四谷怪談(上)
田中貢太郎

 元禄げんろく年間のことであった。四谷左門殿町に御先手組おさきてぐみの同心を勤めている田宮又左衛門たみやまたざえもんと云う者が住んでいた。その又左衛門は平生ふだん眼が悪くて勤めに不自由をするところから女むすめのお岩いわに婿養子をして隠居したいと思っていると、そのお岩は疱瘡ほうそうに罹かかって顔は皮が剥むけて渋紙を張ったようになり、右の眼に星が出来、髪も縮れて醜い女となった。
 それはお岩が二十一の春のことであった。又左衛門夫婦は酷ひどくそれを気にしていたが、そのうちに又左衛門は病気になって歿なくなった。そこで秋山長右衛門あきやまちょうえもん、近藤六郎兵衛こんどうろくろべえなど云う又左衛門の朋輩が相談して、お岩に婿養子をして又左衛門の跡目を相続させようとしたが、なにしろお岩が右の姿であるから養子になろうと云う者がない。皆が困っていると、下谷したやの金杉かなすぎに小股潜こまたくぐりの又市またいちと云う口才のある男があって、それを知っている者があったので呼んで相談した。又市は、
「これは、ちと面倒だが、お礼をふんぱつしてくだされるなら、きっと見つけて来ます」
 と、云って帰って往ったが、間もなく良い養子を見つけたと云って来た。それは伊右衛門いえもんと云う摂州せっしゅうの浪人であった。伊右衛門は又市の口に乗せられて、それでは先ず邸やしきも見、母親になる人にも逢あってみようと云って、又市に跟ついてお岩の家へ来た。
 伊右衛門は美男でその時が三十一であった。お岩の家ではお岩の母親が出て挨拶あいさつしたがお岩は顔を見せなかった。伊右衛門は不思議に思ってそっと又市に、
「どうしたのでしょう」
 と云うと、又市は、
「あいにく病気だと云うのですよ、でも大丈夫ですよ、すこし容貌きりょうはよくないが、縫物が上手で、手も旨いし、人柄は至極柔和だし」
 と云った。伊右衛門は女房は子孫のために娶めとるもので、妾めかけとして遊ぶものでないから、それほど吟味をするにも及ばないと思った。この痩浪人やせろうにんは一刻も早く三十俵二人扶持ぶちの地位みぶんになりたかったのであった。
 双方の話は直ぐ纏まとまった。伊右衛門は手先が器用で大工が出来るので、それを云い立てにして御先手組頭三宅弥次兵衛みやけやじべえを経て跡目相続を望み出、その年の八月十四日に婚礼することになり、同心の株代としてお岩の家へ納める家代金十五両を持って又市に伴つれられ、その日の夕方にお岩の家へ移って来た。
 お岩の家では大勢の者が出入して、婚礼の準備を調えていたので、伊右衛門は直ぐその席に通された。そして、その一方では近藤六郎兵衛の女房がお岩を介錯かいしゃくして出て来たが、明るい方を背にするようにして坐らしたうえに、顔も斜に向けさしてあった。伊右衛門は又市の詞ことばによってお岩は不容貌ぶきりょうな女であるとは思っていたが、それでもどんな女だろうと思って怖いような気もちで覗のぞいてみた。それは妖怪ばけもののような二た目と見られない醜い顔の女であった。伊右衛門ははっと驚いたが、厭いやと云えば折角の幸運をとり逃がすことになるので、能よいことに二つは無いと諦めてそのまま式をすましてしまった。
 いよいよお岩の婿養子になった伊右衛門は、男は好いし器用で万事に気の注つく質たちであったから、母親の喜ぶのは元よりのこと、別けてお岩は伊右衛門を大事にした。しかし、伊右衛門は悪女からこうして愛せられることは苦しかった。苦しいと云うよりは寧むしろあさましかった。それもその当座は三十俵二人扶持に有りついたと云う満足のためにそれ程にも思わなかったが、一年あまりでお岩の母親が歿くなって他に頭を押える者がなくなって来ると、悪女を嫌う嫌厭けんおの情が燃えあがった。
