇心が、彼女をして、ぐんぐん、先を読ませて行くのであった。
奥様、
奥様の方では、少しも御存じのない男から、突然、此様このような無躾ぶしつけな御手紙を、差上げます罪を、幾重いくえにもお許し下さいませ。
こんなことを申上げますと、奥様は、さぞかしびっくりなさる事で御座いましょうが、私は今、あなたの前に、私の犯して来ました、世にも不思議な罪悪を、告白しようとしているのでございます。
私は数ヶ月の間、全く人間界から姿を隠して、本当に、悪魔の様な生活を続けて参りました。勿論もちろん、広い世界に誰一人、私の所業を知るものはありません。若もし、何事もなければ、私は、このまま永久に、人間界に立帰ることはなかったかも知れないのでございます。
ところが、近頃になりまして、私の心にある不思議な変化が起りました。そして、どうしても、この、私の因果な身の上を、懺悔ざんげしないではいられなくなりました。ただ、かように申しましたばかりでは、色々御不審ごふしんに思召おぼしめす点もございましょうが、どうか、兎も角も、この手紙を終りまで御読み下さいませ。そうすれば、何故なぜ、私がそんな気持になったのか。又何故、この告白を、殊更ことさら奥様に聞いて頂かねばならぬのか、それらのことが、悉ことごとく明白になるでございましょう。
さて、何から書き初めたらいいのか、余りに人間離れのした、奇怪千万な事実なので、こうした、人間世界で使われる、手紙という様な方法では、妙に面おもはゆくて、筆の鈍るのを覚えます。でも、迷っていても仕方がございません。兎も角も、事の起りから、順を追って、書いて行くことに致しましょう。
私は生れつき、世にも醜い容貌の持主でございます。これをどうか、はっきりと、お覚えなすっていて下さいませ。そうでないと、若し、あなたが、この無躾な願いを容いれて、私にお逢あい下さいました場合、たださえ醜い私の顔が、長い月日の不健康な生活の為ために、二ふた目と見られぬ、ひどい姿になっているのを、何の予備知識もなしに、あなたに見られるのは、私としては、堪たえ難がたいことでございます。
私という男は、何と因果な生れつきなのでありましょう。そんな醜い容貌を持ちながら、胸の中では、人知れず、世にも烈はげしい情熱を、燃もやしていたのでございます。私は、お化ばけのような顔をした、その上極ごく貧乏な、一職人に過ぎない私の現実を忘れて、身の程知らぬ、甘美な、贅沢ぜいたくな、種々様々の「夢」にあこがれていたのでございます。
私が若し、もっと豊な家に生れていましたなら、金銭の力によって、色々の遊戯に耽ふけり、醜貌しゅうぼうのやるせなさを、まぎらすことが出来たでもありましょう。それとも又、私に、もっと芸術的な天分が、与えられていましたなら、例えば美しい詩歌によって、此世このよの味気あじきなさを、忘れることが出来たでもありましょう。併しかし、不幸な私は、何いずれの恵みにも浴することが出来ず、哀れな、一家具職人の子として、親譲りの仕事によって、其日そのひ其日の暮しを、立てて行く外ほかはないのでございました。
私の専門は、様々の椅子いすを作ることでありました。私の作った椅子は、どんな難しい註文主にも、きっと気に入るというので、商会でも、私には特別に目をかけて、仕事も、上物じょうものばかりを、廻して呉くれて居りました。そんな上物になりますと、凭もたれや肘掛ひじかけの彫りものに、色々むずかしい註文があったり、クッションの工合ぐあい、各部の寸法などに、微妙な好みがあったりして、それを作る者には、一寸ちょっと素人の想像出来ない様な苦心が要るのでございますが、でも、苦心をすればした丈け、出来上った時の愉快というものはありません。生意気を申す様ですけれど、その心持ちは、芸術家が立派な作品を完成した時の喜びにも、比ぶべきものではないかと存じます。
