黄粱夢
芥川龍之介
盧生ろせいは死ぬのだと思った。目の前が暗くなって、子や孫のすすり泣く声が、だんだん遠い所へ消えてしまう。そうして、眼に見えない分銅ふんどうが足の先へついてでもいるように、体が下へ下へと沈んで行く――と思うと、急にはっと何かに驚かされて、思わず眼を大きく開いた。
すると枕もとには依然として、道士どうしの呂翁ろおうが坐っている。主人の炊かしいでいた黍きびも、未いまだに熟さないらしい。盧生は青磁の枕から頭をあげると、眼をこすりながら大きな欠伸あくびをした。邯鄲かんたんの秋の午後は、落葉おちばした木々の梢こずえを照らす日の光があってもうすら寒い。
「眼がさめましたね。」呂翁は、髭ひげを噛みながら、笑えみを噛み殺すような顔をして云った。
「ええ」
「夢をみましたろう。」
「見ました。」
「どんな夢を見ました。」
「何でも大へん長い夢です。始めは清河せいかの崔氏さいしの女むすめと一しょになりました。うつくしいつつましやかな女だったような気がします。そうして明あくる年、進士しんしの試験に及第して、渭南いなんの尉いになりました。それから、監察御史かんさつぎょしや起居舎人ききょしゃじん知制誥ちせいこうを経て、とんとん拍子に中書門下ちゅうしょもんか平章事へいしょうじになりましたが、讒ざんを受けてあぶなく殺される所をやっと助かって、驩州かんしゅうへ流される事になりました。そこにかれこれ五六年もいましたろう。やがて、冤えんを雪すすぐ事が出来たおかげでまた召還され、中書令ちゅうしょれいになり、燕国公えんこくこうに封ぜられましたが、その時はもういい年だったかと思います。子が五人に、孫が何十人とありましたから。」
「それから、どうしました。」
「死にました。確か八十を越していたように覚えていますが。」
呂翁ろおうは、得意らしく髭を撫でた。
「では、寵辱ちょうじょくの道も窮達きゅうたつの運も、一通りは味わって来た訳ですね。それは結構な事でした。生きると云う事は、あなたの見た夢といくらも変っているものではありません。これであなたの人生の執着しゅうじゃくも、熱がさめたでしょう。得喪とくそうの理も死生の情も知って見れば、つまらないものなのです。そうではありませんか。」
盧生ろせいは、じれったそうに呂翁の語ことばを聞いていたが、相手が念を押すと共に、青年らしい顔をあげて、眼をかがやかせながら、こう云った。
「夢だから、なお生きたいのです。あの夢のさめたように、この夢もさめる時が来るでしょう。その時が来るまでの間、私わたしは真に生きたと云えるほど生きたいのです。あなたはそう思いませんか。」
呂翁は顔をしかめたまま、然しかりとも否いなとも答えなかった。
(大正六年十月)
芥川龍之介
盧生ろせいは死ぬのだと思った。目の前が暗くなって、子や孫のすすり泣く声が、だんだん遠い所へ消えてしまう。そうして、眼に見えない分銅ふんどうが足の先へついてでもいるように、体が下へ下へと沈んで行く――と思うと、急にはっと何かに驚かされて、思わず眼を大きく開いた。
すると枕もとには依然として、道士どうしの呂翁ろおうが坐っている。主人の炊かしいでいた黍きびも、未いまだに熟さないらしい。盧生は青磁の枕から頭をあげると、眼をこすりながら大きな欠伸あくびをした。邯鄲かんたんの秋の午後は、落葉おちばした木々の梢こずえを照らす日の光があってもうすら寒い。
「眼がさめましたね。」呂翁は、髭ひげを噛みながら、笑えみを噛み殺すような顔をして云った。
「ええ」
「夢をみましたろう。」
「見ました。」
「どんな夢を見ました。」
