美女と野獣



(フランスの昔話)

昔々むかしむかし、あるところに、商人しょうにんが三人さんにんの娘むすめと暮くらしていました。

三人さんにんのうちでも末娘すえむすめのベルは、とても美うつくしく、心こころが優やさしいので評判ひょうばんです。

ある時とき、お父とうさんが仕事しごとで近ちかくの町まちヘへ出でかけることになると、一番上いちばんうえの姉ねえさんが言いいました。

「お月つきさまの色いろをした服ふくを買かってきて」

すると、二番目にばんめの姉ねえさんも、

「お日ひさまの色いろをした服ふくを買かってきて」

と、強請ねだりました。

でも、ベルは何なにもいわないので、可哀想かわいそうに思おもったお父とうさんが何度なんども聞きくと、「・・・薔薇ばらの花はなが、一本いっぽんほしいわ」と、答こたえました。

仕事しごとを終おえたお父とうさんは、姉ねえさんたちの服ふくを買かいました。でも、薔薇ばらの花はなはどこにもありません。

おまけに帰かえる途中とちゅう、道みちに迷まよってしまったのです。

困こまっていると、遠とおくに明あかりが見みえました。

近ちかづいてみると、とても立派りっぱなお城しろです。

けれど、いくら呼よんでも、お城しろからはだれも出でてきません。

ふと見みると、庭にわに綺麗きれいな薔薇ばらの花はなが咲さいています。

「みごとな薔薇ばらだ。これをベルのお土産みやげにしよう」

お父とうさんはベルのために、赤あかい薔薇ばらを一枝折ひとえだおりました。

「なにをする!」

そのとたん、目めの前まえに恐おそろしい野獣やじゅうの顔かおをした男おとこが現あらわれました。

「大事だいじな薔薇ばらを盗ぬすんだな、許ゆるさんぞ! いいか、お前まえの娘むすめを一人ひとりここへ連つれてこい。さもないと、命いのちはないと思おもえ!」

と、言いって、野獣やじゅうの男おとこはパッと姿すがたをけしました。

お父さんは震ふるえながら道みちを捜さがして、やっとのことで家いえに辿たどり着つきました。

お父とうさんが真まっ青さおな顔かおで野獣やじゅうの話はなしをすると、ベルは言いいました。

「お父さん、ごめんなさい。わたしが薔薇ばらを強請ねだったせいです。野獣やじゅうのところへはわたしがまいります」

「しかし・・・」

「いいえ、わたしがまいります」

ベルがいいはるので、お父とうさんはなくなく、ベルをお城しろへ連つれていきました。

するとたちまち、野獣やじゅうが出でてきて、

「この娘むすめは預あずかっておく。お前まえは帰かえれ!」

と、お父とうさんを追おい返かえしました。

ベルは怖こわくて怖こわくて、ぶるぶると震ふるえていました。

でも、野獣やじゅうは優やさしい声こえで、ベルに言いいました。「怖こわがらなくてもいいよ。この城しろはあなたの城しろ。食たべ物ものも着きる物ものも、ほしいものはみんな一人ひとりでに出でてくる。どうぞ、楽たのしくお暮くらしなさい」

野獣やじゅうは、時ときどき食事しょくじをしにくるだけでした。

でも見みかけと違ちがって、いつも優やさしい野獣やじゅうに、ベルは嬉うれしくなりました。

ある日ひ、野獣やじゅうは遠とおくの物ものを見みることが出来できる、不思議ふしぎな鏡かがみをベルにくれました。

ベルがその鏡かがみで自分じぶんの家いえの様子ようすを見みてみますと、なんと、病気びょうきで寝ねているお父とうさんの姿すがたが映うつっていたのです。

お父とうさんはベルのことが心配しんぱいで、病気びょうきになってしまったのでした。

「お願ねがい、お父とうさんのお見舞みまいに行いかせてください」

「いいよ。・・・でも、必かならず帰かえってきておくれ」

ベルが家いえに帰かえると、お父とうさんは大喜おおよろこびで、すぐに病気びょうきが治なおってしまいました。けれど姉ねえさんたちに引ひき留とめられて、ベルはなかなかお城しろへ戻もどれません。