その時御先手組の与力に伊藤喜兵衛いとうきへえと云う者があった。悪竦あくらつな男で仲間をおとしいれたり賄賂わいろを執ったりするので酷く皆から嫌われていたが、腕があるのでだれもこれをどうすることもできなかった。その喜兵衛は本妻を娶らずに二人の壮わかい妾を置いていたが、その妾の一人のお花はなと云うのが妊娠した。喜兵衛は五十を過ぎていた。喜兵衛は年とって小供を育てるのも面倒だから、だれかに妾をくれてやろうと思いだしたが、他へやるには数多たくさん金をつけてやらなくてはいけないから、だれか金の入らない者はないかと考えた結局あげく、時どき己じぶんの家へ呼んで仕事をさしている伊右衛門が、容貌の悪い女房を嫌っていることを思いだしたので、伊右衛門を呼んで酒を出しながらそのことを話した。
「お前が引受けてくれないか、そのかわり一生お前の面倒を見てやるが」
 伊右衛門はその女に執着を持っていたから喜んだ。
「あの妖怪ばけものと、どうして手を切ったら宣よいのでしょう」
「それは、わけはないさ」
 喜兵衛は伊右衛門に一つの方法を教えた。伊右衛門はそれを教わってから家を外にして出歩いた。そして、手あたり次第に衣服きものや道具を持ち出したのですぐ内証ないしょが困って来た。お岩がしかたなしに一人置いてあった婢げじょを出したので、伊右衛門の帰らない晩は一人で夜を明さなければならなかった。お岩は伊右衛門を恨むようになった。
 その時喜兵衛の家からお岩の許もとへ使が来て、すこし逢いたいことがあるから夜になって来てくれと云った。お岩は夕方になっても伊右衛門が帰らないので、家を閉めておいて喜兵衛の家へ往った。喜兵衛はすぐ出迎えて座敷へあげた。
「あなたをお呼びしたのは、伊右衛門殿のことだが、あれは見かけによらない道楽者で、博奕ばくち打ちの仲間へ入って、博奕は打つ、赤坂あかさかの勘兵衛長屋の比丘尼びくに狂いはする、そのうえ、このごろは、その比丘尼をうけだして、夜も昼も入り浸ってると云うことだが、だいち、博奕は御法度だから、これが御頭の耳にでも入ると、追放になることは定まってる、そうなれば、あなたは女房のことだから、夫に引きずられて路頭に迷わなくてはならない、そうなると、田宮家の御扶持切米も他人の手に執られることになる、わたしはあなたの御両親とは親しくしていたし、意見もしたいと思うが、わたしは与力で、支配同然だからすこし困る、どうか、あなたが意見をして、博奕と女狂いをよすようにしてください」
 お岩は恥かしくもあれば悲しくもあった。お岩は泣きながら恨みと愚痴を云って帰って来たが、家は閉まったままで伊右衛門は帰っていなかった。伊右衛門はその晩は喜兵衛の家にいて、隣の部屋から喜兵衛とお岩の話を聞いていたのであった。
 朝になってお岩は持仏堂の前に坐ってお題目を唱えていた。お岩の家は日蓮宗にちれんしゅうであった。そこへ伊右衛門が入って来た。
「昨夜ゆうべ帰ってみるといなかったが、ぜんたいどこへ往ってたのだ、夫の留守に夜歩きするとはけしからん奴だ」
 お岩は喜兵衛の家へ往っているのでやましいことがなかった。そのうえ女狂いと博奕に家を外にしている夫が、すこし位の外出を咎とがめだてするのが酷く憎かった。
「わたしは、伊藤喜兵衛殿からお使がまいりましたから、あがりました、わたしが、すこし留守したことを、かれこれおっしゃるあなたは、何をしていらっしゃるのです、わたしのことをお疑いになるなら、伊藤喜兵衛殿にお聞きください」