「何でも大へん長い夢です。始めは清河せいかの崔氏さいしの女むすめと一しょになりました。うつくしいつつましやかな女だったような気がします。そうして明あくる年、進士しんしの試験に及第して、渭南いなんの尉いになりました。それから、監察御史かんさつぎょしや起居舎人ききょしゃじん知制誥ちせいこうを経て、とんとん拍子に中書門下ちゅうしょもんか平章事へいしょうじになりましたが、讒ざんを受けてあぶなく殺される所をやっと助かって、驩州かんしゅうへ流される事になりました。そこにかれこれ五六年もいましたろう。やがて、冤えんを雪すすぐ事が出来たおかげでまた召還され、中書令ちゅうしょれいになり、燕国公えんこくこうに封ぜられましたが、その時はもういい年だったかと思います。子が五人に、孫が何十人とありましたから。」
「それから、どうしました。」
「死にました。確か八十を越していたように覚えていますが。」
呂翁ろおうは、得意らしく髭を撫でた。
「では、寵辱ちょうじょくの道も窮達きゅうたつの運も、一通りは味わって来た訳ですね。それは結構な事でした。生きると云う事は、あなたの見た夢といくらも変っているものではありません。これであなたの人生の執着しゅうじゃくも、熱がさめたでしょう。得喪とくそうの理も死生の情も知って見れば、つまらないものなのです。そうではありませんか。」
盧生ろせいは、じれったそうに呂翁の語ことばを聞いていたが、相手が念を押すと共に、青年らしい顔をあげて、眼をかがやかせながら、こう云った。
「夢だから、なお生きたいのです。あの夢のさめたように、この夢もさめる時が来るでしょう。その時が来るまでの間、私わたしは真に生きたと云えるほど生きたいのです。あなたはそう思いませんか。」
呂翁は顔をしかめたまま、然しかりとも否いなとも答えなかった。
(大正六年十月)
#のし梅さんよりあなたが好き#
江おんすていじぜっぷつあー
横浜初日お疲れ様でした!!!!!!
我是没想到今天让我最激动的事是看到丰前平安回来了
也有可能是被现场的丰前解的情绪带动了吧
今天跟丰前解连番 那个丰前解还是我从大阪开始就跟她不停偶遇 对视 这次直接在我边上真的………………真的………………我整理头发的时候跟她对视好久 可能再久点我俩其中一方可能就要开口说点什么了
只能说她激动 我被她带的我也激动 unit曲 call meファンファーレ honeylove的时候拿了好多饭撒wwww
跟丰前解连番好幸福 希望我剩下的两场身边也都是丰前解 球球了
最值得拿出来说的一条可能就是在结尾的时候大家挥手的时候
我跟他对视好久 然后我绷不住了还是挥棒子 他笑了开始冲我挥手
我绷不住了哥 我真的绷不住了 你这是在跟我玩什么莫名其妙的游戏啊?
日替 日替笑得我肚子疼 这么多场笑得最绷不住的一次
主要是松井想玩雨さん 但是被雨さん报复
活该吧 叫你不停的冲人家按那个莫名其妙的声音按钮
而且日替 我看到桑名眼睛了 不是大屏幕是我真的看见他的眼睛了 那一瞬间我差点在一片寂静中笑出声
僕だけ見てていい
マツイブルー https://t.cn/A6MUMowD
江おんすていじぜっぷつあー
横浜初日お疲れ様でした!!!!!!
我是没想到今天让我最激动的事是看到丰前平安回来了
也有可能是被现场的丰前解的情绪带动了吧
今天跟丰前解连番 那个丰前解还是我从大阪开始就跟她不停偶遇 对视 这次直接在我边上真的………………真的………………我整理头发的时候跟她对视好久 可能再久点我俩其中一方可能就要开口说点什么了
只能说她激动 我被她带的我也激动 unit曲 call meファンファーレ honeylove的时候拿了好多饭撒wwww
跟丰前解连番好幸福 希望我剩下的两场身边也都是丰前解 球球了
最值得拿出来说的一条可能就是在结尾的时候大家挥手的时候
我跟他对视好久 然后我绷不住了还是挥棒子 他笑了开始冲我挥手
我绷不住了哥 我真的绷不住了 你这是在跟我玩什么莫名其妙的游戏啊?
