オークスで父ゴールドシップの評価さらに高められるか…ビッグレッドファームの申し子コガネノソラに期待【村本浩平コラム】
◇競馬コラム「馬産地インサイ道」
スイートピーSを優勝し、今週のオークスへと挑むコガネノソラ(牝3歳、美浦・菊沢)は、北海道新冠町・ビッグレッドファームの生産馬となる。
近親となるコラソンビート(牝3歳、美浦・加藤士)は、昨年の京王杯2歳Sを優勝。ウインマリリンも香港ヴァーズを含めて重賞を4勝と、活力あふれる牝系でもある。
そして、コガネノソラは父がゴールドシップ、母の父がロージズインメイの血統馬。これは2021年のオークスを優勝したユーバーレーベンと同配合。そして、ゴールドシップ、ロージズインメイともに、ビッグレッドファームスタリオンの繋養種牡馬となっている。
「牧場にいたころから活躍を期待していた馬であり、何とかオークスの権利を取ってほしいと願っていました」と蛯名聡ゼネラルマネジャーは話す。
ゴールドシップ産駒は、昨年のJRA賞・最優秀障害馬となったマイネルグロン(牡6歳、美浦・青木)が、父譲りの成長力を証明している。
また、コガネノソラのほかにも、メイショウタバル(牡3歳、栗東・石橋)が今年の毎日杯を優勝するなど、クラシック戦線での活躍も目立っている。
「ゴールドシップは現時点で100頭に迫る種付けを行っており、今シーズンはキャリアハイとなる配合頭数も見込まれています。ロージズインメイも、母の父としての評価が改めて認められているのはうれしい限りです」と蛯名ゼネラルマネジャー。まさにビッグレッドファームの申し子とも言えるコガネノソラが、オークスで父や母の父の評価を、さらに高めてくれるのかもしれない。
【オークス】スイートピーS豪脚で制した実力馬 瞬発力生かし4連勝で頂点だ
牝馬クラシック第2戦、第85回オークス・G1(19日、東京)は別路線組が侮れない。スイートピーSで3連勝を決めたコガネノソラのトライアル組も無視できない。
コガネノソラはスイートピーSを大外から豪快な末脚で制し、未勝利戦から3連勝で駒を進めてきた。まだまだ底を見せない勝ちっぷりに、菊沢調教師は「余力たっぷりだったし、こんな王道の競馬をして大丈夫かと見ているこっちがヒヤヒヤしたよ(笑い)」と、勢いに乗るまな娘の確かな成長を感じ取っている。
血統背景も好走を予感させる。祖母コスモチェーロは現役時1勝にとどまったものの、唯一の勝利は芝2400メートルだった。その子供ウインマリリンは20年オークスを2着。のちの3冠牝馬デアリングタクトに半馬身差で食い下がり、22年の香港ヴァーズ制覇やエリザベス女王杯2着など中長距離重賞を4勝と活躍した。さらに、「父ゴールドシップ×母の父ロージズインメイ」は21年Vのユーバーレーベンと同じ配合。初距離をこなす下地は十分にある。菊沢師は「折り合いもつくし乗りやすい馬で操縦性もいい」と距離適性に自信を深める。
臨戦過程にも不安はない。中2週と詰まったレース間隔を考慮し、金曜(10日)に美浦・Wコースで1週前追い切り。序盤から抜群の前進気勢を見せ、鞍上が抑えるのに苦労するほど。フットワークは力強さにあふれており、順調そのものだ。トレーナーも「本当にタフな馬です」と想像を超える回復力に目を細める。「瞬発力もあるし東京コースでああいう一面を見せてくれた。雨でも降ってくれればもっといいし、楽しみの方が大きい」。デビュー4連勝で頂点に立った06年カワカミプリンセス以来、18年ぶり2頭目のスイートピーS優勝馬の勝利へ期待は膨らむばかりだ。
◇競馬コラム「馬産地インサイ道」
スイートピーSを優勝し、今週のオークスへと挑むコガネノソラ(牝3歳、美浦・菊沢)は、北海道新冠町・ビッグレッドファームの生産馬となる。
近親となるコラソンビート(牝3歳、美浦・加藤士)は、昨年の京王杯2歳Sを優勝。ウインマリリンも香港ヴァーズを含めて重賞を4勝と、活力あふれる牝系でもある。
そして、コガネノソラは父がゴールドシップ、母の父がロージズインメイの血統馬。これは2021年のオークスを優勝したユーバーレーベンと同配合。そして、ゴールドシップ、ロージズインメイともに、ビッグレッドファームスタリオンの繋養種牡馬となっている。