「喜兵衛殿が呼んだにしたところで、家を空けて来いとは云わないだろう、何を痴ばかなことを申す」
伊右衛門はお岩に飛びかかって撲なぐりつけた。お岩は泣き叫んだが、だれも止めに来る者もなかった。伊右衛門はお岩を散ざんに撲っておいて外へ出て往った。お岩は一室に入って蒲団ふとんを着て寝ていたが、口惜しくてたまらないから剃刀かみそりを執り出して自殺しようとした。しかし、考えてみると己じぶんが死んだ後で伊右衛門から乱心して死んだと云われるのはなおさら口惜しいので、剃刀を捨てるなり狂人きちがいのようになって喜兵衛の家へ往った。喜兵衛はお岩のそうして来るのを待ちかまえているところであった。
「ぜんたい、その容さまはどうなされた」
「わたしは伊右衛門に、散ざんな目に逢わされました、わたしは、このことを御頭まで申し出ようと思います」
 お岩は身をふるわして泣いていた。
「それは伊右衛門殿が重々悪い、あなたの御立腹はもっともだが、夫の訴人を女房がしたでは、結局あなたが悪いことになって、おとりあげにはならない、これは考えなおさなければならないが、伊右衛門の道楽は、とても止やみそうにもないし、あなたもそうまでせられては、いっしょになってもいられないだろう、わたしもあなたとは、あなたのお父様さんお母様さんからの親しい間だし、伊右衛門殿とても心安くしておるから、どちらをどうと贔屓ひいきすることもできないが、このままでは、とても面白く往かないだろうから、いっそ二人が別れるが宣いと思うが、伊右衛門殿は家代金を入れて、田宮の身代を買い執ってるから、そのまま出すことはできない、ここはあなたから縁を切って、二三年奉公に出ておれば、あなたはまだ年も壮いし、わたしが引受けて、好い男を夫に持たしてあげる」
 お岩は喜兵衛の詞ことばに云いくるめられて、伊右衛門の持ち出して往った衣服きものを返してもらうことを条件にして別れることになった。伊右衛門は初めからそのつもりで質にも入れずに知人の家に隠してあったお岩の衣服を持って来て、うまうまとお岩を離縁したのであった。
お岩はそこで喜兵衛に口を利いてもらって、四谷塩町しおちょう二丁目にいる紙売の又兵衛またべえと云うのを請人に頼んで、三番町さんばんちょうの小身な御家人ごけにんの家へ物縫い奉公に住み込んだ。そうしてお岩を田宮家から出した喜兵衛は、早速お花を伊右衛門にやることにしたが、仲人なしではいけないので伊右衛門に云いつけて近藤六郎兵衛に仲人を頼ました。六郎兵衛は女房がお岩の鉄漿親かねおやになっているうえに、平生喜兵衛を心よからず思っているのでことわった。伊右衛門はしかたなしに秋山長右衛門の許へ往って長右衛門に頼み、七月十八日が日が佳よいと云うので、その晩にお花と内輪の婚礼をした。
 その婚礼の席には秋山長右衛門夫妻、近藤六郎兵衛がいたが、酒宴さかもりになったところで、伊右衛門の朋輩今井仁右衛門いまいじんえもん、水谷庄右衛門みずたにしょうえもん、志津女久左衛門しずめきゅうざえもんの三人が押しかけて来た。そして、酒の座が乱れかけたところで、行灯あんどんの傍そばから一尺位の赤い蛇が出て来た。伊右衛門は驚いて火箸ひばしで庭へ刎はねおとしたが、いつの間にかまたあがって来て行灯の傍を這はうた。伊右衛門はまたそれを火箸に挟んで裏の藪やぶへ持って往って捨てたが、朝ぼらけになって皆が帰りかけたところで、天井からまた赤い蛇が落ちて来た。伊右衛門は何だかお岩の怨念おんねんのような気がして気もちが悪かった。伊右衛門はやけにその蛇の胴中をむずと掴つかんで裏の藪へ持って往って捨てた。