日替 日替笑得我肚子疼 这么多场笑得最绷不住的一次
主要是松井想玩雨さん 但是被雨さん报复
活该吧 叫你不停的冲人家按那个莫名其妙的声音按钮
而且日替 我看到桑名眼睛了 不是大屏幕是我真的看见他的眼睛了 那一瞬间我差点在一片寂静中笑出声
僕だけ見てていい
マツイブルー https://t.cn/A6MUMowD
煙草と悪魔(上)
芥川龍之介
煙草たばこは、本来、日本になかつた植物である。では、何時いつ頃、舶載されたかと云ふと、記録によつて、年代が一致しない。或は、慶長年間と書いてあつたり、或は天文年間と書いてあつたりする。が、慶長十年頃には、既に栽培が、諸方に行はれてゐたらしい。それが文禄年間になると、「きかぬものたばこの法度はつと銭法度ぜにはつと、玉のみこゑにげんたくの医者」と云ふ落首らくしゆが出来た程、一般に喫煙が流行するやうになつた。――
そこで、この煙草は、誰の手で舶載されたかと云ふと、歴史家なら誰でも、葡萄牙ポルトガル人とか、西班牙スペイン人とか答へる。が、それは必ずしも唯一の答ではない。その外にまだ、もう一つ、伝説としての答が残つてゐる。それによると、煙草は、悪魔がどこからか持つて来たのださうである。さうして、その悪魔なるものは、天主教の伴天連ばてれんか(恐らくは、フランシス上人しやうにん)がはるばる日本へつれて来たのださうである。
かう云ふと、切支丹きりしたん宗門の信者は、彼等のパアテルを誣しひるものとして、自分を咎とがめようとするかも知れない。が、自分に云はせると、これはどうも、事実らしく思はれる。何故と云へば、南蛮の神が渡来すると同時に、南蛮の悪魔が渡来すると云ふ事は――西洋の善が輸入されると同時に、西洋の悪が輸入されると云ふ事は、至極、当然な事だからである。
しかし、その悪魔が実際、煙草を持つて来たかどうか、それは、自分にも、保証する事が出来ない。尤もつともアナトオル・フランスの書いた物によると、悪魔は木犀草もくせいさうの花で、或坊さんを誘惑しようとした事があるさうである。して見ると、煙草を、日本へ持つて来たと云ふ事も、満更嘘だとばかりは、云へないであらう。よし又それが嘘にしても、その嘘は又、或意味で、存外、ほんとうに近い事があるかも知れない。――自分は、かう云ふ考へで、煙草の渡来に関する伝説を、ここに書いて見る事にした。
天文十八年、悪魔は、フランシス・ザヴイエルに伴ついてゐる伊留満いるまんの一人に化けて、長い海路を恙つつがなく、日本へやつて来た。この伊留満の一人に化けられたと云ふのは、正物しやうぶつのその男が、阿媽港あまかはか何処どこかへ上陸してゐる中に、一行をのせた黒船が、それとも知らずに出帆をしてしまつたからである。そこで、それまで、帆桁ほげたへ尻尾をまきつけて、倒さかさまにぶら下りながら、私ひそかに船中の容子ようすを窺つてゐた悪魔は、早速姿をその男に変へて、朝夕フランシス上人に、給仕する事になつた。勿論、ドクトル・フアウストを尋ねる時には、赤い外套ぐわいたうを着た立派な騎士に化ける位な先生の事だから、こんな芸当なぞは、何でもない。
所が、日本へ来て見ると、西洋にゐた時に、マルコ・ポオロの旅行記で読んだのとは、大分、容子がちがふ。第一、あの旅行記によると、国中至る処、黄金がみちみちてゐるやうであるが、どこを見廻しても、そんな景色はない。これなら、ちよいと磔くるすを爪でこすつて、金きんにすれば、それでも可成かなり、誘惑が出来さうである。それから、日本人は、真珠か何かの力で、起死回生の法を、心得てゐるさうであるが、それもマルコ・ポオロの嘘らしい。嘘なら、方々の井戸へ唾を吐いて、悪い病さへ流行はやらせれば、大抵の人間は、苦しまぎれに当来の波羅葦僧はらいそなぞは、忘れてしまふ。――フランシス上人の後へついて、殊勝らしく、そこいらを見物して歩きながら、悪魔は、私ひそかにこんな事を考へて、独り会心の微笑をもらしてゐた。
