【新闻】髙橋ひかるさん「エゴサーチはします。悪い意見のほうを参考にしています」特別インタビュー
スタッフのしょうもない(失礼)ギャグを拾ったり、ちょっとした鼻歌に反応してくれたり。「私にできることは、笑うこと」と言っていた通り現場の空気をパッと明るくする髙橋ひかるさん。でも以前は、自分の感情も悩みも外に出すことができなかったそう。努力して自分を理想に近づける、その姿が素敵でした。
年齢の上下にかかわらず、「私だったらこうするのに」と思わないようにしています。
悪い意見のほうを参考にしています
最近は減りましたが、エゴサはします。バラエティに頻繁に出演していた頃は、名前や番組名でひたすらリサーチしていました。いいコメントもありがたいですが、ネガティブな意見のほうをむしろ参考にしていますね。「衣装が似合ってない」とか「こういうメークのほうがいいのに」という声もあって結構グサッときますが、見てくださる方は鋭いな、と思うことも多々。もちろん凹むけれどエゴサして全くヒットしないほうが悲しい。どんな意見でも反応があるのは見てもらえている証拠。それに、嫌いは好きに変わることもある。私自身もそういう経験があるから、そこまで傷つかなくなりました。そもそもカメラ越しで切り取られる一瞬の姿と、本来の人となりは違うし、そこはコントロールしきれないもの。ただ、人間性は発言や行動の節々に出てくるから、内面を磨いていきたい。パブリックなイメージと自分の理想が合致するといいな、と思っています。
ポジティブを押し付けない、カッコいい女性になりたい
素敵だなと思うのは、自分のやるべきことをしつつ、周囲が円滑に回るようにそっとアシストできる人。様々な経験を経てきたからこそ、寄り添ってくれたり、全体を見られる人はカッコいいと思います。憧れの存在はYOUさん。「あなたならできるよ」とポジティブを押し付けず、「逃げることもいいんじゃない」と人の弱いところも理解してくれる。前に進んだり、がむしゃらに頑張ることだけを是としない生き方に惹かれます。自分の意見がありながら、違う意見を受け入れたり、提案することができる柔軟さも身につけて、理想像に近づきたい。今は、失敗をネガティブに捉えてしまいますが、「そんなこともあるよ」と笑ってポジティブに変換できる人になるのも目標。ノンストップで進める人もいると思いますが、私はそれができないタイプ。休養のタイミングで、できないことも限界もあると学んだので、無理しすぎず自分も仕事も大切にしていきたいです。
家にいる時間も大切にしたくてルームウェアにもこだわっています
気分に合っていないファッションだとテンションが下がるし、合っていると無敵になれる。私にとって服の着心地や馴染みの良さは、気持ちに直結します。最近は家にいる時間も大切にしたくて、ルームウェアにもこだわっています。ジェラピケやワンピ、ネグリジェ、ジムウェアなどバリエーションが揃ってきました。お出かけ着として買ったTシャツも着心地がよければ部屋着にします。
#高桥光[超话]##高桥光##髙橋ひかる#
スタッフのしょうもない(失礼)ギャグを拾ったり、ちょっとした鼻歌に反応してくれたり。「私にできることは、笑うこと」と言っていた通り現場の空気をパッと明るくする髙橋ひかるさん。でも以前は、自分の感情も悩みも外に出すことができなかったそう。努力して自分を理想に近づける、その姿が素敵でした。
年齢の上下にかかわらず、「私だったらこうするのに」と思わないようにしています。
悪い意見のほうを参考にしています
最近は減りましたが、エゴサはします。バラエティに頻繁に出演していた頃は、名前や番組名でひたすらリサーチしていました。いいコメントもありがたいですが、ネガティブな意見のほうをむしろ参考にしていますね。「衣装が似合ってない」とか「こういうメークのほうがいいのに」という声もあって結構グサッときますが、見てくださる方は鋭いな、と思うことも多々。もちろん凹むけれどエゴサして全くヒットしないほうが悲しい。どんな意見でも反応があるのは見てもらえている証拠。それに、嫌いは好きに変わることもある。私自身もそういう経験があるから、そこまで傷つかなくなりました。そもそもカメラ越しで切り取られる一瞬の姿と、本来の人となりは違うし、そこはコントロールしきれないもの。ただ、人間性は発言や行動の節々に出てくるから、内面を磨いていきたい。パブリックなイメージと自分の理想が合致するといいな、と思っています。