「牧場にいたころから活躍を期待していた馬であり、何とかオークスの権利を取ってほしいと願っていました」と蛯名聡ゼネラルマネジャーは話す。
ゴールドシップ産駒は、昨年のJRA賞・最優秀障害馬となったマイネルグロン(牡6歳、美浦・青木)が、父譲りの成長力を証明している。
また、コガネノソラのほかにも、メイショウタバル(牡3歳、栗東・石橋)が今年の毎日杯を優勝するなど、クラシック戦線での活躍も目立っている。
「ゴールドシップは現時点で100頭に迫る種付けを行っており、今シーズンはキャリアハイとなる配合頭数も見込まれています。ロージズインメイも、母の父としての評価が改めて認められているのはうれしい限りです」と蛯名ゼネラルマネジャー。まさにビッグレッドファームの申し子とも言えるコガネノソラが、オークスで父や母の父の評価を、さらに高めてくれるのかもしれない。
【オークス】スイートピーS豪脚で制した実力馬 瞬発力生かし4連勝で頂点だ
牝馬クラシック第2戦、第85回オークス・G1(19日、東京)は別路線組が侮れない。スイートピーSで3連勝を決めたコガネノソラのトライアル組も無視できない。
コガネノソラはスイートピーSを大外から豪快な末脚で制し、未勝利戦から3連勝で駒を進めてきた。まだまだ底を見せない勝ちっぷりに、菊沢調教師は「余力たっぷりだったし、こんな王道の競馬をして大丈夫かと見ているこっちがヒヤヒヤしたよ(笑い)」と、勢いに乗るまな娘の確かな成長を感じ取っている。
血統背景も好走を予感させる。祖母コスモチェーロは現役時1勝にとどまったものの、唯一の勝利は芝2400メートルだった。その子供ウインマリリンは20年オークスを2着。のちの3冠牝馬デアリングタクトに半馬身差で食い下がり、22年の香港ヴァーズ制覇やエリザベス女王杯2着など中長距離重賞を4勝と活躍した。さらに、「父ゴールドシップ×母の父ロージズインメイ」は21年Vのユーバーレーベンと同じ配合。初距離をこなす下地は十分にある。菊沢師は「折り合いもつくし乗りやすい馬で操縦性もいい」と距離適性に自信を深める。
臨戦過程にも不安はない。中2週と詰まったレース間隔を考慮し、金曜(10日)に美浦・Wコースで1週前追い切り。序盤から抜群の前進気勢を見せ、鞍上が抑えるのに苦労するほど。フットワークは力強さにあふれており、順調そのものだ。トレーナーも「本当にタフな馬です」と想像を超える回復力に目を細める。「瞬発力もあるし東京コースでああいう一面を見せてくれた。雨でも降ってくれればもっといいし、楽しみの方が大きい」。デビュー4連勝で頂点に立った06年カワカミプリンセス以来、18年ぶり2頭目のスイートピーS優勝馬の勝利へ期待は膨らむばかりだ。
火鉢
夏目漱石
眼が覚さめたら、昨夜ゆうべ抱だいて寝た懐炉かいろが腹の上で冷たくなっていた。硝子戸越ガラスどごしに、廂ひさしの外を眺めると、重い空が幅三尺ほど鉛なまりのように見えた。胃の痛みはだいぶ除とれたらしい。思い切って、床の上に起き上がると、予想よりも寒い。窓の下には昨日きのうの雪がそのままである。
風呂場は氷でかちかち光っている。水道は凍こおり着ついて、栓せんが利きかない。ようやくの事で温水摩擦おんすいまさつを済まして、茶の間で紅茶を茶碗ちゃわんに移していると、二つになる男の子が例の通り泣き出した。この子は一昨日おとといも一日泣いていた。昨日も泣き続けに泣いた。妻さいにどうかしたのかと聞くと、どうもしたのじゃない、寒いからだと云う。仕方がない。なるほど泣き方がぐずぐずで痛くも苦しくもないようである。けれども泣くくらいだから、どこか不安な所があるのだろう。聞いていると、しまいにはこっちが不安になって来る。時によると小悪こにくらしくなる。大きな声で叱しかりつけたい事もあるが、何しろ、叱るにはあまり小さ過ぎると思って、つい我慢をする。一昨日も昨日もそうであったが、今日もまた一日そうなのかと思うと、朝から心持が好くない。胃が悪いのでこの頃は朝飯あさめしを食わぬ掟おきてにしてあるから、紅茶茶碗を持ったまま、書斎へ退しりぞいた。