が、たつた一つ、ここに困つた事がある。こればかりは、流石さすがの悪魔が、どうする訳にも行かない。と云ふのは、まだフランシス・ザヴイエルが、日本へ来たばかりで、伝道も盛にならなければ、切支丹の信者も出来ないので、肝腎かんじんの誘惑する相手が、一人もゐないと云ふ事である。これには、いくら悪魔でも、少からず、当惑した。第一、さしあたり退屈な時間を、どうして暮していいか、わからない。――
そこで、悪魔は、いろいろ思案した末に、先まづ園芸でもやつて、暇をつぶさうと考へた。それには、西洋を出る時から、種々雑多な植物の種を、耳の穴の中へ入れて持つてゐる。地面は、近所の畠でも借りれば、造作はない。その上、フランシス上人さへ、それは至極よからうと、賛成した。勿論、上人は、自分についてゐる伊留満いるまんの一人が、西洋の薬用植物か何かを、日本へ移植しようとしてゐるのだと、思つたのである。
悪魔は、早速、鋤すき鍬くはを借りて来て、路ばたの畠を、根気よく、耕しはじめた。
丁度水蒸気の多い春の始で、たなびいた霞かすみの底からは、遠くの寺の鐘が、ぼうんと、眠むさうに、響いて来る、その鐘の音が、如何にも又のどかで、聞きなれた西洋の寺の鐘のやうに、いやに冴えて、かんと脳天へひびく所がない。――が、かう云ふ太平な風物の中にゐたのでは、さぞ悪魔も、気が楽だらうと思ふと、決してさうではない。
彼は、一度この梵鐘ぼんしようの音を聞くと、聖保羅さんぽおろの寺の鐘を聞いたよりも、一層、不快さうに、顔をしかめて、むしやうに畑を打ち始めた。何故かと云ふと、こののんびりした鐘の音を聞いて、この曖々あいあいたる日光に浴してゐると、不思議に、心がゆるんで来る。善をしようと云ふ気にもならないと同時に、悪を行はうと云ふ気にもならずにしまふ。これでは、折角、海を渡つて、日本人を誘惑に来た甲斐かひがない。――掌てのひらに肉豆まめがないので、イワンの妹に叱られた程、労働の嫌な悪魔が、こんなに精を出して、鍬を使ふ気になつたのは、全く、このややもすれば、体にはひかかる道徳的の眠けを払はうとして、一生懸命になつたせゐである。
悪魔は、とうとう、数日の中に、畑打ちを完をはつて、耳の中の種を、その畦うねに播まいた。
それから、幾月かたつ中に、悪魔の播いた種は、芽を出し、茎をのばして、その年の夏の末には、幅の広い緑の葉が、もう残りなく、畑の土を隠してしまつた。が、その植物の名を知つてゐる者は、一人もない。フランシス上人が、尋ねてさへ、悪魔は、にやにや笑ふばかりで、何とも答へずに、黙つてゐる。
その中に、この植物は、茎の先に、簇々そうそうとして、花をつけた。漏斗じやうごのやうな形をした、うす紫の花である。悪魔には、この花のさいたのが、骨を折つただけに、大へん嬉しいらしい。そこで、彼は、朝夕の勤行ごんぎやうをすましてしまふと、何時でも、その畑へ来て、余念なく培養につとめてゐた。
すると、或日の事、(それは、フランシス上人が伝道の為に、数日間、旅行をした、その留守中の出来事である。)一人の牛商人うしあきうどが、一頭の黄牛あめうしをひいて、その畑の側を通りかかつた。見ると、紫の花のむらがつた畑の柵の中で、黒い僧服に、つばの広い帽子をかぶつた、南蛮の伊留満が、しきりに葉へついた虫をとつてゐる。牛商人は、その花があまり、珍しいので、思はず足を止めながら、笠をぬいで、丁寧にその伊留満へ声をかけた。
――もし、お上人様、その花は何でございます。
伊留満は、ふりむいた。鼻の低い、眼の小さな、如何にも、人の好ささうな紅毛こうまうである。
――これですか。
――さやうでございます。
紅毛は、畑の柵によりかかりながら、頭をふつた。さうして、なれない日本語で云つた。
――この名だけは、御気の毒ですが、人には教へられません。
――はてな、すると、フランシス様が、云つてはならないとでも、仰有おつしやつたのでございますか。
――いいえ、さうではありません。
――では、一つお教へ下さいませんか、手前も、近ごろはフランシス様の御教化をうけて、この通り御宗旨に、帰依きえして居りますのですから。
