かぐや线打完了,感觉不错,就是最后アイヌの子守唄寸止了。这条线终于能知道アレクレピオス集齐之后有什么用了。玩的时候甚至想起了魔宴宁宁线那种感觉,体验还好,就是现在回想起来也不是什么新奇的东西了。虽然最后能看到小时候的可爱かぐや,但是我等了一条线的御影帅正脸捏,结果只有告白前的那张只露了一只眼睛的CG。看来就之前被剧透的帅CG是TE里的了,明天开打。
#羽生结弦##YuzuruHanyu#
GUクリアバッグ×羽生結弦グッズの相性最高!衣装モチーフの美麗なデザイン♡
GU透明包×羽生结弦周边的搭配最高棒!服装主题的美丽设计♡
GUの「クリアミニバッグ」。そのまま使うのはもちろんアリですが、2022年の春から徐々に火が付き始め、SNSではお気に入りのぬいぐるみや巾着を入れて持ち歩くのに便利なアイテムとしても人気です。
GU的“透明迷你包”。当然可以直接使用,但实际它是从2022年春天开始逐渐流行起来的,它在SNS上也非常受欢迎,作为可以放入自己喜欢的布偶或者束带袋随身携带便利的物品。
2022年5月頃から記者の目に留まったのは、フィギュアスケートの羽生結弦選手のグッズとの組み合わせ。
从2022年5月开始,花样滑冰选手羽生结弦的周边商品的搭配组合引起了记者的关注。
羽生選手がこれまでに着用した衣装モチーフの美麗なデザインのグッズと相性抜群です。
与羽生选手迄今为止所穿服装主题的精美设计的周边商品相辅相成。
「めっちゃ可愛い」「ピッタリ」
“非常可爱”“非常合适”
GUの「クリアミニバッグ」は、インナーバッグとして別素材の巾着が付いています。バイカラーで縁取りされたレザータッチ素材とナチュラルな印象の巾着がアクセントになった、涼しげなクリア素材のミニトートバッグです。
GU的“透明迷你包”附有一个由其它材料制成的束带袋作为内袋。一款酷炫的透明材质迷你托特包,饰有带双色镶边的皮革触感材质和带有自然印象的抽绳荷包。
縁の色は、オフホワイト、ブラック、ベージュ、ゴールドの4色があります。価格は各1990円。
边缘颜色有四种:灰白色、黑色、米色和金色。价格各为1990日元。
SNSでよく見かけるのは、展示イベント「羽生結弦展2022」のクリアファイルと、展覧会「羽生結弦展 共に、前へ 東日本大震災 あの日、そして 今」の巾着との組み合わせです。
你在社交网络上经常能看到的,是展览活动《羽生结弦展2022》的透明文件夹和展览会《羽生結弦展之共同向前 311东日本大地震的那天与今天》的荷包组合。
「羽生結弦展2022」のクリアファイルは4種類あります。価格は各440円。
《羽生结弦展2022》的透明文件夹有四种。价格各440日元。
衣装の写真が大胆にトリミングされたデザインで、繊細な装飾が細部まで印刷されています。表面には衣装前面の写真が、裏面には衣装背面の写真が使用されています。衣装デザイナーの伊藤聡美さん監修です。
大胆剪裁服装照片,印制精致的装饰细节。正面是服装正面的照片,背面是服装背面的照片。服装设计师伊藤聪美监修。
サイズはA5(高さ220×幅153mm)で、縦の長さはGUのクリアミニバッグ(高さ200mm×幅180mm)より少し大きめですが、幅はちょうどいいサイズです。バッグにはマチがあるので、上辺を合わせれば、綺麗に見せられますよ。
尺寸为A5 (高220×宽153mm),纵向长度比GU的透明迷你包 (高200mm×宽180mm)略大,但宽度刚好。因为包里有角撑板,所以如果你搭配顶部侧面,会显得很漂亮哦。
「羽生結弦展2022」は2022年4月2日から9月28日にかけて、全国6都市の高島屋で順次開催中。すでに東京「日本橋玉島やS.C.」では終了しています。
《羽生结弦展2022》将于2022年4月2日至9月28日在日本全国6个城市的高岛屋依次举行。已经在东京“日本桥玉岛和S.C.”落幕了。
なお、イベント公式グッズは通販でも購入できます。
另外,官方活动商品也可以在线购买。
ウェブサイト「雑貨温泉」にて、全アイテム受注生産です。予約期間は2022年10月2日23時59分まで。1商品につき、5点まで購入できます。お届け時期は10月上旬以降から23年3月下旬ごろまでの予定です。
所有商品均在“杂货温泉”网站上接受订货生产。预约时间截止到2022年10月2日23点59分。每件商品最多可购买 5件商品。送货时间预计从10月上旬以后到23年3月下旬左右。
SNSではこの組み合わせに
对于 SNS 上的这种搭配组合
「クリアファイル入れてるのめっちゃ可愛い」
“里面放着透明文件夹,超级可爱。”
「羽生結弦展の衣装クリアファイルがピッタリ」
“羽生结弦展的服装透明文件夹很合适!”