ポジティブを押し付けない、カッコいい女性になりたい
素敵だなと思うのは、自分のやるべきことをしつつ、周囲が円滑に回るようにそっとアシストできる人。様々な経験を経てきたからこそ、寄り添ってくれたり、全体を見られる人はカッコいいと思います。憧れの存在はYOUさん。「あなたならできるよ」とポジティブを押し付けず、「逃げることもいいんじゃない」と人の弱いところも理解してくれる。前に進んだり、がむしゃらに頑張ることだけを是としない生き方に惹かれます。自分の意見がありながら、違う意見を受け入れたり、提案することができる柔軟さも身につけて、理想像に近づきたい。今は、失敗をネガティブに捉えてしまいますが、「そんなこともあるよ」と笑ってポジティブに変換できる人になるのも目標。ノンストップで進める人もいると思いますが、私はそれができないタイプ。休養のタイミングで、できないことも限界もあると学んだので、無理しすぎず自分も仕事も大切にしていきたいです。
家にいる時間も大切にしたくてルームウェアにもこだわっています
気分に合っていないファッションだとテンションが下がるし、合っていると無敵になれる。私にとって服の着心地や馴染みの良さは、気持ちに直結します。最近は家にいる時間も大切にしたくて、ルームウェアにもこだわっています。ジェラピケやワンピ、ネグリジェ、ジムウェアなどバリエーションが揃ってきました。お出かけ着として買ったTシャツも着心地がよければ部屋着にします。
#高桥光[超话]##高桥光##髙橋ひかる#
二宮和也、「嵐」活動再開への「リアリティーを持てている」…5人で現在進行形の会話「今何ができるのか」
嵐の二宮和也(40)による3日連続の独占ロングインタビュー中編。2020年をもって活動を休止した国民的グループは、11月3日にデビュー25周年を迎える。大野智(43)、櫻井翔(41)、相葉雅紀(41)、松本潤(40)のメンバー4人との間で変化した関係性や距離感、そしてグループの「現在地」と「活動再開」への思いを語った。(取材・構成 田中 雄己)
【写真】4年前の「嵐」最後の5人集合ショット!活動休止直前の姿
「嵐」の話題に入ると、二宮は一語一語をかみ締めるように、丁寧に言葉を発した。
「今回の一件が起きて、『嵐』を見直すきっかけになったことは事実です」
昨年10月にスマイルアップ(旧ジャニーズ事務所)を退所する際、嵐のメンバーに直接意思を伝えた。ジャニー喜多川氏の性加害問題の影響で、四半世紀以上共に過ごした事務所から離れたが、その一方で4人とは以前より顔を合わせ、話し合う機会が増えた。
「(2020年の活動休止以降)グループとしては止まっていましたけど、個人としては動いていて。その間も時間は進んでいましたけど、本当に大事にしてきたモノに対して向き合わないといけないなと。事務所に守ってきてもらった20年でしたけど、これからは自分たちで守っていかないといけない」
発する言葉の厚みが増した。端々から「メンバー」への思い、「嵐」への気持ちが伝わってきた。
「能動的に集まるようになってきて。僕自身、嵐で動くとなったなら、いろいろな可能性や意見があっていいし、“五者五様”で全部正解だと思っている」
そして、迷いなく力強い言葉で続けた。「そこに、応援してくださる皆さんの6つ目の大切な意見もある」
1年半前にも、ニノのインタビューを行った。当時は「ジュニア時代から数えると、四半世紀以上一緒にいる。お互いの距離感は会話を交わさなくても感じ取れるし、メンバーそれぞれが、嵐のことを第一に思ったからこそ、ここまで来られた」と語っていた。嵐の「現在地」は―。
「皆で俯瞰(ふかん)になって見ているといいますか。立体的に、現在進行形で見るようになっていて。今までは『あの頃、楽しかったよね』『あんなこともあったよね』と懐古メインの話題が多かったけど、今は『自分たちには、今何ができるのか』という現在進行形の会話に変化している」
11月3日に国民的グループは25周年を迎える。日本中、そしてメンバー一人一人も意識するが、決して口にはしない言葉がある。