そんなある晩ばん、今いまにも死しにそうな野獣やじゅうの夢ゆめをみました。

「たいヘんだわ。早はやく帰かえらなければ」

夢中むちゅうで道みちを走はしり、やっとお城しろヘついた時とき、野獣やじゅうはぐったりして、もう口くちも聞きけません。

「ごめんなさい、ごめんなさい。わたしが帰かえらなかったせいなのね。本当ほんとうにごめんなさい」

ベルは涙なみだを、ぽろぽろとこぼしました。

そして、その涙なみだが野獣やじゅうの顔かおに落おちたとたん、野獣やじゅうは、立派りっぱな王子おうじさまに変かわったのです。

「ありがとう、ベル。おかげで魔法まほうがとけました。優やさしい人ひとが、ぼくのために泣ないてくれなければ、魔法まほうはとけなかったのです。・・・ベル、どうかぼくと結婚けっこんしてください」

「はい」

やがて二人ふたりは結婚けっこんして、幸しあわせに暮くらしました。
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美女与野兽

(法国故事)

从前,某个地方住着一个商人和他的三个女儿。

三个女儿中最小的铃儿,因为人长得非常漂亮,心地善良,得到了人们的一致称赞。

商人要到附近的城镇办事。

大姐央求说:“爸爸,给我买件和月亮一样颜色的衣服吧。”

于是,二姐也央求说:“爸爸,给我买件和太阳一样颜色的衣服吧。”

但是,铃儿什么也没要。

商人觉得小女儿很可怜,就不断地追问,最后铃儿回答说:“我要一朵玫瑰。”

商人办完了事情,就给两个姐姐买了衣服。

可是哪儿也没有玫瑰花,他还在回家的路上迷了路。

正在他不知所措的时候,发现了远处有一处亮光。

他走近一看,原来是一座雄伟的城堡。

可是无论他怎么呼喊也没有人出来。他瞅了一下,院子里开着漂亮的玫瑰花。“

太漂亮了,就把它作为送给铃儿的礼物吧。”

于是,商人为了铃儿折了一枝红色的玫瑰。

“你干什么呢?”就在这个时候,一个长着可怕的兽面的男子出现在他的面前。

“你偷了我最心爱的玫瑰,不可原谅!这样吧,把你的一个女儿送给我,否则你的命就没了。”

野兽男子说完,“嗖”地一下就不见了。

父亲哆哆嗦嗦地寻找着出路,终于回到了家。

他脸色苍白,讲起了刚才所发生的事情。

铃儿听了说:“爸爸,对不起,都是因为我向你要玫瑰花才弄成这样的。我去那个野兽的地方吧。”

“可是——”

“不,我要去。”铃儿坚持己见。

父亲哭着把她带到了那座城堡。

不一会,野兽男子出来了,说:“把你女儿留下,你回去吧。”说完就把父亲赶了回去。

铃儿害怕极了,浑身直发抖。

但是,野兽男子用很温柔的声音对铃儿说:“不要怕,这里就是你的城堡了。吃的、穿的、你想要的东西都会自动出来,你在这里开心地生活吧。”

野兽只是偶尔来吃饭。于是铃儿渐渐地不讨厌这个外表丑陋但是心地善良的野兽了。

有一天,野兽给了铃儿一面神奇的能够看到远方的镜子。

铃儿用它一看自己的家,生病卧床的父亲从镜子里浮现出来了。

原来父亲因为担心铃儿,病倒了。

“求求你,让我回去看看父亲吧。”

“好,但是你必须答应我,一定要回来。”

铃儿一到家,父亲非常高兴,病立刻就好了。

但是,因为姐姐们不住地挽留她,铃儿没能返回到城堡。

一天晚上,铃儿做了个梦,梦到了将死的野兽。

“不好了,我必须得快点儿回去。”

铃儿拼命地往回赶,等她到达城堡的时候,野兽已经奄奄一息,不能说话了。

“对不起,对不起,都怪我没有按时回来。真对不起。”

说着,铃儿的眼泪哗哗地流了下来。

就在铃儿的眼泪落到野兽脸上的一瞬间,野兽变成了一位风度翩翩的王子。

“谢谢你,铃儿,你为我解除了魔咒。如果有一个善良的人能为我哭泣,我的魔咒就解除了。铃儿,请你嫁给我吧。”

“好。”不久两个人结了婚,过上了幸福的生活。

「亲自驾驶飞机飞行是什么感觉?」

飞机起飞是不能重来的,无论体验过多少次,那一瞬间还是会让我兴奋不已。
離陸ってやり直しきかないんです、何度経験しても、あの瞬間は胸が沸き立ちます

那美丽的云雾、风和阳光,当你充分利用五感飞离地面之后,在你面前呈现出的是无与伦比的景色,感觉就像是这个世界正在迎接你的到来。
霧や雲、風や陽の光
五感をフルに稼働させて地上を飛び立つと
目の前にはえも言われぬ景色が広がります
世界に迎えられるって感じすかね