「急いでGUにクリアバッグを買いに行きました」
“我赶紧去GU买了一个透明包。”
といった声が寄せられています。
诸如此类的评价。
「スワン巾着イイかも」
“天鹅荷包或许不错。”
一方の「羽生結弦展 共に、前へ」(2020年12月から全国各地で開催)の公式グッズは5月17日現在、「日テレ屋web」「楽天市場」「Amazon」など、複数のECサイトで購入できます。
另一方面,截止到5月17日,《羽生结弦展之共同向前》(2020年12月起在日本各地举办)的官方商品可以在"每日电讯店web"、"乐天市场"、"Amazon"等多个电商网站上购买。
デザインは「ノッテステラータ」「レクイエム」「悲愴」の3種類があります。価格は各1650円。
共有三种设计类型:《Notte Stellata》、《Requiem》和《Étude in D sharp minor, op. 8 no. 12》。价格各为1650日元。
サイズは高さ200×幅150mmで、GUのクリアミニバッグ(高さ200mm×幅180mm)に入れるのにぴったりです。
尺寸为高200×宽150mm,非常适合放入GU的透明迷你包(高200mm×宽180mm)。
販売期間は6月30日23時59分までです。なお、この期間まで商品の在庫の保証があるわけではありません。
销售期间截止到https://t.cn/A6XiEGfw 。另外,在这此期间内无法保证商品库存。
クリアファイル同様、巾着についても
和透明文件夹一样,抽绳荷包也一样
「巾着もピッタリサイズ」
“荷包的尺寸也刚好。”
「スワン巾着イイかも」
“天鹅荷包或许不错。”
「これからの季節にいい」
"适合今后的季节。"
といった声が寄せられています。
诸如此类的评价。
知らなかったという人は、参考にしてみてください。
不清楚的人,请参考一下。
GUクリアバッグ×羽生結弦グッズの相性最高!衣装モチーフの美麗なデザイン♡
GU透明包×羽生结弦周边的搭配最高棒!服装主题的美丽设计♡
GUの「クリアミニバッグ」。そのまま使うのはもちろんアリですが、2022年の春から徐々に火が付き始め、SNSではお気に入りのぬいぐるみや巾着を入れて持ち歩くのに便利なアイテムとしても人気です。
GU的“透明迷你包”。当然可以直接使用,但实际它是从2022年春天开始逐渐流行起来的,它在SNS上也非常受欢迎,作为可以放入自己喜欢的布偶或者束带袋随身携带便利的物品。
2022年5月頃から記者の目に留まったのは、フィギュアスケートの羽生結弦選手のグッズとの組み合わせ。
从2022年5月开始,花样滑冰选手羽生结弦的周边商品的搭配组合引起了记者的关注。
羽生選手がこれまでに着用した衣装モチーフの美麗なデザインのグッズと相性抜群です。
与羽生选手迄今为止所穿服装主题的精美设计的周边商品相辅相成。
「めっちゃ可愛い」「ピッタリ」
“非常可爱”“非常合适”
GUの「クリアミニバッグ」は、インナーバッグとして別素材の巾着が付いています。バイカラーで縁取りされたレザータッチ素材とナチュラルな印象の巾着がアクセントになった、涼しげなクリア素材のミニトートバッグです。
GU的“透明迷你包”附有一个由其它材料制成的束带袋作为内袋。一款酷炫的透明材质迷你托特包,饰有带双色镶边的皮革触感材质和带有自然印象的抽绳荷包。
縁の色は、オフホワイト、ブラック、ベージュ、ゴールドの4色があります。価格は各1990円。
边缘颜色有四种:灰白色、黑色、米色和金色。价格各为1990日元。
SNSでよく見かけるのは、展示イベント「羽生結弦展2022」のクリアファイルと、展覧会「羽生結弦展 共に、前へ 東日本大震災 あの日、そして 今」の巾着との組み合わせです。
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「羽生結弦展2022」のクリアファイルは4種類あります。価格は各440円。
《羽生结弦展2022》的透明文件夹有四种。价格各440日元。
衣装の写真が大胆にトリミングされたデザインで、繊細な装飾が細部まで印刷されています。表面には衣装前面の写真が、裏面には衣装背面の写真が使用されています。衣装デザイナーの伊藤聡美さん監修です。