牛商人は、得意さうに自分の胸を指さした。見ると、成る程、小さな真鍮しんちゆうの十字架が、日に輝きながら、頸くびにかかつてゐる。すると、それが眩まぶしかつたのか、伊留満いるまんはちよいと顔をしかめて、下を見たが、すぐに又、前よりも、人なつこい調子で、冗談じようだんともほんとうともつかずに、こんな事を云つた。
――それでも、いけませんよ。これは、私の国の掟おきてで、人に話してはならない事になつてゐるのですから。それより、あなたが、自分で一つ、あててごらんなさい。日本の人は賢いから、きつとあたります。あたつたら、この畑にはえてゐるものを、みんな、あなたにあげませう。
牛商人は、伊留満が、自分をからかつてゐるとでも思つたのであらう。彼は、日にやけた顔に、微笑を浮べながら、わざと大仰に、小首を傾けた。
――何でございますかな。どうも、殺急さつきふには、わかり兼ねますが。
――なに今日でなくつても、いいのです。三日の間に、よく考へてお出でなさい。誰かに聞いて来ても、かまひません。あたつたら、これをみんなあげます。この外にも、珍陀ちんたの酒をあげませう。それとも、波羅葦僧垤利阿利はらいそてれあるの絵をあげますか。
牛商人は、相手があまり、熱心なのに、驚いたらしい。
――では、あたらなかつたら、どう致しませう。
伊留満は帽子をあみだに、かぶり直しながら、手を振つて、笑つた。牛商人が、聊いささか、意外に思つた位、鋭い、鴉からすのやうな声で、笑つたのである。
――あたらなかつたら、私があなたに、何かもらひませう。賭かけです。あたるか、あたらないかの賭です。あたつたら、これをみんな、あなたにあげますから。
かう云ふ中に紅毛は、何時いつか又、人なつこい声に、帰つてゐた。
――よろしうございます。では、私も奮発して、何でもあなたの仰有おつしやるものを、差上げませう。
――何でもくれますか、その牛でも。
――これでよろしければ、今でも差上げます。
牛商人は、笑ひながら、黄牛あめうしの額を、撫でた。彼はどこまでも、これを、人の好い伊留満の、冗談だと思つてゐるらしい。
――その代り、私が勝つたら、その花のさく草を頂きますよ。
――よろしい。よろしい。では、確に約束しましたね。
――確に、御約定おやくぢやう致しました。御主おんあるじエス・クリストの御名にお誓ひ申しまして。
芥川龍之介
煙草たばこは、本来、日本になかつた植物である。では、何時いつ頃、舶載されたかと云ふと、記録によつて、年代が一致しない。或は、慶長年間と書いてあつたり、或は天文年間と書いてあつたりする。が、慶長十年頃には、既に栽培が、諸方に行はれてゐたらしい。それが文禄年間になると、「きかぬものたばこの法度はつと銭法度ぜにはつと、玉のみこゑにげんたくの医者」と云ふ落首らくしゆが出来た程、一般に喫煙が流行するやうになつた。――
そこで、この煙草は、誰の手で舶載されたかと云ふと、歴史家なら誰でも、葡萄牙ポルトガル人とか、西班牙スペイン人とか答へる。が、それは必ずしも唯一の答ではない。その外にまだ、もう一つ、伝説としての答が残つてゐる。それによると、煙草は、悪魔がどこからか持つて来たのださうである。さうして、その悪魔なるものは、天主教の伴天連ばてれんか(恐らくは、フランシス上人しやうにん)がはるばる日本へつれて来たのださうである。
かう云ふと、切支丹きりしたん宗門の信者は、彼等のパアテルを誣しひるものとして、自分を咎とがめようとするかも知れない。が、自分に云はせると、これはどうも、事実らしく思はれる。何故と云へば、南蛮の神が渡来すると同時に、南蛮の悪魔が渡来すると云ふ事は――西洋の善が輸入されると同時に、西洋の悪が輸入されると云ふ事は、至極、当然な事だからである。
しかし、その悪魔が実際、煙草を持つて来たかどうか、それは、自分にも、保証する事が出来ない。尤もつともアナトオル・フランスの書いた物によると、悪魔は木犀草もくせいさうの花で、或坊さんを誘惑しようとした事があるさうである。して見ると、煙草を、日本へ持つて来たと云ふ事も、満更嘘だとばかりは、云へないであらう。よし又それが嘘にしても、その嘘は又、或意味で、存外、ほんとうに近い事があるかも知れない。――自分は、かう云ふ考へで、煙草の渡来に関する伝説を、ここに書いて見る事にした。