仙僧供 梦慈 end

Scandal End>WhiteLily End>BlackLily End>Pure End

剧透↓
国际象棋中的ビショップ只能斜着走 无法直走 也不能越子 某种意义上这就是せんぞく ゆめじ的人生

个人感觉这条线比起千晴线是要写的好的……没有那么平节奏也有趣很多 老师这个角色塑造也很有意思
顺便老师线的皇千晴比他自己线的皇千晴有魅力的多(笑)

白线就是真的很童话 因为我觉得老师是不可能就这样轻易就放下十几年以来自己追寻的 活着的意义的
但是我觉得残破不堪的他是有实现幸福美好结局的资格的……所以哪怕很梦幻我也想看到这两个人牵着手笑着走下去

黑线
一直都感觉老师在寻求的不是复仇而是“救赎”
摇摆不定虚幻破碎的他太需要一个人来抓住他的存在了

看到yhm的感想中写到老师在那个时候完全没有实现精神的成长 突然就恍然大悟了
他一直就是在佯装着大人的小孩子 与其说是悪い男 不如说是在寻求庇护的子供
他的天真 他说的“不需要味方” 他一次又一次的反复 既是软弱温柔的体现也是求救的信号

黑线与其说老师掌控了一切不如说他反而是被えみ拿捏了 因为就连他也没想到真的会有一个人就算被伤害了 被推开了 被背叛了 还是会坚定地对他说「何度でも“味方”にしてもらいます」
这一切都太意料之外了 毕竟就连老师自己本人都搞不懂自己真正想要的东西
然而他又无法去牵起えみ的手 所以只能两个人一起痛苦地深陷下去

虽然结合两个黑线结局来说老师差不多可以说是最大输家了(。果然这种游戏有权利的人才能笑到最后(草

在黑线老师对于“皇”以及对“本物”的卑劣感可谓是刻骨铭心
不管是在Scandal End得到了“本物的王子様”得不到的えみ给予的存在意义而感到欣喜也好,还是在BlackLily End尽管怨恨但也只是等待着えみ利用焦躁感让她主动将“本物的王子様”赋予她的证明舍弃的行为其实都很……渺小又无力
最后联系起他们两个之间浑浊的感情 是爱吗 是猜疑吗 还是依存呢 尽管是哪边这些都已经不重要了 因为就算不去明确这些他们也都会是永远的“味方”了

即使全盘皆输也不会放弃最后的既脆弱又丑陋的挣扎 这是仙僧供梦慈正在活着的证明

扭曲的爱与颠覆常理的存在证明
亡霊のように透明になった僕を
君がみつけた
終点はない 偶然もない
祈りを捧げるための祭壇はなく
救済はない 崇拝もしない
それでも君が笑った

感觉老师可以和纸袋竞争一下めんどくさい男no.1的宝座(。)