大胆剪裁服装照片,印制精致的装饰细节。正面是服装正面的照片,背面是服装背面的照片。服装设计师伊藤聪美监修。
サイズはA5(高さ220×幅153mm)で、縦の長さはGUのクリアミニバッグ(高さ200mm×幅180mm)より少し大きめですが、幅はちょうどいいサイズです。バッグにはマチがあるので、上辺を合わせれば、綺麗に見せられますよ。
尺寸为A5 (高220×宽153mm),纵向长度比GU的透明迷你包 (高200mm×宽180mm)略大,但宽度刚好。因为包里有角撑板,所以如果你搭配顶部侧面,会显得很漂亮哦。
「羽生結弦展2022」は2022年4月2日から9月28日にかけて、全国6都市の高島屋で順次開催中。すでに東京「日本橋玉島やS.C.」では終了しています。
《羽生结弦展2022》将于2022年4月2日至9月28日在日本全国6个城市的高岛屋依次举行。已经在东京“日本桥玉岛和S.C.”落幕了。
なお、イベント公式グッズは通販でも購入できます。
另外,官方活动商品也可以在线购买。
ウェブサイト「雑貨温泉」にて、全アイテム受注生産です。予約期間は2022年10月2日23時59分まで。1商品につき、5点まで購入できます。お届け時期は10月上旬以降から23年3月下旬ごろまでの予定です。
所有商品均在“杂货温泉”网站上接受订货生产。预约时间截止到2022年10月2日23点59分。每件商品最多可购买 5件商品。送货时间预计从10月上旬以后到23年3月下旬左右。
SNSではこの組み合わせに
对于 SNS 上的这种搭配组合
「クリアファイル入れてるのめっちゃ可愛い」
“里面放着透明文件夹,超级可爱。”
「羽生結弦展の衣装クリアファイルがピッタリ」
“羽生结弦展的服装透明文件夹很合适!”
「急いでGUにクリアバッグを買いに行きました」
“我赶紧去GU买了一个透明包。”
といった声が寄せられています。
诸如此类的评价。
「スワン巾着イイかも」
“天鹅荷包或许不错。”
一方の「羽生結弦展 共に、前へ」(2020年12月から全国各地で開催)の公式グッズは5月17日現在、「日テレ屋web」「楽天市場」「Amazon」など、複数のECサイトで購入できます。
另一方面,截止到5月17日,《羽生结弦展之共同向前》(2020年12月起在日本各地举办)的官方商品可以在"每日电讯店web"、"乐天市场"、"Amazon"等多个电商网站上购买。
デザインは「ノッテステラータ」「レクイエム」「悲愴」の3種類があります。価格は各1650円。
共有三种设计类型:《Notte Stellata》、《Requiem》和《Étude in D sharp minor, op. 8 no. 12》。价格各为1650日元。
サイズは高さ200×幅150mmで、GUのクリアミニバッグ(高さ200mm×幅180mm)に入れるのにぴったりです。
尺寸为高200×宽150mm,非常适合放入GU的透明迷你包(高200mm×宽180mm)。
販売期間は6月30日23時59分までです。なお、この期間まで商品の在庫の保証があるわけではありません。
销售期间截止到https://t.cn/A6XiEGfw 。另外,在这此期间内无法保证商品库存。
クリアファイル同様、巾着についても
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「巾着もピッタリサイズ」
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“天鹅荷包或许不错。”
「これからの季節にいい」
"适合今后的季节。"
といった声が寄せられています。
诸如此类的评价。
知らなかったという人は、参考にしてみてください。
不清楚的人,请参考一下。
【interview】
生きていられることが、今は幸せだと感じているーー堂本剛が、自分の歌で伝えたいこと
https://t.cn/A6XMLwcE
5/13(金) 17:45配信
撮影:殿村誠士
「自分で楽曲を作って歌うということ。それは自炊に近い。心も体もすごく楽なんです」