天文十八年、悪魔は、フランシス・ザヴイエルに伴ついてゐる伊留満いるまんの一人に化けて、長い海路を恙つつがなく、日本へやつて来た。この伊留満の一人に化けられたと云ふのは、正物しやうぶつのその男が、阿媽港あまかはか何処どこかへ上陸してゐる中に、一行をのせた黒船が、それとも知らずに出帆をしてしまつたからである。そこで、それまで、帆桁ほげたへ尻尾をまきつけて、倒さかさまにぶら下りながら、私ひそかに船中の容子ようすを窺つてゐた悪魔は、早速姿をその男に変へて、朝夕フランシス上人に、給仕する事になつた。勿論、ドクトル・フアウストを尋ねる時には、赤い外套ぐわいたうを着た立派な騎士に化ける位な先生の事だから、こんな芸当なぞは、何でもない。
所が、日本へ来て見ると、西洋にゐた時に、マルコ・ポオロの旅行記で読んだのとは、大分、容子がちがふ。第一、あの旅行記によると、国中至る処、黄金がみちみちてゐるやうであるが、どこを見廻しても、そんな景色はない。これなら、ちよいと磔くるすを爪でこすつて、金きんにすれば、それでも可成かなり、誘惑が出来さうである。それから、日本人は、真珠か何かの力で、起死回生の法を、心得てゐるさうであるが、それもマルコ・ポオロの嘘らしい。嘘なら、方々の井戸へ唾を吐いて、悪い病さへ流行はやらせれば、大抵の人間は、苦しまぎれに当来の波羅葦僧はらいそなぞは、忘れてしまふ。――フランシス上人の後へついて、殊勝らしく、そこいらを見物して歩きながら、悪魔は、私ひそかにこんな事を考へて、独り会心の微笑をもらしてゐた。
が、たつた一つ、ここに困つた事がある。こればかりは、流石さすがの悪魔が、どうする訳にも行かない。と云ふのは、まだフランシス・ザヴイエルが、日本へ来たばかりで、伝道も盛にならなければ、切支丹の信者も出来ないので、肝腎かんじんの誘惑する相手が、一人もゐないと云ふ事である。これには、いくら悪魔でも、少からず、当惑した。第一、さしあたり退屈な時間を、どうして暮していいか、わからない。――
そこで、悪魔は、いろいろ思案した末に、先まづ園芸でもやつて、暇をつぶさうと考へた。それには、西洋を出る時から、種々雑多な植物の種を、耳の穴の中へ入れて持つてゐる。地面は、近所の畠でも借りれば、造作はない。その上、フランシス上人さへ、それは至極よからうと、賛成した。勿論、上人は、自分についてゐる伊留満いるまんの一人が、西洋の薬用植物か何かを、日本へ移植しようとしてゐるのだと、思つたのである。
悪魔は、早速、鋤すき鍬くはを借りて来て、路ばたの畠を、根気よく、耕しはじめた。
丁度水蒸気の多い春の始で、たなびいた霞かすみの底からは、遠くの寺の鐘が、ぼうんと、眠むさうに、響いて来る、その鐘の音が、如何にも又のどかで、聞きなれた西洋の寺の鐘のやうに、いやに冴えて、かんと脳天へひびく所がない。――が、かう云ふ太平な風物の中にゐたのでは、さぞ悪魔も、気が楽だらうと思ふと、決してさうではない。
彼は、一度この梵鐘ぼんしようの音を聞くと、聖保羅さんぽおろの寺の鐘を聞いたよりも、一層、不快さうに、顔をしかめて、むしやうに畑を打ち始めた。何故かと云ふと、こののんびりした鐘の音を聞いて、この曖々あいあいたる日光に浴してゐると、不思議に、心がゆるんで来る。善をしようと云ふ気にもならないと同時に、悪を行はうと云ふ気にもならずにしまふ。これでは、折角、海を渡つて、日本人を誘惑に来た甲斐かひがない。――掌てのひらに肉豆まめがないので、イワンの妹に叱られた程、労働の嫌な悪魔が、こんなに精を出して、鍬を使ふ気になつたのは、全く、このややもすれば、体にはひかかる道徳的の眠けを払はうとして、一生懸命になつたせゐである。
悪魔は、とうとう、数日の中に、畑打ちを完をはつて、耳の中の種を、その畦うねに播まいた。