火鉢ひばちに手を翳して、少し暖あったまっていると、子供は向うの方でまだ泣いている。そのうち掌てのひらだけは煙けむが出るほど熱くなった。けれども、背中から肩へかけてはむやみに寒い。ことに足の先は冷え切って痛いくらいである。だから仕方なしにじっとしていた。少しでも手を動かすと、手がどこか冷たい所に触れる。それが刺とげにでも触さわったほど神経に応こたえる。首をぐるりと回してさえ、頸くびの付根が着物の襟えりにひやりと滑すべるのが堪たえがたい感じである。自分は寒さの圧迫を四方から受けて、十畳の書斎の真中に竦すくんでいた。この書斎は板の間である。椅子を用いべきところを、絨氎じゅうたんを敷いて、普通の畳たたみのごとくに想像して坐っている。ところが敷物が狭いので、四方とも二尺がたは、つるつるした板の間が剥むき出だしに光っている。じっとしてこの板の間を眺めて、竦すくんでいると、男の子がまだ泣いている。とても仕事をする勇気が出なない。
ところへ妻さいがちょっと時計を拝借と這入はいって来て、また雪になりましたと云う。見ると、細こまかいのがいつの間にか、降り出した。風もない濁った空の途中から、静かに、急がずに、冷刻に、落ちて来る。
「おい、去年、子供の病気で、煖炉ストーブを焚たいた時には炭代がいくら要いったかな」
「あの時は月末つきずえに廿八円払いました」
自分は妻の答を聞いて、座敷ざしき煖炉を断念した。座敷煖炉は裏の物置に転ころがっているのである。
「おい、もう少し子供を静かにできないかな」
妻はやむをえないと云うような顔をした。そうして、云った。
「お政まささんが御腹おなかが痛いって、だいぶ苦しそうですから、林さんでも頼んで見て貰いましょうか」
お政さんが二三日寝ている事は知っていたがそれほど悪いとは思わなかった。早く医者を呼んだらよかろうと、こっちから促うながすように注意すると、妻はそうしましょうと答えて、時計を持ったまま出て行った。襖ふすまを閉たてるとき、どうもこの部屋の寒い事と云った。
まだ、かじかんで仕事をする気にならない。実を云うと仕事は山ほどある。自分の原稿を一回分書かなければならない。ある未知の青年から頼まれた短篇小説を二三篇読んでおく義務がある。ある雑誌へ、ある人の作さくを手紙を付けて紹介する約束がある。この二三箇月中に読むはずで読めなかった書籍は机の横に堆うずたかく積んである。この一週間ほどは仕事をしようと思って机に向うと人が来る。そうして、皆何か相談を持ち込んでくる。その上に胃が痛む。その点から云うと今日は幸いである。けれども、どう考えても、寒くて億劫おっくうで、火鉢ひばちから手を離す事ができない。
すると玄関に車を横付けにしたものがある。下女が来て長沢さんがおいでになりましたと云う。自分は火鉢の傍そばに竦んだまま、上眼遣うわめづかいをして、這入はいって来る長沢を見上げながら、寒くて動けないよと云った。長沢は懐中ふところから手紙を出して、この十五日は旧の正月だから、是非都合してくれとか何とか云う手紙を読んだ。相変らず金の相談である。長沢は十二時過に帰った。けれども、まだ寒くてしようがない。いっそ湯にでも行って、元気をつけようと思って、手拭てぬぐいを提さげて玄関へ出かかると、御免下ごめんくださいと云う吉田に出っ食わした。座敷へ上げて、いろいろ身の上話を聞いていると、吉田はほろほろ涙を流して泣き出した。そのうち奥の方では医者が来て何だかごたごたしている。吉田がようやく帰ると、子供がまた泣き出した。とうとう湯に行った。
湯から上ったら始めて暖あったかになった。晴々せいせいして、家うちへ帰って書斎に這入ると、洋灯ランプが点ついて窓掛まどかけが下りている。火鉢には新しい切炭きりずみが活いけてある。自分は座布団ざぶとんの上にどっかりと坐った。すると、妻が奥から寒いでしょうと云って蕎麦湯そばゆを持って来てくれた。お政さんの容体ようだいを聞くと、ことによると盲腸炎になるかも知れないんだそうですよと云う。自分は蕎麦湯を手に受けて、もし悪いようだったら、病院に入れてやるがいいと答えた。妻はそれがいいでしょうと茶の間へ引き取った。