一つの椅子が出来上ると、私は先ず、自分で、それに腰かけて、坐り工合を試して見ます。そして、味気ない職人生活の内にも、その時ばかりは、何とも云えぬ得意を感じるのでございます。そこへは、どの様な高貴の方が、或あるいはどの様な美しい方がおかけなさることか、こんな立派な椅子を、註文なさる程のお邸やしきだから、そこには、きっと、この椅子にふさわしい、贅沢な部屋があるだろう。壁間かべには定めし、有名な画家の油絵が懸かかり、天井からは、偉大な宝石の様な装飾電燈シャンデリヤが、さがっているに相違ない。床には、高価な絨氈じゅうたんが、敷きつめてあるだろう。そして、この椅子の前のテーブルには、眼の醒める様な、西洋草花が、甘美な薫かおりを放って、咲き乱れていることであろう。そんな妄想に耽っていますと、何だかこう、自分が、その立派な部屋の主あるじにでもなった様な気がして、ほんの一瞬間ではありますけれど、何とも形容の出来ない、愉快な気持になるのでございます。
私の果敢はかない妄想は、猶なおとめどもなく増長して参ります。この私が、貧乏な、醜い、一職人に過ぎない私が、妄想の世界では、気高い貴公子になって、私の作った立派な椅子に、腰かけているのでございます。そして、その傍かたわらには、いつも私の夢に出て来る、美しい私の恋人が、におやかにほほえみながら、私の話に聞入って居ります。そればかりではありません。私は妄想の中で、その人と手をとり合って、甘い恋の睦言むつごとを、囁ささやき交かわしさえするのでございます。
ところが、いつの場合にも、私のこの、フーワリとした紫の夢は、忽たちまちにして、近所のお上かみさんの姦かしましい話声や、ヒステリーの様に泣き叫ぶ、其辺そのあたりの病児びょうじの声に妨さまたげられて、私の前には、又しても、醜い現実が、あの灰色のむくろをさらけ出すのでございます。現実に立帰った私は、そこに、夢の貴公子とは似てもつかない、哀れにも醜い、自分自身の姿を見出みいだします。そして、今の先、私にほほえみかけて呉れた、あの美しい人は。……そんなものが、全体どこにいるのでしょう。その辺に、埃ほこりまみれになって遊んでいる、汚らしい子守こもり女でさえ、私なぞには、見向いても呉れはしないのでございます。ただ一つ、私の作った椅子丈けが、今の夢の名残なごりの様に、そこに、ポツネンと残って居ります。でも、その椅子は、やがて、いずことも知れぬ、私達のとは全く別な世界へ、運び去られて了うのではありませんか。
私は、そうして、一つ一つ椅子を仕上げる度毎たびごとに、いい知れぬ味気なさに襲われるのでございます。その、何とも形容の出来ない、いやあな、いやあな心持は、月日が経つに従って、段々、私には堪え切れないものになって参りました。
「こんな、うじ虫の様な生活を、続けて行く位なら、いっそのこと、死んで了った方が増しだ」私は、真面目に、そんなことを思います。仕事場で、コツコツと鑿のみを使いながら、釘を打ちながら、或は、刺戟しげきの強い塗料をこね廻しながら、その同じことを、執拗しつように考え続けるのでございます。「だが、待てよ、死んで了う位なら、それ程の決心が出来るなら、もっと外に、方法がないものであろうか。例えば……」そうして、私の考えは、段々恐ろしい方へ、向いて行くのでありました。
丁度その頃、私は、嘗かつて手がけたことのない、大きな皮張りの肘掛椅子の、製作を頼まれて居りました。此椅子は、同じY市で外人の経営している、あるホテルへ納める品で、一体なら、その本国から取寄せる筈はずのを、私の雇われていた、商会が運動して、日本にも舶来品に劣らぬ椅子職人がいるからというので、やっと註文を取ったものでした。それ丈けに、私としても、寝食を忘れてその製作に従事しました。本当に魂をこめて、夢中になってやったものでございます。