それから、幾月かたつ中に、悪魔の播いた種は、芽を出し、茎をのばして、その年の夏の末には、幅の広い緑の葉が、もう残りなく、畑の土を隠してしまつた。が、その植物の名を知つてゐる者は、一人もない。フランシス上人が、尋ねてさへ、悪魔は、にやにや笑ふばかりで、何とも答へずに、黙つてゐる。
その中に、この植物は、茎の先に、簇々そうそうとして、花をつけた。漏斗じやうごのやうな形をした、うす紫の花である。悪魔には、この花のさいたのが、骨を折つただけに、大へん嬉しいらしい。そこで、彼は、朝夕の勤行ごんぎやうをすましてしまふと、何時でも、その畑へ来て、余念なく培養につとめてゐた。
すると、或日の事、(それは、フランシス上人が伝道の為に、数日間、旅行をした、その留守中の出来事である。)一人の牛商人うしあきうどが、一頭の黄牛あめうしをひいて、その畑の側を通りかかつた。見ると、紫の花のむらがつた畑の柵の中で、黒い僧服に、つばの広い帽子をかぶつた、南蛮の伊留満が、しきりに葉へついた虫をとつてゐる。牛商人は、その花があまり、珍しいので、思はず足を止めながら、笠をぬいで、丁寧にその伊留満へ声をかけた。
――もし、お上人様、その花は何でございます。
伊留満は、ふりむいた。鼻の低い、眼の小さな、如何にも、人の好ささうな紅毛こうまうである。
――これですか。
――さやうでございます。
紅毛は、畑の柵によりかかりながら、頭をふつた。さうして、なれない日本語で云つた。
――この名だけは、御気の毒ですが、人には教へられません。
――はてな、すると、フランシス様が、云つてはならないとでも、仰有おつしやつたのでございますか。
――いいえ、さうではありません。
――では、一つお教へ下さいませんか、手前も、近ごろはフランシス様の御教化をうけて、この通り御宗旨に、帰依きえして居りますのですから。
牛商人は、得意さうに自分の胸を指さした。見ると、成る程、小さな真鍮しんちゆうの十字架が、日に輝きながら、頸くびにかかつてゐる。すると、それが眩まぶしかつたのか、伊留満いるまんはちよいと顔をしかめて、下を見たが、すぐに又、前よりも、人なつこい調子で、冗談じようだんともほんとうともつかずに、こんな事を云つた。
――それでも、いけませんよ。これは、私の国の掟おきてで、人に話してはならない事になつてゐるのですから。それより、あなたが、自分で一つ、あててごらんなさい。日本の人は賢いから、きつとあたります。あたつたら、この畑にはえてゐるものを、みんな、あなたにあげませう。
牛商人は、伊留満が、自分をからかつてゐるとでも思つたのであらう。彼は、日にやけた顔に、微笑を浮べながら、わざと大仰に、小首を傾けた。
――何でございますかな。どうも、殺急さつきふには、わかり兼ねますが。
――なに今日でなくつても、いいのです。三日の間に、よく考へてお出でなさい。誰かに聞いて来ても、かまひません。あたつたら、これをみんなあげます。この外にも、珍陀ちんたの酒をあげませう。それとも、波羅葦僧垤利阿利はらいそてれあるの絵をあげますか。
牛商人は、相手があまり、熱心なのに、驚いたらしい。
――では、あたらなかつたら、どう致しませう。
伊留満は帽子をあみだに、かぶり直しながら、手を振つて、笑つた。牛商人が、聊いささか、意外に思つた位、鋭い、鴉からすのやうな声で、笑つたのである。
――あたらなかつたら、私があなたに、何かもらひませう。賭かけです。あたるか、あたらないかの賭です。あたつたら、これをみんな、あなたにあげますから。
かう云ふ中に紅毛は、何時いつか又、人なつこい声に、帰つてゐた。
――よろしうございます。では、私も奮発して、何でもあなたの仰有おつしやるものを、差上げませう。
――何でもくれますか、その牛でも。
――これでよろしければ、今でも差上げます。
牛商人は、笑ひながら、黄牛あめうしの額を、撫でた。彼はどこまでも、これを、人の好い伊留満の、冗談だと思つてゐるらしい。
――その代り、私が勝つたら、その花のさく草を頂きますよ。
――よろしい。よろしい。では、確に約束しましたね。
――確に、御約定おやくぢやう致しました。御主おんあるじエス・クリストの御名にお誓ひ申しまして。
✋热门推荐