漂浮的云朵、蓝色的海洋,无尽的海平面在远方与天空渐渐融为一体。
流れる雲、紺青の海、どこまでも続く水平線のグラデーション

「真希望我能让你看到这些」

芥川龙之介《齿车》#星汉灿烂算全民爆款吗##法硕##历史故事#

二 復讐

 僕はこのホテルの部屋に午前八時頃に目を醒さました。が、ベツドをおりようとすると、スリツパアは不思議にも片つぽしかなかつた。それはこの一二年の間、いつも僕に恐怖だの不安だのを与へる現象だつた。のみならずサンダアルを片つぽだけはいた希臘ギリシヤ神話の中の王子を思ひ出させる現象だつた。僕はベルを押して給仕を呼び、スリツパアの片つぽを探して貰ふことにした。給仕はけげんな顔をしながら、狭い部屋の中を探しまはつた。
「ここにありました。このバスの部屋の中に。」
「どうして又そんな所に行つてゐたのだらう?」
「さあ、鼠かも知れません。」
 僕は給仕の退いた後、牛乳を入れない珈琲コオヒイを飲み、前の小説を仕上げにかかつた。凝灰岩ぎようくわいがんを四角に組んだ窓は雪のある庭に向つてゐた。僕はペンを休める度にぼんやりとこの雪を眺めたりした。雪は莟つぼみを持つた沈丁花ぢんちやうげの下に都会の煤煙ばいえんによごれてゐた。それは何か僕の心に傷いたましさを与へる眺めだつた。僕は巻煙草をふかしながら、いつかペンを動かさずにいろいろのことを考へてゐた。妻のことを、子供たちのことを、就中なかんづく姉の夫のことを。……
 姉の夫は自殺する前に放火の嫌疑を蒙かうむつてゐた。それも亦実際仕かたはなかつた。彼は家の焼ける前に家の価格に二倍する火災保険に加入してゐた。しかも偽証罪を犯した為に執行猶予中の体になつてゐた。けれども僕を不安にしたのは彼の自殺したことよりも僕の東京へ帰る度に必ず火の燃えるのを見たことだつた。僕は或は汽車の中から山を焼いてゐる火を見たり、或は又自動車の中から(その時は妻子とも一しよだつた。)常磐橋ときはばし界隈かいわいの火事を見たりしてゐた。それは彼の家の焼けない前にもおのづから僕に火事のある予感を与へない訣わけには行かなかつた。
「今年は家が火事になるかも知れないぜ。」
「そんな縁起の悪いことを。……それでも火事になつたら大変ですね。保険は碌ろくについてゐないし、……」
 僕等はそんなことを話し合つたりした。しかし僕の家は焼けずに、――僕は努めて妄想を押しのけ、もう一度ペンを動かさうとした。が、ペンはどうしても一行とは楽に動かなかつた。僕はとうとう机の前を離れ、ベツドの上に転がつたまま、トルストイの Polikouchka を読みはじめた。この小説の主人公は虚栄心や病的傾向や名誉心の入り交つた、複雑な性格の持ち主だつた。しかも彼の一生の悲喜劇は多少の修正を加へさへすれば、僕の一生のカリカテユアだつた。殊に彼の悲喜劇の中に運命の冷笑を感じるのは次第に僕を無気味にし出した。僕は一時間とたたないうちにベツドの上から飛び起きるが早いか、窓かけの垂れた部屋の隅へ力一ぱい本を抛りつけた。
「くたばつてしまへ!」
 すると大きい鼠が一匹窓かけの下からバスの部屋へ斜めに床の上を走つて行つた。僕は一足飛びにバスの部屋へ行き、戸をあけて中を探しまはつた。が、白いタツブのかげにも鼠らしいものは見えなかつた。僕は急に無気味になり、慌あわててスリツパアを靴に換へると、人気のない廊下を歩いて行つた。
 廊下はけふも不相変あひかはらず牢獄のやうに憂欝だつた。僕は頭を垂れたまま、階段を上つたり下りたりしてゐるうちにいつかコツク部屋へはひつてゐた。コツク部屋は存外明るかつた。が、片側に並んだ竈かまどは幾つも炎を動かしてゐた。僕はそこを通りぬけながら、白い帽をかぶつたコツクたちの冷やかに僕を見てゐるのを感じた。同時に又僕の堕おちた地獄を感じた。「神よ、我を罰し給へ。怒り給ふこと勿なかれ。恐らくは我滅びん。」――かう云ふ祈祷もこの瞬間にはおのづから僕の唇にのぼらない訣には行かなかつた。