さて、出来上った椅子を見ますと、私は嘗つて覚えない満足を感じました。それは、我乍われながら、見とれる程の、見事な出来ばえであったのです。私は例によって、四脚一組になっているその椅子の一つを、日当りのよい板の間へ持出して、ゆったりと腰を下しました。何という坐り心地のよさでしょう。フックラと、硬こわすぎず軟やわらかすぎぬクッションのねばり工合、態わざと染色を嫌って灰色の生地のまま張りつけた、鞣革なめしがわの肌触り、適度の傾斜を保って、そっと背中を支えて呉れる、豊満な凭もたれ、デリケートな曲線を描いて、オンモリとふくれ上った、両側の肘掛け、それらの凡すべてが、不思議な調和を保って、渾然こんぜんとして「安楽コンフォート」という言葉を、そのまま形に現している様に見えます。
私は、そこへ深々と身を沈め、両手で、丸々とした肘掛けを愛撫しながら、うっとりとしていました。すると、私の癖として、止めどもない妄想が、五色ごしきの虹の様に、まばゆいばかりの色彩を以もって、次から次へと湧わき上って来るのです。あれを幻まぼろしというのでしょうか。心に思うままが、あんまりはっきりと、眼の前に浮んで来ますので、私は、若しや気でも違うのではないかと、空恐ろしくなった程でございます。
そうしています内に、私の頭に、ふとすばらしい考えが浮んで参りました。悪魔の囁きというのは、多分ああした事を指すのではありますまいか。それは、夢の様に荒唐無稽こうとうむけいで、非常に不気味な事柄でした。でも、その不気味さが、いいしれぬ魅力となって、私をそそのかすのでございます。
なんでかな?急きゅうに涙なみだが出でて来きたの
何なにかが悲かなしいとかじゃなくて
全ぜん部ぶが悲かなしいの
为什么?突然 潸然泪下
并非是为某件事伤心
而是所有的一切 都令我难过
疲つかれちゃったのかな
期き待たい 努ど力りょく 人にん間げん関かん係けい 未来みらい
全ぜん部ぶが重おもいよ
太累了吧
期待 努力 人际关系 未来
都压的我喘不过气
この世せ界かいの全ぜん部ぶが重おもいよ
頑がん張ばってるよ
私わたしだって一いっ生しょう懸けん命めい頑がん張ばってるよ けど……
这世界所有的一切都令人窒息
我不断努力
我 拼尽一切努力着、但是……
上う手まくいかない事ことばかりなのに
頑がん張ばれって言いわれても
分わからないよ
却总是事事不顺
即使被鼓励 “要加油啊”
我不明白……
どう頑がん張ばれば良いいのか分わからないよ
こぼしたい本ほん音ねも、やりたい事ことも
全部ぜんぶ 我慢がまんしてる
#心情日记##人生感悟##情感语录#
不明白该如何努力
想吐露心声、想做的事
全都要忍住
不安ふあんだよ
不ふ安あんで心こころが壊こわれそうだよ
ねぇ!
我很不安!
不安到心脏像要撕裂一般
喂!
もう少すこし私わたしの事ことを褒ほめてよ
ちゃんと私わたしを見みてよ
私わたしの話はなしを聞きいて
请多夸夸我吧
请好好看看我吧
请听听我的心声
何なにかが悲かなしいとかじゃなくて
全ぜん部ぶが悲かなしいの
为什么?突然 潸然泪下
并非是为某件事伤心
而是所有的一切 都令我难过
疲つかれちゃったのかな
期き待たい 努ど力りょく 人にん間げん関かん係けい 未来みらい
全ぜん部ぶが重おもいよ
太累了吧
期待 努力 人际关系 未来
都压的我喘不过气
この世せ界かいの全ぜん部ぶが重おもいよ
頑がん張ばってるよ
私わたしだって一いっ生しょう懸けん命めい頑がん張ばってるよ けど……
这世界所有的一切都令人窒息
我不断努力
我 拼尽一切努力着、但是……
上う手まくいかない事ことばかりなのに
頑がん張ばれって言いわれても
分わからないよ
却总是事事不顺
即使被鼓励 “要加油啊”
我不明白……
どう頑がん張ばれば良いいのか分わからないよ
こぼしたい本ほん音ねも、やりたい事ことも
全部ぜんぶ 我慢がまんしてる
#心情日记##人生感悟##情感语录#
不明白该如何努力
想吐露心声、想做的事
全都要忍住
不安ふあんだよ
不ふ安あんで心こころが壊こわれそうだよ
ねぇ!
我很不安!
不安到心脏像要撕裂一般
喂!
もう少すこし私わたしの事ことを褒ほめてよ
ちゃんと私わたしを見みてよ
私わたしの話はなしを聞きいて
请多夸夸我吧
请好好看看我吧
请听听我的心声
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