シンガー・ソングライターの活動を始めて20周年、堂本剛は今、もっとも自分らしい状態にあるという。“本当の自分で生きられる喜び”を表現したものが、自分の作る音楽。この思いと行動が誰かの人生の、自分らしさを取り戻す幸せへとつながればうれしい……多忙なアイドル時代を駆け抜け、自身も生きづらさを抱えたからこそ見えてきた境地がある。仕事への矜持、そして死生観。堂本剛を突き動かすものとは。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
——インスタグラムの使い方を「間違いたい」
およそ1年前から堂本剛が始めたインスタグラムは、はなから不思議なものだった。ポートレートはほぼ同じアングルで、どんどん眉毛が濃くなっていき、最後には額全体がアイブロウで埋め尽くされる。コメントは一言、「どうもジャニーズです」。まるでモダンアートだ。何か強いメッセージ性を帯びているようにも見える。その後も眉毛写真の投稿は続き、ネット上ではさまざまな臆測が飛び交った。
——これについて、本人はこともなげに語る。
「テーマは『インスタの使い方を間違いたい』でした。隙間時間で、他人の眉毛が太くなり、元に戻っていく写真を見るという無駄な時間をご提供することで、『笑い』『勇気』『なんでやねん』が発生すればいいなという、そんな発想です。無駄な時間って幸せだったりしませんか? 個人の日常を羅列するだけではなくて、こんな時代、笑ってほしくて、これ何? 説明して?ってみんなが困惑つっこみするようなものを軸にしました。インスタグラムを、宣伝の空間として使いつつ笑かしにかかっています。事務所の人たちがインスタをやりやすい環境にもつながればと思い、僕はこんな行動をしてみました。」
——「ジャニーズっぽくない」と言われて
「アーティスティック」「生活感がない」「不思議」「自由」……。
こうした堂本剛のイメージは、ジャニーズ事務所において相対的なものとして捉えられることが多い。堂本自身、それをよく理解していた。
「世の中に存在するイメージというものの多くは、第三者が作り上げているものじゃないですか? 僕はそんなことを言っていない、思っていないのに勝手にそうされてしまっている。その人の中では、『言いそう』で、『思ってそう』なんでしょうね。僕の周りにいる人は、僕を理解してくれています。理解するタイミングがない人は、丁寧に想像する前に疲れ、自分の情報の中だけで計算し決めつけた僕という答えを出して終わらせてしまうからか……導き出した答えと現実の僕、それが合わないから『~っぽくない』ということに自然となるんでしょうね」
かつて堂本は、「自由」ではなかった。
デビューしてすぐに大ブレーク。10代の頃は毎日3時間睡眠で、休日は年に3日。分刻みのスケジュールで動き、周囲の求めに応じて表情をつくった。しだいに堂本のメンタルには亀裂が入っていく。多忙な時期の記憶は、ほとんどが失われている。
故ジャニー喜多川の勧めでシンガー・ソングライターとなり、「自分らしく生きる選択」ができるようになったと実感した頃には、30代になっていた。
「最近でこそ、自分らしさが尊重される時代になってきましたけど、今でも自分らしく生きられない人、素直に生きる勇気や場所がない人たちがたくさんいます。世の中は自分らしく生きている人を批判するのではなく、『自分らしく生きる幸せ』を、みんなで優しい心を持って話すだけでいいのにな、と思うんです。優しい心で話しているうちに、人は本当の自分になれるものですから」
「ジャニーズらしさ」は、年々変わっていくもの。こだわることではない。一番大事なのは自分であり、それをファンの人たちにつなげること……堂本がジャニーズに所属し続ける理由は、ここにある。
「柔らかく穏やかに、そういう感覚で僕は生きているからこそ、『ジャニーズっぽくない』カテゴリーに入れられてしまうのかもしれないけど。全てを事務所の許可を得て生きて来ました。事務所に直談判に行くこともあります。たくさんの人を動かすことになるので、一筋縄ではいかないこともある。でも理由や展望を持って話しにいくので、何言ってんの?って弾かれてしまうことはないですね。クリアしていきたいと思っていることはまだまだありますけど。少しずつです。ジャニーズは積極的にSNSに参戦する会社ではなかったけど、それが時代とともに変わってきました。僕が変化してもせずとも、変化していく時代というものがあるので、その時代に反応と順応をしたいと、柔軟に動いているところです」