D坂の殺人事件(二)
江戸川乱歩

間もなく、一人の正服せいふくの警官が背広の男と連立ってやって来た。正服の方は、後で知ったのだが、K警察署の司法主任で、もう一人は、その顔つきや持物でも分る様に、同じ署に属する警察医だった。私達は司法主任に、最初からの事情を大略説明した。そして、私はこう附加えた。
「この明智君がカフェへ入って来た時、偶然時計を見たのですが、丁度八時半頃でしたから、この障子の格子が閉ったのは、恐らく八時頃だったと思います。その時は確か中には電燈がついてました。ですから、少くとも八時頃には、誰れか生きた人間がこの部屋にいたことは明かです」
 司法主任が私達の陳述を聞取って、手帳に書留めている間に、警察医は一応死体の検診を済ませていた。彼は私達の言葉のとぎれるのを待って云った。
「絞殺ですね。手でやられたのです。これ御覧なさい。この紫色になっているのが指の痕あとです。それから、この出血しているのは爪が当った箇所ですよ。拇指おやゆびの痕が頸くびの右側についているのを見ると、右手でやったものですね。そうですね。恐らく死後一時間以上はたっていないでしょう。併し、無論もう蘇生そせいの見込はありません」
「上から押えつけたのですね」司法主任が考え考え云った。「併し、それにしては、抵抗した様子がないが……恐らく非常に急激にやったのでしょうね。ひどい力で」
 それから、彼は私達の方を向いて、この家の主人はどうしたのだと尋ねた。だが、無論私達が知っている筈はない。そこで、明智は気を利かして、隣家の時計屋の主人を呼んで来た。
 司法主任と時計屋の問答は大体次の様なものであった。
「主人はどこへ行ったのかね」
「ここの主人は、毎晩古本の夜店を出しに参りますんで、いつも十二時頃でなきゃ帰って参りません。ヘイ」
「どこへ夜店を出すんだね」
「よく上野うえのの広小路ひろこうじへ参ります様ですが。今晩はどこへ出ましたか、どうも手前には分り兼ねますんで。ヘイ」
「一時間ばかり前に、何か物音を聞かなかったかね」
「物音と申しますと」
「極っているじゃないか。この女が殺される時の叫び声とか、格闘の音とか……」
「別段これという物音を聞きません様でございましたが」
 そうこうする内に、近所の人達が聞伝えて集って来たのと、通りがかりの弥次馬で、古本屋の表は一杯の人だかりになった。その中に、もう一方の、隣家の足袋屋たびやのお神さんがいて、時計屋に応援した。そして、彼女も何も物音を聞かなかった旨むね陳述した。
 この間、近所の人達は、協議の上、古本屋の主人の所へ使つかいを走らせた様子だった。
 そこへ、表に自動車の止る音がして、数人の人がドヤドヤと入って来た。それは警察からの急報で駈けつけた裁判所の連中と、偶然同時に到着したK警察署長、及び当時の名探偵という噂の高かった小林こばやし刑事などの一行だった。――無論これは後になって分ったことだ、というのは、私の友達に一人の司法記者があって、それがこの事件の係りの小林刑事とごく懇意こんいだったので、私は後日彼から色々と聞くことが出来たのだ。――先着の司法主任は、この人達の前で今までの模様を説明した。私達も先の陳述をもう一度繰返さねばならなかった。
「表の戸を閉めましょう」
突然、黒いアルパカの上衣に、白ズボンという、下廻りの会社員見たいな男が、大声でどなって、さっさと戸を閉め出した。これが小林刑事だった。彼はこうして弥次馬を撃退して置いて、さて探偵にとりかかった。彼のやり方は如何にも傍若無人で、検事や署長などはまるで眼中にない様子だった。彼は始めから終りまで一人で活動した。他の人達は唯、彼の敏捷びんしょうな行動を傍観する為にやって来た見物人に過ぎない様に見えた。彼は第一に死体を検べた。頸の廻りは殊に念入りにいじり廻していたが、
「この指の痕には別に特徴がありません。つまり普通の人間が、右手で押えつけたという以外に何の手掛りもありません」
 と検事の方を見て云った。次に彼は一度死体を裸体にして見るといい出した。そこで、議会の秘密会見たいに、傍聴者の私達は、店の間へ追出されねばならなかった。だから、その間にどういう発見があったか、よく分らないが、察する所、彼等は死人の身体に沢山の生傷のあることに注意したに相違ない。カフェのウエトレスの噂していたあれだ。
 やがて、この秘密会が解かれたけれど、私達は奥の間へ入って行くのを遠慮して、例の店の間と奥との境の畳敷の所から奥の方を覗き込んでいた。幸なことには、私達は事件の発見者だったし、それに、後から明智の指紋をとらねばならなかった為に、最後まで追出されずに済んだ。というよりは抑留よくりゅうされていたという方が正しいかも知れぬ。併し小林刑事の活動は奥の間丈に限られていた訳でなく、屋内屋外の広い範囲に亙わたっていたのだから、一つ所にじっとしていた私達に、その捜査の模様が分ろう筈がないのだが、うまい工合に、検事が奥の間に陣取っていて、始終殆ど動かなかったので、刑事が出たり入ったりする毎に、一々捜査の結果を報告するのを、洩れなく聞きとることが出来た。検事はその報告に基いて、調書の材料を書記に書きとめさしていた。
先ず、死体のあった奥の間の捜索が行われたが、遺留品も、足跡も、その他探偵の目に触れる何物もなかった様子だ。ただ一つのものを除いては。
「電燈のスイッチに指紋があります」黒いエボナイトのスイッチに何か白い粉をふりかけていた刑事が云った。「前後の事情から考えて、電燈を消したのは犯人に相違ありません。併しこれをつけたのはあなた方のうちどちらですか」