「皆で会っている時もそのワードは、誰も口に出さないんですよね。その言葉はかなり強いので」。ひと呼吸空けた後、重ねた。「誰かが『再開』と言った瞬間に、空気は変わる。それは、皆が分かっていると思う。だからこそ(再開への)リアリティーを持てている」
慎重な話しぶりから、その話題に近付くと、メンバー間にも緊張感が走ることがうかがえた。それに、今も「嵐」であることに変わりはない。今月9日には、嵐名義で能登半島地震の被災地に義援金6750万円を送り、公式X(旧ツイッター)では5人連名でメッセージも投稿した。
「あれは、即決でした。ずっと昔からやっていたことですし。阪神・淡路大震災の時からスマイルアップに社名が変わった現在も、こういったことは変わらずにやれていて。間違いなく続けていくべきマインドだと思います」
刻一刻と移りゆく時代に、変わらないモノもある。少しうれしそうに笑ったニノは、退所後も「嵐」として生きている。
そして、KAT―TUNの中丸雄一(40)、Hey!Say!JUMPの山田涼介(30)、Sexy Zoneの菊池風磨(28)と共に出演するYouTubeチャンネル「よにのちゃんねる」も継続する。事務所やグループの垣根を越え、今までになかった新たな道を歩むニノには、確固たる“不惑の抱負”がある。=下編に続く=
〇…嵐の他のメンバーでは、櫻井はニュース番組「news zero」(日本テレビ系)のキャスターのほか、現在は1月クールの主演ドラマ「新空港占拠」(同)などに出演中。相葉は「木7◎×部」(フジテレビ系)や「相葉マナブ」(テレビ朝日系)などバラエティーを中心に活躍している。松本は昨年、NHK大河ドラマ「どうする家康」で主演し、1年間駆け抜けた。リーダーの大野は20年をもって活動休止中だが、昨秋のイベント直前に街中で偶然出会ったという二宮が元気な様子を伝える一コマもあった。
◆二宮 和也(にのみや・かずなり)1983年6月17日、東京都出身。40歳。96年にジャニーズ事務所(現・スマイルアップ)に入所。99年に嵐としてシングル「A・RA・SHI」でデビュー。2006年にTBS系ドラマ「少しは、恩返しができたかな」で橋田賞受賞。同年「硫黄島からの手紙」でハリウッド映画初出演。15年「母と暮せば」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞などを受賞。18年「検察側の罪人」で報知映画賞助演男優賞を受賞。血液型A。
嵐の二宮和也(40)による3日連続の独占ロングインタビュー中編。2020年をもって活動を休止した国民的グループは、11月3日にデビュー25周年を迎える。大野智(43)、櫻井翔(41)、相葉雅紀(41)、松本潤(40)のメンバー4人との間で変化した関係性や距離感、そしてグループの「現在地」と「活動再開」への思いを語った。(取材・構成 田中 雄己)
【写真】4年前の「嵐」最後の5人集合ショット!活動休止直前の姿
「嵐」の話題に入ると、二宮は一語一語をかみ締めるように、丁寧に言葉を発した。
「今回の一件が起きて、『嵐』を見直すきっかけになったことは事実です」
昨年10月にスマイルアップ(旧ジャニーズ事務所)を退所する際、嵐のメンバーに直接意思を伝えた。ジャニー喜多川氏の性加害問題の影響で、四半世紀以上共に過ごした事務所から離れたが、その一方で4人とは以前より顔を合わせ、話し合う機会が増えた。
「(2020年の活動休止以降)グループとしては止まっていましたけど、個人としては動いていて。その間も時間は進んでいましたけど、本当に大事にしてきたモノに対して向き合わないといけないなと。事務所に守ってきてもらった20年でしたけど、これからは自分たちで守っていかないといけない」
発する言葉の厚みが増した。端々から「メンバー」への思い、「嵐」への気持ちが伝わってきた。
「能動的に集まるようになってきて。僕自身、嵐で動くとなったなら、いろいろな可能性や意見があっていいし、“五者五様”で全部正解だと思っている」
そして、迷いなく力強い言葉で続けた。「そこに、応援してくださる皆さんの6つ目の大切な意見もある」
1年半前にも、ニノのインタビューを行った。当時は「ジュニア時代から数えると、四半世紀以上一緒にいる。お互いの距離感は会話を交わさなくても感じ取れるし、メンバーそれぞれが、嵐のことを第一に思ったからこそ、ここまで来られた」と語っていた。嵐の「現在地」は―。