 僕はこのホテルの外へ出ると、青ぞらの映つた雪解けの道をせつせと姉の家へ歩いて行つた。道に沿うた公園の樹木は皆枝や葉を黒くろずませてゐた。のみならずどれも一本ごとに丁度僕等人間のやうに前や後ろを具へてゐた。それも亦僕には不快よりも恐怖に近いものを運んで来た。僕はダンテの地獄の中にある、樹木になつた魂を思ひ出し、ビルデイングばかり並んでゐる電車線路の向うを歩くことにした。しかしそこも一町とは無事に歩くことは出来なかつた。
「ちよつと通りがかりに失礼ですが、……」
 それは金鈕きんボタンの制服を着た二十二三の青年だつた。僕は黙つてこの青年を見つめ、彼の鼻の左の側わきに黒子ほくろのあることを発見した。彼は帽を脱いだまま、怯おづ怯づかう僕に話しかけた。
「Aさんではいらつしやいませんか?」
「さうです。」
「どうもそんな気がしたものですから、……」
「何か御用ですか?」
「いえ、唯お目にかかりたかつただけです。僕も先生の愛読者の……」
 僕はもうその時にはちよつと帽をとつたぎり、彼を後ろに歩き出してゐた。先生、A先生、――それは僕にはこの頃では最も不快な言葉だつた。僕はあらゆる罪悪を犯してゐることを信じてゐた。しかも彼等は何かの機会に僕を先生と呼びつづけてゐた。僕はそこに僕を嘲あざける何ものかを感じずにはゐられなかつた。何ものかを?――しかし僕の物質主義は神秘主義を拒絶せずにはゐられなかつた。僕はつい二三箇月前にも或小さい同人雑誌にかう云ふ言葉を発表してゐた。――「僕は芸術的良心を始め、どう云ふ良心も持つてゐない。僕の持つてゐるのは神経だけである。」……
 姉は三人の子供たちと一しよに露地の奥のバラツクに避難してゐた。褐色の紙を貼つたバラツクの中は外よりも寒いくらゐだつた。僕等は火鉢に手をかざしながら、いろいろのことを話し合つた。体の逞たくましい姉の夫は人一倍痩せ細つた僕を本能的に軽蔑してゐた。のみならず僕の作品の不道徳であることを公言してゐた。僕はいつも冷やかにかう云ふ彼を見おろしたまま、一度も打ちとけて話したことはなかつた。しかし姉と話してゐるうちにだんだん彼も僕のやうに地獄に堕おちてゐたことを悟り出した。彼は現に寝台車の中に幽霊を見たとか云ふことだつた。が、僕は巻煙草に火をつけ、努めて金のことばかり話しつづけた。
「何しろかう云ふ際だしするから、何も彼かも売つてしまはうと思ふの。」
「それはさうだ。タイプライタアなどは幾らかになるだらう。」
「ええ、それから画などもあるし。」
「次手ついでにNさん(姉の夫)の肖像画も売るか? しかしあれは……」
 僕はバラツクの壁にかけた、額縁のない一枚のコンテ画を見ると、迂濶うくわつに常談も言はれないのを感じた。轢死れきしした彼は汽車の為に顔もすつかり肉塊になり、僅かに唯口髭くちひげだけ残つてゐたとか云ふことだつた。この話は勿論話自身も薄気味悪いのに違ひなかつた。しかし彼の肖像画はどこも完全に描いてあるものの、口髭だけはなぜかぼんやりしてゐた。僕は光線の加減かと思ひ、この一枚のコンテ画をいろいろの位置から眺めるやうにした。
「何をしてゐるの?」
「何でもないよ。……唯あの肖像画は口のまはりだけ、……」
 姉はちよつと振り返りながら、何も気づかないやうに返事をした。
「髭だけ妙に薄いやうでせう。」
 僕の見たものは錯覚ではなかつた。しかし錯覚ではないとすれば、――僕は午飯ひるめしの世話にならないうちに姉の家を出ることにした。
「まあ、善いいでせう。」
「又あしたでも、……けふは青山まで出かけるのだから。」
「ああ、あすこ? まだ体の具合は悪いの?」
「やつぱり薬ばかり嚥のんでゐる。催眠薬だけでも大変だよ。ヴエロナアル、ノイロナアル、トリオナアル、ヌマアル……」