ジャニーズ事務所では特別な立場にあるように見える堂本だが、単に自由なのではない。それを獲得するために、試行錯誤を続けてきたプロセスがあるのだ。
——人任せにしていたら滞るし、自分で動いたほうが早い
「自分で動く」。インタビューの間、堂本が何度も口にした言葉だ。
アイデアを形にするまでの動きはいつもスピーディーで、さらに二手、三手まで先を見ている。
「こんな世界状況の中でも、お金を出して作品を買ってくださる人がいる。僕が自分らしく仕事をしている姿を、家族や後輩君たちが見てくれている。そう考えたら、素直に動けます。人任せにしていたら滞るし、自分で動いたほうが早い。例えば伝言ゲームで、中継ぎの人が先方に納期を伝える時間が遅れ、作業していただけたはずの時間が減り、締め切りを縮めたり、完成を遅らせてしまったりすることがある。そういう仕事の仕方をする人は多いから、疲れることがあります。作り手、職人の作品に対して必要な時間、作業工程などが、その立場でない人からすると想像してあげられないんでしょうね。だから、直接やりとりすることがほとんどです。相手の心を考えて動くことも、仕事ですから。毎日くたくたですけど」
それでも音楽を作ることは、この上なく楽しい。仕事のスピード感を大切にしているのも、生まれたばかりのアイディアを、新鮮なうちに楽曲として閉じ込めたいとの思いからだ。
「極端にいえば、今このインタビュー中でも曲がひらめいたら、PCを開いてキーボードで打ち込みたくなる、というくらい、アイデアの鮮度を大切にしています」
頭の中で鳴る音楽を可視化し、音符に換えていく。音色を探して、演奏し、形作っていく。予想外に生まれるノイズやバグが、ドラマチックな音につながることがある。
「こういう一連の作業は、生きているからこそできることで、魂になったら、想像を形にすることもできなくなるんです。だから音楽を作ることは、命あることに感謝することでもあるんです。ただ、作品が出来上がって、リリースをするまでには時間がずいぶんと経過するので、リリース時にはもう自分が違うステージに行っていることがほとんど。だから、きょう曲を作ったら1週間後ぐらいにリリースする、そんな時代がくればいいのになって、思ったりもします。メッセージを強く込めた作品は、時代が流れている分、タイミングもクリエーティブの一部なんです」
ラブソングよりも、命や愛を歌いたい。
これは自身が心に傷を負い、パニック障害や突発性難聴に苦しんだ経験から、強く意識するようになったことだ。
「世の中の人々が、理由を持ってたどり着いた傷とか痛みに寄り添う歌詞、メロディー。その役目を持つ楽曲にあの頃の僕は救われ、もう一度生きようという気持ちにまで立ち戻れました。だから自分が作る音楽も、そういう役目でありたい。ジャニーズっぽくないと言われてもいいんです。もっとラブソングのほうが売れるよとか、うん、わかってるけど、ジャニーズにもいろんな歌が存在していいし、自分で作る音楽に、自分ではない歌声を選択することは、しない。限界の中で命を諦めようとしている人を救える音楽を作りたいって、僕は本気で思っているんです。自分と同じ経験をしている人を思いながら書いています。そんな中で少し変わったことは、世界的な問題が起き、みんなが同じ傷や痛みを共有する今、ポジティブな曲を書くようにもなりました。これまで使ってこなかったような、明るい言葉を綴ったりしながら」
——シンガー・ソングライターを続けることは、ジャニーさんの思いを持続させること
10代は、毎日、命が苦しいと思って生きていた。
「いろんな人に助けていただいて、もう一度生きよう、そう思わせてもらえたから僕は生きているんです。その人たちがいなかったら、今この世に僕はいません。当時は変人扱いされたけれど、でも、人は、傷つけば死にたいと思ってしまうものです。そんな人が世の中にはたくさんいること、それをみんなで理解して生きるべきだと、僕は思う。生きたいのに、生きられない人もいるんですよ」
ジャニーズだから、命や愛をテーマにした重い歌を歌ってはいけない? それは違う、と堂本は首を振る。