「皆で俯瞰(ふかん)になって見ているといいますか。立体的に、現在進行形で見るようになっていて。今までは『あの頃、楽しかったよね』『あんなこともあったよね』と懐古メインの話題が多かったけど、今は『自分たちには、今何ができるのか』という現在進行形の会話に変化している」
11月3日に国民的グループは25周年を迎える。日本中、そしてメンバー一人一人も意識するが、決して口にはしない言葉がある。
「皆で会っている時もそのワードは、誰も口に出さないんですよね。その言葉はかなり強いので」。ひと呼吸空けた後、重ねた。「誰かが『再開』と言った瞬間に、空気は変わる。それは、皆が分かっていると思う。だからこそ(再開への)リアリティーを持てている」
慎重な話しぶりから、その話題に近付くと、メンバー間にも緊張感が走ることがうかがえた。それに、今も「嵐」であることに変わりはない。今月9日には、嵐名義で能登半島地震の被災地に義援金6750万円を送り、公式X(旧ツイッター)では5人連名でメッセージも投稿した。
「あれは、即決でした。ずっと昔からやっていたことですし。阪神・淡路大震災の時からスマイルアップに社名が変わった現在も、こういったことは変わらずにやれていて。間違いなく続けていくべきマインドだと思います」
刻一刻と移りゆく時代に、変わらないモノもある。少しうれしそうに笑ったニノは、退所後も「嵐」として生きている。
そして、KAT―TUNの中丸雄一(40)、Hey!Say!JUMPの山田涼介(30)、Sexy Zoneの菊池風磨(28)と共に出演するYouTubeチャンネル「よにのちゃんねる」も継続する。事務所やグループの垣根を越え、今までになかった新たな道を歩むニノには、確固たる“不惑の抱負”がある。=下編に続く=
〇…嵐の他のメンバーでは、櫻井はニュース番組「news zero」(日本テレビ系)のキャスターのほか、現在は1月クールの主演ドラマ「新空港占拠」(同)などに出演中。相葉は「木7◎×部」(フジテレビ系)や「相葉マナブ」(テレビ朝日系)などバラエティーを中心に活躍している。松本は昨年、NHK大河ドラマ「どうする家康」で主演し、1年間駆け抜けた。リーダーの大野は20年をもって活動休止中だが、昨秋のイベント直前に街中で偶然出会ったという二宮が元気な様子を伝える一コマもあった。
◆二宮 和也(にのみや・かずなり)1983年6月17日、東京都出身。40歳。96年にジャニーズ事務所(現・スマイルアップ)に入所。99年に嵐としてシングル「A・RA・SHI」でデビュー。2006年にTBS系ドラマ「少しは、恩返しができたかな」で橋田賞受賞。同年「硫黄島からの手紙」でハリウッド映画初出演。15年「母と暮せば」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞などを受賞。18年「検察側の罪人」で報知映画賞助演男優賞を受賞。血液型A。
#仙台育英#
斋藤敏哉进路:东京国际大
敏哉爸爸给敏哉的全力挥棒起名“大猩猩挥杆”
寺田贤生进路:同志社大
寺田追随着佐藤主将去同志社大啦,未来不会以职业选手为目标,但是对棒球的热情不会消失,将来想从事和棒球有关的工作
“ゴリラスイング”で東京新大学に旋風を巻き起こす。仙台育英の斎藤敏哉(はるや)内野手(18)が、東京新大学野球の東京国際大に進学。昨夏の甲子園で代打で活躍した寺田賢生内野手(18)は、関西学生野球の同大へ進学。将来、野球に関わる仕事に就くために大学で結果を残し、社会人野球入りを目指す。
打撃に秀でた選手を求めていた東京国際大に決めた。斎藤敏の持ち味は、父敏文さんが“ゴリラスイング”と名付けた、力いっぱいのフルスイング。23年夏の宮城県大会では本塁打2本。準々決勝東北戦では満塁本塁打を放つなど、18打数8安打8打点と自慢のフルスイングは絶好調だった。
だが、それ以降は調子を崩した。須江航監督(40)の「ホームランの後の成績が大事」という言葉や周りからの期待に重圧を感じ、「打たないといけないという気持ちがあった」と焦った。甲子園ではわずか1安打、その後のかごしま国体でも思うような成績を残せなかった。