妻さいが出て行ったらあとが急に静かになった。全くの雪の夜よである。泣く子は幸いに寝たらしい。熱い蕎麦湯そばゆを啜すすりながら、あかるい洋灯ランプの下で、継つぎ立ての切炭きりずみのぱちぱち鳴る音に耳を傾けていると、赤い火気かっきが、囲われた灰の中で仄ほのかに揺れている。時々薄青い焔ほのおが炭の股またから出る。自分はこの火の色に、始めて一日の暖味あたたかみを覚えた。そうしてしだいに白くなる灰の表を五分ほど見守っていた。
夏目漱石
眼が覚さめたら、昨夜ゆうべ抱だいて寝た懐炉かいろが腹の上で冷たくなっていた。硝子戸越ガラスどごしに、廂ひさしの外を眺めると、重い空が幅三尺ほど鉛なまりのように見えた。胃の痛みはだいぶ除とれたらしい。思い切って、床の上に起き上がると、予想よりも寒い。窓の下には昨日きのうの雪がそのままである。
風呂場は氷でかちかち光っている。水道は凍こおり着ついて、栓せんが利きかない。ようやくの事で温水摩擦おんすいまさつを済まして、茶の間で紅茶を茶碗ちゃわんに移していると、二つになる男の子が例の通り泣き出した。この子は一昨日おとといも一日泣いていた。昨日も泣き続けに泣いた。妻さいにどうかしたのかと聞くと、どうもしたのじゃない、寒いからだと云う。仕方がない。なるほど泣き方がぐずぐずで痛くも苦しくもないようである。けれども泣くくらいだから、どこか不安な所があるのだろう。聞いていると、しまいにはこっちが不安になって来る。時によると小悪こにくらしくなる。大きな声で叱しかりつけたい事もあるが、何しろ、叱るにはあまり小さ過ぎると思って、つい我慢をする。一昨日も昨日もそうであったが、今日もまた一日そうなのかと思うと、朝から心持が好くない。胃が悪いのでこの頃は朝飯あさめしを食わぬ掟おきてにしてあるから、紅茶茶碗を持ったまま、書斎へ退しりぞいた。
火鉢ひばちに手を翳して、少し暖あったまっていると、子供は向うの方でまだ泣いている。そのうち掌てのひらだけは煙けむが出るほど熱くなった。けれども、背中から肩へかけてはむやみに寒い。ことに足の先は冷え切って痛いくらいである。だから仕方なしにじっとしていた。少しでも手を動かすと、手がどこか冷たい所に触れる。それが刺とげにでも触さわったほど神経に応こたえる。首をぐるりと回してさえ、頸くびの付根が着物の襟えりにひやりと滑すべるのが堪たえがたい感じである。自分は寒さの圧迫を四方から受けて、十畳の書斎の真中に竦すくんでいた。この書斎は板の間である。椅子を用いべきところを、絨氎じゅうたんを敷いて、普通の畳たたみのごとくに想像して坐っている。ところが敷物が狭いので、四方とも二尺がたは、つるつるした板の間が剥むき出だしに光っている。じっとしてこの板の間を眺めて、竦すくんでいると、男の子がまだ泣いている。とても仕事をする勇気が出なない。
ところへ妻さいがちょっと時計を拝借と這入はいって来て、また雪になりましたと云う。見ると、細こまかいのがいつの間にか、降り出した。風もない濁った空の途中から、静かに、急がずに、冷刻に、落ちて来る。
「おい、去年、子供の病気で、煖炉ストーブを焚たいた時には炭代がいくら要いったかな」
「あの時は月末つきずえに廿八円払いました」
自分は妻の答を聞いて、座敷ざしき煖炉を断念した。座敷煖炉は裏の物置に転ころがっているのである。
「おい、もう少し子供を静かにできないかな」
妻はやむをえないと云うような顔をした。そうして、云った。
「お政まささんが御腹おなかが痛いって、だいぶ苦しそうですから、林さんでも頼んで見て貰いましょうか」
お政さんが二三日寝ている事は知っていたがそれほど悪いとは思わなかった。早く医者を呼んだらよかろうと、こっちから促うながすように注意すると、妻はそうしましょうと答えて、時計を持ったまま出て行った。襖ふすまを閉たてるとき、どうもこの部屋の寒い事と云った。