「ポップな曲はたくさんの人の心を幸せにする。それも理解はしています。命と愛が重たいと言うのなら、人は重たい存在となってしまいます。僕らは愛の果てに生まれた命なのに。重たいと認識してしまうのは悲しいし不思議です。だから、人が理由あってたどり着いた涙や傷に寄り添った曲も、たくさんの人の心を幸せにすると、本気で僕は思っています。死にたいと思わされてしまった経験がない人からは理解されづらいんですけど。僕自身がそう思った過去が悲しくもありました。でも、生きていられることが、今は幸せだと感じていることを、歌を通してあの頃の自分にも、同じように過ごす人たちにも伝えたい。一人で音楽を作る時は、その心を生きたいと思うし、提供したいと思っています」
ジャニーズ事務所には、ほかに“シンガー・ソングライター”として立っている者はいない。
「ジャニーさんに声をかけてもらって、この会社に入り、またジャニーさんからの提案を受けてシンガー・ソングライターになった。形がないゼロの状態から始まり、1にすること。そして、1から2……10へとつなげていくのは生半可な思いでいたら不可能なことですからね」
「そして、いまだやっているのが僕だけだからそれはそれは大変なことも多いけど、ある程度の分かりきった答えに向かうのもつまらないし、続けてこられたのはそれを楽しんできているからです。続けることは、ジャニーさんの思いを持続させることにもなると思っています。今はジャニーズの中で、音楽家のエリアは大きくないですけど、ここを整理整頓する位置にいられたらいいなとは思ってます。後輩君たちにも歌いたい歌があるだろうし、一人ひとりの歌唱スキルを把握して、声の魅力を引き出してもあげたいし、そういうディレクションまでを、本当はやってあげたいですね」
才能のある人たちを、解き放ってあげたい。堂本はまっすぐにそう語った。
今年はシンガー・ソングライターとして、デビュー20周年。ENDRECHERIとして精力的に楽曲をリリース、夏フェスへの参加も決まった。GYAOでの新番組「つよしP」を始動し、ZOZOとのファッションデザインやLINE VOOMなど、さまざまな企画を展開する。
「『決めつけ』るのではなく、素直に発想を出すこと、変で、妙で、面白くて、独創的なモノをたくさん作り、それらをいろんなコンテンツを通して表現する一度きりの僕の人生でありたい。そして『本当の自分を生きることの幸せ』が伝染していくといいなと思っています。僕の心が、『決めつけ』で苦しんで生きている人たちの心に届いて、自分らしく生きてみようという笑顔を与えられたなら、とても幸せだなって思います」
生きていられることが、今は幸せだと感じているーー堂本剛が、自分の歌で伝えたいこと
https://t.cn/A6XMLwcE
5/13(金) 17:45配信
撮影:殿村誠士
「自分で楽曲を作って歌うということ。それは自炊に近い。心も体もすごく楽なんです」
シンガー・ソングライターの活動を始めて20周年、堂本剛は今、もっとも自分らしい状態にあるという。“本当の自分で生きられる喜び”を表現したものが、自分の作る音楽。この思いと行動が誰かの人生の、自分らしさを取り戻す幸せへとつながればうれしい……多忙なアイドル時代を駆け抜け、自身も生きづらさを抱えたからこそ見えてきた境地がある。仕事への矜持、そして死生観。堂本剛を突き動かすものとは。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
——インスタグラムの使い方を「間違いたい」
およそ1年前から堂本剛が始めたインスタグラムは、はなから不思議なものだった。ポートレートはほぼ同じアングルで、どんどん眉毛が濃くなっていき、最後には額全体がアイブロウで埋め尽くされる。コメントは一言、「どうもジャニーズです」。まるでモダンアートだ。何か強いメッセージ性を帯びているようにも見える。その後も眉毛写真の投稿は続き、ネット上ではさまざまな臆測が飛び交った。
——これについて、本人はこともなげに語る。