大学では「ホームランバッターとしてやっていきたい」と意気込む。そのためにはレギュラー奪取はもちろん、調子を崩さずに戦い抜くことも必要だ。高校野球の中では修正しきれなかったが、父敏文さんに日々、小さなズレを指摘してもらい打撃修正に努めている。「チームに足りないものをしっかり自分で磨いて、チームの勝利に貢献できれば。そこを徹底的にやりたい」。1年生から試合に出場し、目標とするプロ野球選手へ-。フルスイングを極め、本塁打の量産態勢に入る。
○…寺田が同大を志望したのは、東北勢初優勝を果たした22年夏に主将を務めた先輩・佐藤悠斗(1年)の存在が大きかったという。「(佐藤)悠斗さんの入学が決まってから同大を考え始めました」と、先輩の背中を追いかける。「高校野球で積んできたものを前面に出して、長いシーズンの中で安定して結果を出せるようにしていきたい」と、憧れの先輩の下でさらなる成長を誓った。
息の長い野球人生を送る。高校3年間を振り返り「打撃が一番成長した。周りからのアドバイスで引き出しも増えた」と成長を実感しているが今後、プロの世界は目指さないという。昨年10月、チームメート仁田陽翔投手(3年)のドラフト指名漏れを目の当たりにし「自分の中では仁田はすごい存在だったので、(指名漏れで)プロの壁を思い知った」と、レベルの高さを痛感。それでも野球への情熱は消えない。「将来は大好きな野球に関わる仕事に就きたい。大学で結果を残して、社会人野球でプレーしたい」と先を見据えた。
斋藤敏哉进路:东京国际大
敏哉爸爸给敏哉的全力挥棒起名“大猩猩挥杆”
寺田贤生进路:同志社大
寺田追随着佐藤主将去同志社大啦,未来不会以职业选手为目标,但是对棒球的热情不会消失,将来想从事和棒球有关的工作
“ゴリラスイング”で東京新大学に旋風を巻き起こす。仙台育英の斎藤敏哉(はるや)内野手(18)が、東京新大学野球の東京国際大に進学。昨夏の甲子園で代打で活躍した寺田賢生内野手(18)は、関西学生野球の同大へ進学。将来、野球に関わる仕事に就くために大学で結果を残し、社会人野球入りを目指す。
打撃に秀でた選手を求めていた東京国際大に決めた。斎藤敏の持ち味は、父敏文さんが“ゴリラスイング”と名付けた、力いっぱいのフルスイング。23年夏の宮城県大会では本塁打2本。準々決勝東北戦では満塁本塁打を放つなど、18打数8安打8打点と自慢のフルスイングは絶好調だった。
だが、それ以降は調子を崩した。須江航監督(40)の「ホームランの後の成績が大事」という言葉や周りからの期待に重圧を感じ、「打たないといけないという気持ちがあった」と焦った。甲子園ではわずか1安打、その後のかごしま国体でも思うような成績を残せなかった。
大学では「ホームランバッターとしてやっていきたい」と意気込む。そのためにはレギュラー奪取はもちろん、調子を崩さずに戦い抜くことも必要だ。高校野球の中では修正しきれなかったが、父敏文さんに日々、小さなズレを指摘してもらい打撃修正に努めている。「チームに足りないものをしっかり自分で磨いて、チームの勝利に貢献できれば。そこを徹底的にやりたい」。1年生から試合に出場し、目標とするプロ野球選手へ-。フルスイングを極め、本塁打の量産態勢に入る。
○…寺田が同大を志望したのは、東北勢初優勝を果たした22年夏に主将を務めた先輩・佐藤悠斗(1年)の存在が大きかったという。「(佐藤)悠斗さんの入学が決まってから同大を考え始めました」と、先輩の背中を追いかける。「高校野球で積んできたものを前面に出して、長いシーズンの中で安定して結果を出せるようにしていきたい」と、憧れの先輩の下でさらなる成長を誓った。
息の長い野球人生を送る。高校3年間を振り返り「打撃が一番成長した。周りからのアドバイスで引き出しも増えた」と成長を実感しているが今後、プロの世界は目指さないという。昨年10月、チームメート仁田陽翔投手(3年)のドラフト指名漏れを目の当たりにし「自分の中では仁田はすごい存在だったので、(指名漏れで)プロの壁を思い知った」と、レベルの高さを痛感。それでも野球への情熱は消えない。「将来は大好きな野球に関わる仕事に就きたい。大学で結果を残して、社会人野球でプレーしたい」と先を見据えた。
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