まだ、かじかんで仕事をする気にならない。実を云うと仕事は山ほどある。自分の原稿を一回分書かなければならない。ある未知の青年から頼まれた短篇小説を二三篇読んでおく義務がある。ある雑誌へ、ある人の作さくを手紙を付けて紹介する約束がある。この二三箇月中に読むはずで読めなかった書籍は机の横に堆うずたかく積んである。この一週間ほどは仕事をしようと思って机に向うと人が来る。そうして、皆何か相談を持ち込んでくる。その上に胃が痛む。その点から云うと今日は幸いである。けれども、どう考えても、寒くて億劫おっくうで、火鉢ひばちから手を離す事ができない。
すると玄関に車を横付けにしたものがある。下女が来て長沢さんがおいでになりましたと云う。自分は火鉢の傍そばに竦んだまま、上眼遣うわめづかいをして、這入はいって来る長沢を見上げながら、寒くて動けないよと云った。長沢は懐中ふところから手紙を出して、この十五日は旧の正月だから、是非都合してくれとか何とか云う手紙を読んだ。相変らず金の相談である。長沢は十二時過に帰った。けれども、まだ寒くてしようがない。いっそ湯にでも行って、元気をつけようと思って、手拭てぬぐいを提さげて玄関へ出かかると、御免下ごめんくださいと云う吉田に出っ食わした。座敷へ上げて、いろいろ身の上話を聞いていると、吉田はほろほろ涙を流して泣き出した。そのうち奥の方では医者が来て何だかごたごたしている。吉田がようやく帰ると、子供がまた泣き出した。とうとう湯に行った。
湯から上ったら始めて暖あったかになった。晴々せいせいして、家うちへ帰って書斎に這入ると、洋灯ランプが点ついて窓掛まどかけが下りている。火鉢には新しい切炭きりずみが活いけてある。自分は座布団ざぶとんの上にどっかりと坐った。すると、妻が奥から寒いでしょうと云って蕎麦湯そばゆを持って来てくれた。お政さんの容体ようだいを聞くと、ことによると盲腸炎になるかも知れないんだそうですよと云う。自分は蕎麦湯を手に受けて、もし悪いようだったら、病院に入れてやるがいいと答えた。妻はそれがいいでしょうと茶の間へ引き取った。
妻さいが出て行ったらあとが急に静かになった。全くの雪の夜よである。泣く子は幸いに寝たらしい。熱い蕎麦湯そばゆを啜すすりながら、あかるい洋灯ランプの下で、継つぎ立ての切炭きりずみのぱちぱち鳴る音に耳を傾けていると、赤い火気かっきが、囲われた灰の中で仄ほのかに揺れている。時々薄青い焔ほのおが炭の股またから出る。自分はこの火の色に、始めて一日の暖味あたたかみを覚えた。そうしてしだいに白くなる灰の表を五分ほど見守っていた。
ブラジュロンヌ子爵
概要
物語の冒頭は、清教徒革命によりイギリスを追われたチャールズ2世がルイ14世に救援を求めてフランスにやって来るところから。しかし、いまだ宰相のジュール・マザランが実権を握っており、ルイ14世にその権限はなくチャールズ2世を追い返してしまう。それを見ていたダルタニャンはルイ14世に愛想を尽かし、50歳近くの老齢ながら一旗上げてやれとチャールズ2世の復位に尽力しようと退役し、イギリスへ渡る事を決心する。時を同じくして元・三銃士のアトスもチャールズ2世の復位に協力しようとしていた。
ダルタニャンらの活躍でイギリスの王政復古が成功すると、イギリス・フランスの友好のため、イギリスのアンリエット姫と、ルイ14世の弟、オルレアン公フィリップの結婚が行われた。ところが、あろうことかルイ14世とアンリエットの間に不倫関係ができてしまう。とりあえず、ルイ14世はアンリエットの侍女ルイズに恋をしているから、アンリエットのもとに通っているのだと偽装をする事になるが、ルイ14世は本気でルイズに恋をしてしまう。このためもとルイズの恋人だったラウルとルイ14世、ルイズの三角関係ができてしまう。
同じ頃、もと三銃士の一人、アラミスが仕える財務長官ニコラ・フーケは国王を凌ぐ財力を持っていたため粛清の対象となってしまっていた。しかし、アラミスはバスチーユで鉄仮面をかぶる奇妙な囚人に遭遇したことで、フーケを助けるため、そして何よりも自らの抱く壮大な野望のため、逆転の一手に出ることを決意する。