「テーマは『インスタの使い方を間違いたい』でした。隙間時間で、他人の眉毛が太くなり、元に戻っていく写真を見るという無駄な時間をご提供することで、『笑い』『勇気』『なんでやねん』が発生すればいいなという、そんな発想です。無駄な時間って幸せだったりしませんか? 個人の日常を羅列するだけではなくて、こんな時代、笑ってほしくて、これ何? 説明して?ってみんなが困惑つっこみするようなものを軸にしました。インスタグラムを、宣伝の空間として使いつつ笑かしにかかっています。事務所の人たちがインスタをやりやすい環境にもつながればと思い、僕はこんな行動をしてみました。」
——「ジャニーズっぽくない」と言われて
「アーティスティック」「生活感がない」「不思議」「自由」……。
こうした堂本剛のイメージは、ジャニーズ事務所において相対的なものとして捉えられることが多い。堂本自身、それをよく理解していた。
「世の中に存在するイメージというものの多くは、第三者が作り上げているものじゃないですか? 僕はそんなことを言っていない、思っていないのに勝手にそうされてしまっている。その人の中では、『言いそう』で、『思ってそう』なんでしょうね。僕の周りにいる人は、僕を理解してくれています。理解するタイミングがない人は、丁寧に想像する前に疲れ、自分の情報の中だけで計算し決めつけた僕という答えを出して終わらせてしまうからか……導き出した答えと現実の僕、それが合わないから『~っぽくない』ということに自然となるんでしょうね」
かつて堂本は、「自由」ではなかった。
デビューしてすぐに大ブレーク。10代の頃は毎日3時間睡眠で、休日は年に3日。分刻みのスケジュールで動き、周囲の求めに応じて表情をつくった。しだいに堂本のメンタルには亀裂が入っていく。多忙な時期の記憶は、ほとんどが失われている。
故ジャニー喜多川の勧めでシンガー・ソングライターとなり、「自分らしく生きる選択」ができるようになったと実感した頃には、30代になっていた。
「最近でこそ、自分らしさが尊重される時代になってきましたけど、今でも自分らしく生きられない人、素直に生きる勇気や場所がない人たちがたくさんいます。世の中は自分らしく生きている人を批判するのではなく、『自分らしく生きる幸せ』を、みんなで優しい心を持って話すだけでいいのにな、と思うんです。優しい心で話しているうちに、人は本当の自分になれるものですから」
「ジャニーズらしさ」は、年々変わっていくもの。こだわることではない。一番大事なのは自分であり、それをファンの人たちにつなげること……堂本がジャニーズに所属し続ける理由は、ここにある。
「柔らかく穏やかに、そういう感覚で僕は生きているからこそ、『ジャニーズっぽくない』カテゴリーに入れられてしまうのかもしれないけど。全てを事務所の許可を得て生きて来ました。事務所に直談判に行くこともあります。たくさんの人を動かすことになるので、一筋縄ではいかないこともある。でも理由や展望を持って話しにいくので、何言ってんの?って弾かれてしまうことはないですね。クリアしていきたいと思っていることはまだまだありますけど。少しずつです。ジャニーズは積極的にSNSに参戦する会社ではなかったけど、それが時代とともに変わってきました。僕が変化してもせずとも、変化していく時代というものがあるので、その時代に反応と順応をしたいと、柔軟に動いているところです」
ジャニーズ事務所では特別な立場にあるように見える堂本だが、単に自由なのではない。それを獲得するために、試行錯誤を続けてきたプロセスがあるのだ。
——人任せにしていたら滞るし、自分で動いたほうが早い
「自分で動く」。インタビューの間、堂本が何度も口にした言葉だ。
アイデアを形にするまでの動きはいつもスピーディーで、さらに二手、三手まで先を見ている。
「こんな世界状況の中でも、お金を出して作品を買ってくださる人がいる。僕が自分らしく仕事をしている姿を、家族や後輩君たちが見てくれている。そう考えたら、素直に動けます。人任せにしていたら滞るし、自分で動いたほうが早い。例えば伝言ゲームで、中継ぎの人が先方に納期を伝える時間が遅れ、作業していただけたはずの時間が減り、締め切りを縮めたり、完成を遅らせてしまったりすることがある。そういう仕事の仕方をする人は多いから、疲れることがあります。作り手、職人の作品に対して必要な時間、作業工程などが、その立場でない人からすると想像してあげられないんでしょうね。だから、直接やりとりすることがほとんどです。相手の心を考えて動くことも、仕事ですから。毎日くたくたですけど」