 明智は自分だと答えた。
「そうですか。あとであなたの指紋をとらせて下さい。この電燈は触らない様にして、このまま取はずして持って行きましょう」
 それから、刑事は二階へ上って行って暫く下りて来なかったが、下りて来るとすぐに路地を検べるのだといって出て行った。それが十分もかかったろうか、やがて、彼はまだついたままの懐中電燈を片手に、一人の男を連れて帰って来た。それは汚れたクレップシャツにカーキ色のズボンという扮装いでたちで、四十許ばかりの汚い男だ。
「足跡はまるで駄目です」刑事が報告した。「この裏口の辺は、日当りが悪いせいかひどいぬかるみで、下駄の跡が滅多無性についているんだから、迚とても分りっこありません。ところで、この男ですが」と今連れて来た男を指し「これは、この裏の路地を出た所の角に店を出していたアイスクリーム屋ですが、若し犯人が裏口から逃げたとすれば、路地は一方口なんですから、必ずこの男の目についた筈です。君、もう一度私の尋ねることに答えて御覧」
そこで、アイスクリーム屋と刑事の問答。
「今晩八時前後に、この路地を出入でいりしたものはないかね」
「一人もありませんので、日が暮れてからこっち、猫の子一匹通りませんので」アイスクリーム屋は却々要領よく答える。
「私は長らくここへ店を出させて貰ってますが、あすこは、この長屋のお上さん達も、夜分は滅多に通りませんので、何分あの足場の悪い所へ持って来て、真暗なんですから」
「君の店のお客で路地の中へ入ったものはないかね」
「それも御座いません。皆さん私の目の前でアイスクリームを食べて、すぐ元の方へ御帰りになりました。それはもう間違いはありません」
 さて、若しこのアイスクリーム屋の証言が信用すべきものだとすると、犯人は仮令この家の裏口から逃げたとしても、その裏口からの唯一の通路である路地は出なかったことになる。さればといって、表の方から出なかったことも、私達が白梅軒から見ていたのだから間違いはない。では彼は一体どうしたのであろう。小林刑事の考えによれば、これは、犯人がこの路地を取りまいている裏表二側の長屋の、どこかの家に潜伏しているか、それとも借家人の内に犯人があるのかどちらかであろう。尤も二階から屋根伝いに逃げる路はあるけれど、二階を検べた所によると、表の方の窓は取りつけの格子が嵌はまっていて少しも動かした様子はないのだし、裏の方の窓だって、この暑さでは、どこの家も二階は明けっぱなしで、中には物干で涼んでいる人もある位だから、ここから逃げるのは一寸難しい様に思われる。とこういうのだ。
そこで臨検者達の間に、一寸捜査方針についての協議が開かれたが、結局、手分けをして近所を軒並に検べて見ることになった。といっても、裏表の長屋を合せて十一軒しかないのだから、大して面倒ではない。それと同時に家の中も再度、縁の下から天井裏まで残る隈くまなく検べられた。ところがその結果は、何の得うる処もなかったばかりでなく、却って事情を困難にして了った様に見えた。というのは、古本屋の一軒置いて隣の菓子屋の主人が、日暮れ時分からつい今し方まで屋上の物干へ出て尺八を吹いていたことが分ったが、彼は始めから終いまで、丁度古本屋の二階の窓の出来事を見逃す筈のない様な位置に坐っていたのだ。
 読者諸君、事件は却々面白くなって来た。犯人はどこから入って、どこから逃げたのか、裏口からでもない、二階の窓からでもない、そして表からでは勿論ない。彼は最初から存在しなかったのか、それとも煙の様に消えて了ったのか。不思議はそればかりでない。小林刑事が、検事の前に連れて来た二人の学生が、実に妙なことを申立てたのだ。それは裏側の長屋に間借りしている、ある工業学校の生徒達で、二人共出鱈目でたらめを云う様な男とも見えぬが、それにも拘かかわらず、彼等の陳述は、この事件を益々不可解にする様な性質のものだったのである。
 検事の質問に対して、彼等は大体左さの様に答えた。
「僕は丁度八時頃に、この古本屋の前に立って、そこの台にある雑誌を開いて見ていたのです。すると、奥の方で何だか物音がしたもんですから、ふと目を上げてこの障子の方を見ますと、障子は閉まっていましたけれど、この格子の様になった所が開いてましたので、そのすき間に一人の男の立っているのが見えました。しかし、私が目を上げるのと、その男が、この格子を閉めるのと殆ど同時でしたから、詳しいことは無論分りませんが、でも、帯の工合ぐあいで男だったことは確かです」
「で、男だったという外に何か気附いた点はありませんか、背恰好とか、着物の柄とか」
「見えたのは腰から下ですから、背恰好は一寸分りませんが、着物は黒いものでした。ひょっとしたら、細い縞か絣かすりであったかも知れませんけれど。私の目には黒無地に見えました」
「僕もこの友達と一緒に本を見ていたんです」ともう一方の学生、「そして、同じ様に物音に気づいて同じ様に格子の閉るのを見ました。ですが、その男は確かに白い着物を着ていました。縞も模様もない、真白な着物です」
「それは変ではありませんか。君達の内どちらかが間違いでなけりゃ」
「決して間違いではありません」
「僕も嘘は云いません」
 この二人の学生の不思議な陳述は何を意味するか、鋭敏な読者は恐らくあることに気づかれたであろう。実は、私もそれに気附いたのだ。併し、裁判所や警察の人達は、この点について、余りに深く考えない様子だった。


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