本作は『ダルタニャン物語』の中でも最も「死」を描いている。いよいよ老齢に差し掛かった三銃士や、古参のキャラクター、また年若くして非業の死を遂げる若者…。そして、ダルタニャンの死をもって物語は完結する。登場人物
フランス
ラウル
本作の主人公で、アトスの実子。二十代半ばの青年で、優れた騎士。タイトルの『ブラジュロンヌ子爵』は彼の持つ爵位から来ている。作中ではルイズとの恋に苦悩する。形式的には主人公であるが、ダルタニャンら古参のキャラクターの前では影が薄い。
ダルタニャン
第一部『三銃士』、第二部『二十年後』の主人公で、本作でも実質的な主人公。50歳近くなりながらも元気溌剌。物語の序盤でイギリスに渡り莫大な財産を作り、長年の貧困生活に終止符を打った。その後、親政を決意し腹心となるべき人物を必要としたルイ14世に半ば強引に呼び戻され、銃士隊長に就任。ついにはフランス元帥の位まで上り詰めた。
アトス(ラ・フェール伯爵)
かつて三銃士のリーダー的な存在。既に60歳近くの高齢であるため、物語の開始時点では退役し、隠居生活を送っていた。熱烈にイギリスを嫌っていた若い頃と打って変わって、親英的になっており、チャールズ2世の王政復古に多大な活躍をし、イギリス王宮では絶大な信頼を得ている。対してフランスでの扱いは、息子ラウルがルイ14世と恋敵の関係にある事から、あまり良いものとはいえない。
ポルトス
かつての三銃士で、作中で随一の剛の者。すでに老齢に達しているのであるが、自慢の膂力は衰える事を知らず、獅子奮迅の活躍を繰り広げる。陽気な性格は変わらず、三銃士のムードメーカー的な存在でもある。裏切りや陰謀などと言った暗いテーマを含む作品を明るくしている。
アラミス(デルブレー)
かつて三銃士の一人であるが、今は聖職者となり、本名デルブレーと名乗っている。かつては二枚目で、剣術の達人であったが、老齢のため結石・痛風などに苦しみ、もっぱら頭脳労働を担当する。財務長官のフーケと何やら陰謀を企んでおり、ダルタニャンと対立する事もしばしば。鉄仮面事件について重要な鍵となる。
ルイ14世
ブルボン朝の全盛期を統治したフランス王。第2部『二十年後』では幼く、母アンヌと宰相マザランの傀儡だったが、マザランの死と共に徐々に権力を掌握し、作中では太陽が昇るごとく絶頂を迎える。
ニコラ・フーケ
フランスの財務長官。マザラン亡き後、国王に匹敵する財力を持つ。そのため、ルイ14世からは警戒されており、粛清の対象となってしまう。作中ではアラミスと行動する事が多く、何やら陰謀を企んでいる。
コルベール
フーケの次の財務長官。ルイ14世の側近として活躍する。かつてはダルタニャンとは不和であったが、後に和解。ダルタニャンがフランス元帥の地位に登るのに際し、人事に関して働きかけもしてくれた。
鉄仮面
本名はフィリップ。バスティーユ牢獄に収監されており、風変わりな鉄仮面を被せられている。実はルイ14世の双子の弟。
ギーシュ伯爵
王弟フィリップの寵臣で、ラウルの親友。アンリエットに惚れこんでおり、道ならぬ恋に苦しむ。
ルイズ
ラウルの恋人だった女性。元々美人ではなく、幼い頃の負傷が原因で足を引きずっている。ルイ14世とアンリエットの不倫の隠れ蓑とするため、とりあえずアンリエットの侍女であるルイズに惚れているためにアンリエットのところに通うのだ、という噂を流されることになる。ところが、ルイ14世が本気でルイズにほれ込んでしまう事で、ラウルとの関係が悪化する。
イギリス
チャールズ2世
イギリス国王。血縁的にはルイ14世の母方の従兄弟にあたる。初登場時は流浪の生活を送っていたが、アトス、ダルタニャンの活躍によって王政復古に成功。そのため、アトスには非常に感謝している。
バリー
チャールズ1世の頃から仕えるスチュアート王家の忠臣。二十年後の段階でアトスと親交を得る。彼がアトスの屋敷を訪れた事で、スチュアート朝の王政復古につながった。
アンリエット
チャールズ2世の妹。チャールス2世の復位の後、ルイ14世の弟、オルレアン公フィリップ(鉄仮面とは同名だが別人)と結婚する。たいそうな美女であり、彼女をめぐってギーシュ伯爵、ルイ14世、バッキンガム公爵が恋の鞘宛を繰り広げる。なお、彼女の母親も同名でアンリエットなので注意が必要。