 三十分ばかりたつた後、僕は或ビルデイングへはひり、昇降機リフトに乗つて三階へのぼつた。それから或レストオランの硝子戸を押してはひらうとした。が、硝子戸は動かなかつた。のみならずそこには「定休日」と書いた漆うるし塗りの札も下つてゐた。僕は愈いよいよ不快になり、硝子戸の向うのテエブルの上に林檎りんごやバナナを盛つたのを見たまま、もう一度往来へ出ることにした。すると会社員らしい男が二人何か快活にしやべりながら、このビルデイングへはひる為に僕の肩をこすつて行つた。彼等の一人はその拍子に「イライラしてね」と言つたらしかつた。
 僕は往来に佇たたずんだなり、タクシイの通るのを待ち合せてゐた。タクシイは容易に通らなかつた。のみならずたまに通つたのは必ず黄いろい車だつた。(この黄いろいタクシイはなぜか僕に交通事故の面倒をかけるのを常としてゐた。)そのうちに僕は縁起の好い緑いろの車を見つけ、兎に角青山の墓地に近い精神病院へ出かけることにした。
「イライラする、――tantalizing――Tantalus――Inferno……」
 タンタルスは実際硝子戸越しに果物を眺めた僕自身だつた。僕は二度も僕の目に浮かんだダンテの地獄を詛のろひながら、ぢつと運転手の背中を眺めてゐた。そのうちに又あらゆるものの图片うそであることを感じ出した。政治、実業、芸術、科学、――いづれも皆かう云ふ僕にはこの恐しい人生を隠した雑色のエナメルに外ならなかつた。僕はだんだん息苦しさを感じ、タクシイの窓をあけ放つたりした。が、何か心臓をしめられる感じは去らなかつた。
 緑いろのタクシイはやつと神宮前へ走りかかつた。そこには或精神病院へ曲る横町が一つある筈だつた。しかしそれもけふだけはなぜか僕にはわからなかつた。僕は電車の線路に沿ひ、何度もタクシイを往復させた後、とうとうあきらめておりることにした。
 僕はやつとその横町を見つけ、ぬかるみの多い道を曲つて行つた。するといつか道を間違へ、青山斎場の前へ出てしまつた。それは彼是かれこれ十年前にあつた夏目先生の告別式以来、一度も僕は門の前さへ通つたことのない建物だつた。十年前の僕も幸福ではなかつた。しかし少くとも平和だつた。僕は砂利を敷いた門の中を眺め、「漱石そうせき山房」の芭蕉を思ひ出しながら、何か僕の一生も一段落のついたことを感じない訣わけには行かなかつた。のみならずこの墓地の前へ十年目に僕をつれて来た何ものかを感じない訣にも行かなかつた。
 或精神病院の門を出た後、僕は又自動車に乗り、前のホテルへ帰ることにした。が、このホテルの玄関へおりると、レエン・コオトを着た男が一人何か給仕と喧嘩をしてゐた。給仕と?――いや、それは給仕ではない、緑いろの服を着た自動車掛りだつた。僕はこのホテルへはひることに何か不吉な心もちを感じ、さつさともとの道を引き返して行つた。
 僕の銀座通りへ出た時には彼是かれこれ日の暮も近づいてゐた。僕は両側に並んだ店や目まぐるしい人通りに一層憂欝にならずにはゐられなかつた。殊に往来の人々の罪などと云ふものを知らないやうに軽快に歩いてゐるのは不快だつた。僕は薄明るい外光に電燈の光のまじつた中をどこまでも北へ歩いて行つた。そのうちに僕の目を捉とらへたのは雑誌などを積み上げた本屋だつた。僕はこの本屋の店へはひり、ぼんやりと何段かの書棚を見上げた。それから「希臘ギリシヤ神話」と云ふ一冊の本へ目を通すことにした。黄いろい表紙をした「希臘神話」は子供の為に書かれたものらしかつた。けれども偶然僕の読んだ一行は忽たちまち僕を打ちのめした。
「一番偉いツオイスの神でも復讐ふくしうの神にはかなひません。……」
 僕はこの本屋の店を後ろに人ごみの中を歩いて行つた。いつか曲り出した僕の背中に絶えず僕をつけ狙ねらつてゐる復讐の神を感じながら。……

     


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