バッキンガム公爵
三銃士に登場した初代バッキンガム公爵(ジョージ・ド・ヴィリエ)の息子。アンリエットに恋焦がれており、それがきっかけで相当の無茶を行う。
モンク将軍
クロムウェル亡き後、実質的なイギリスの支配者。アトスの真摯な説得により、チャールズ2世の支持に転向した。が、直後に何も知らないダルタニャンによって誘拐され、樽に詰めたまま護送される目に遭ってしまう。
内容简介
本书以阿多斯的儿子布拉热洛纳子爵的恋爱故事为线索,描绘了路易十四时代的一系列真真假假的历史故事:财政总监尼古拉斯·富凯的失宠;路易十四和侍从女伴露易丝·德·拉·瓦里埃尔的爱情;达达尼昂和阿多斯帮助查理二世国王重登王位;阿拉密斯和波尔多斯想用路易十四的孪生兄弟“铁面人”代替国王却功败垂成;以及达达尼昂等四个生死与共的火枪手的最后结局等。
继1844年的《三个火枪手》与1845年的《二十年后》,大仲马再接再厉,于1850年完成了“达达尼昂三部曲”的收官之作——《布拉热洛纳子爵》,为这部英雄史诗画上了完美的句号。
概要
物語の冒頭は、清教徒革命によりイギリスを追われたチャールズ2世がルイ14世に救援を求めてフランスにやって来るところから。しかし、いまだ宰相のジュール・マザランが実権を握っており、ルイ14世にその権限はなくチャールズ2世を追い返してしまう。それを見ていたダルタニャンはルイ14世に愛想を尽かし、50歳近くの老齢ながら一旗上げてやれとチャールズ2世の復位に尽力しようと退役し、イギリスへ渡る事を決心する。時を同じくして元・三銃士のアトスもチャールズ2世の復位に協力しようとしていた。
ダルタニャンらの活躍でイギリスの王政復古が成功すると、イギリス・フランスの友好のため、イギリスのアンリエット姫と、ルイ14世の弟、オルレアン公フィリップの結婚が行われた。ところが、あろうことかルイ14世とアンリエットの間に不倫関係ができてしまう。とりあえず、ルイ14世はアンリエットの侍女ルイズに恋をしているから、アンリエットのもとに通っているのだと偽装をする事になるが、ルイ14世は本気でルイズに恋をしてしまう。このためもとルイズの恋人だったラウルとルイ14世、ルイズの三角関係ができてしまう。
同じ頃、もと三銃士の一人、アラミスが仕える財務長官ニコラ・フーケは国王を凌ぐ財力を持っていたため粛清の対象となってしまっていた。しかし、アラミスはバスチーユで鉄仮面をかぶる奇妙な囚人に遭遇したことで、フーケを助けるため、そして何よりも自らの抱く壮大な野望のため、逆転の一手に出ることを決意する。
本作は『ダルタニャン物語』の中でも最も「死」を描いている。いよいよ老齢に差し掛かった三銃士や、古参のキャラクター、また年若くして非業の死を遂げる若者…。そして、ダルタニャンの死をもって物語は完結する。登場人物
フランス
ラウル
本作の主人公で、アトスの実子。二十代半ばの青年で、優れた騎士。タイトルの『ブラジュロンヌ子爵』は彼の持つ爵位から来ている。作中ではルイズとの恋に苦悩する。形式的には主人公であるが、ダルタニャンら古参のキャラクターの前では影が薄い。
ダルタニャン
第一部『三銃士』、第二部『二十年後』の主人公で、本作でも実質的な主人公。50歳近くなりながらも元気溌剌。物語の序盤でイギリスに渡り莫大な財産を作り、長年の貧困生活に終止符を打った。その後、親政を決意し腹心となるべき人物を必要としたルイ14世に半ば強引に呼び戻され、銃士隊長に就任。ついにはフランス元帥の位まで上り詰めた。
アトス(ラ・フェール伯爵)
かつて三銃士のリーダー的な存在。既に60歳近くの高齢であるため、物語の開始時点では退役し、隠居生活を送っていた。熱烈にイギリスを嫌っていた若い頃と打って変わって、親英的になっており、チャールズ2世の王政復古に多大な活躍をし、イギリス王宮では絶大な信頼を得ている。対してフランスでの扱いは、息子ラウルがルイ14世と恋敵の関係にある事から、あまり良いものとはいえない。
ポルトス
かつての三銃士で、作中で随一の剛の者。すでに老齢に達しているのであるが、自慢の膂力は衰える事を知らず、獅子奮迅の活躍を繰り広げる。陽気な性格は変わらず、三銃士のムードメーカー的な存在でもある。裏切りや陰謀などと言った暗いテーマを含む作品を明るくしている。
アラミス(デルブレー)
かつて三銃士の一人であるが、今は聖職者となり、本名デルブレーと名乗っている。かつては二枚目で、剣術の達人であったが、老齢のため結石・痛風などに苦しみ、もっぱら頭脳労働を担当する。財務長官のフーケと何やら陰謀を企んでおり、ダルタニャンと対立する事もしばしば。鉄仮面事件について重要な鍵となる。
ルイ14世
ブルボン朝の全盛期を統治したフランス王。第2部『二十年後』では幼く、母アンヌと宰相マザランの傀儡だったが、マザランの死と共に徐々に権力を掌握し、作中では太陽が昇るごとく絶頂を迎える。
ニコラ・フーケ
フランスの財務長官。マザラン亡き後、国王に匹敵する財力を持つ。そのため、ルイ14世からは警戒されており、粛清の対象となってしまう。作中ではアラミスと行動する事が多く、何やら陰謀を企んでいる。
コルベール
フーケの次の財務長官。ルイ14世の側近として活躍する。かつてはダルタニャンとは不和であったが、後に和解。ダルタニャンがフランス元帥の地位に登るのに際し、人事に関して働きかけもしてくれた。
鉄仮面
本名はフィリップ。バスティーユ牢獄に収監されており、風変わりな鉄仮面を被せられている。実はルイ14世の双子の弟。
ギーシュ伯爵
王弟フィリップの寵臣で、ラウルの親友。アンリエットに惚れこんでおり、道ならぬ恋に苦しむ。
ルイズ
ラウルの恋人だった女性。元々美人ではなく、幼い頃の負傷が原因で足を引きずっている。ルイ14世とアンリエットの不倫の隠れ蓑とするため、とりあえずアンリエットの侍女であるルイズに惚れているためにアンリエットのところに通うのだ、という噂を流されることになる。ところが、ルイ14世が本気でルイズにほれ込んでしまう事で、ラウルとの関係が悪化する。
イギリス
チャールズ2世
イギリス国王。血縁的にはルイ14世の母方の従兄弟にあたる。初登場時は流浪の生活を送っていたが、アトス、ダルタニャンの活躍によって王政復古に成功。そのため、アトスには非常に感謝している。
バリー
チャールズ1世の頃から仕えるスチュアート王家の忠臣。二十年後の段階でアトスと親交を得る。彼がアトスの屋敷を訪れた事で、スチュアート朝の王政復古につながった。
アンリエット
チャールズ2世の妹。チャールス2世の復位の後、ルイ14世の弟、オルレアン公フィリップ(鉄仮面とは同名だが別人)と結婚する。たいそうな美女であり、彼女をめぐってギーシュ伯爵、ルイ14世、バッキンガム公爵が恋の鞘宛を繰り広げる。なお、彼女の母親も同名でアンリエットなので注意が必要。
バッキンガム公爵
三銃士に登場した初代バッキンガム公爵(ジョージ・ド・ヴィリエ)の息子。アンリエットに恋焦がれており、それがきっかけで相当の無茶を行う。
モンク将軍
クロムウェル亡き後、実質的なイギリスの支配者。アトスの真摯な説得により、チャールズ2世の支持に転向した。が、直後に何も知らないダルタニャンによって誘拐され、樽に詰めたまま護送される目に遭ってしまう。
内容简介
本书以阿多斯的儿子布拉热洛纳子爵的恋爱故事为线索,描绘了路易十四时代的一系列真真假假的历史故事:财政总监尼古拉斯·富凯的失宠;路易十四和侍从女伴露易丝·德·拉·瓦里埃尔的爱情;达达尼昂和阿多斯帮助查理二世国王重登王位;阿拉密斯和波尔多斯想用路易十四的孪生兄弟“铁面人”代替国王却功败垂成;以及达达尼昂等四个生死与共的火枪手的最后结局等。
继1844年的《三个火枪手》与1845年的《二十年后》,大仲马再接再厉,于1850年完成了“达达尼昂三部曲”的收官之作——《布拉热洛纳子爵》,为这部英雄史诗画上了完美的句号。
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