それでも音楽を作ることは、この上なく楽しい。仕事のスピード感を大切にしているのも、生まれたばかりのアイディアを、新鮮なうちに楽曲として閉じ込めたいとの思いからだ。
「極端にいえば、今このインタビュー中でも曲がひらめいたら、PCを開いてキーボードで打ち込みたくなる、というくらい、アイデアの鮮度を大切にしています」
頭の中で鳴る音楽を可視化し、音符に換えていく。音色を探して、演奏し、形作っていく。予想外に生まれるノイズやバグが、ドラマチックな音につながることがある。
「こういう一連の作業は、生きているからこそできることで、魂になったら、想像を形にすることもできなくなるんです。だから音楽を作ることは、命あることに感謝することでもあるんです。ただ、作品が出来上がって、リリースをするまでには時間がずいぶんと経過するので、リリース時にはもう自分が違うステージに行っていることがほとんど。だから、きょう曲を作ったら1週間後ぐらいにリリースする、そんな時代がくればいいのになって、思ったりもします。メッセージを強く込めた作品は、時代が流れている分、タイミングもクリエーティブの一部なんです」
ラブソングよりも、命や愛を歌いたい。
これは自身が心に傷を負い、パニック障害や突発性難聴に苦しんだ経験から、強く意識するようになったことだ。
「世の中の人々が、理由を持ってたどり着いた傷とか痛みに寄り添う歌詞、メロディー。その役目を持つ楽曲にあの頃の僕は救われ、もう一度生きようという気持ちにまで立ち戻れました。だから自分が作る音楽も、そういう役目でありたい。ジャニーズっぽくないと言われてもいいんです。もっとラブソングのほうが売れるよとか、うん、わかってるけど、ジャニーズにもいろんな歌が存在していいし、自分で作る音楽に、自分ではない歌声を選択することは、しない。限界の中で命を諦めようとしている人を救える音楽を作りたいって、僕は本気で思っているんです。自分と同じ経験をしている人を思いながら書いています。そんな中で少し変わったことは、世界的な問題が起き、みんなが同じ傷や痛みを共有する今、ポジティブな曲を書くようにもなりました。これまで使ってこなかったような、明るい言葉を綴ったりしながら」
——シンガー・ソングライターを続けることは、ジャニーさんの思いを持続させること
10代は、毎日、命が苦しいと思って生きていた。
「いろんな人に助けていただいて、もう一度生きよう、そう思わせてもらえたから僕は生きているんです。その人たちがいなかったら、今この世に僕はいません。当時は変人扱いされたけれど、でも、人は、傷つけば死にたいと思ってしまうものです。そんな人が世の中にはたくさんいること、それをみんなで理解して生きるべきだと、僕は思う。生きたいのに、生きられない人もいるんですよ」
ジャニーズだから、命や愛をテーマにした重い歌を歌ってはいけない? それは違う、と堂本は首を振る。
「ポップな曲はたくさんの人の心を幸せにする。それも理解はしています。命と愛が重たいと言うのなら、人は重たい存在となってしまいます。僕らは愛の果てに生まれた命なのに。重たいと認識してしまうのは悲しいし不思議です。だから、人が理由あってたどり着いた涙や傷に寄り添った曲も、たくさんの人の心を幸せにすると、本気で僕は思っています。死にたいと思わされてしまった経験がない人からは理解されづらいんですけど。僕自身がそう思った過去が悲しくもありました。でも、生きていられることが、今は幸せだと感じていることを、歌を通してあの頃の自分にも、同じように過ごす人たちにも伝えたい。一人で音楽を作る時は、その心を生きたいと思うし、提供したいと思っています」
ジャニーズ事務所には、ほかに“シンガー・ソングライター”として立っている者はいない。
「ジャニーさんに声をかけてもらって、この会社に入り、またジャニーさんからの提案を受けてシンガー・ソングライターになった。形がないゼロの状態から始まり、1にすること。そして、1から2……10へとつなげていくのは生半可な思いでいたら不可能なことですからね」
「そして、いまだやっているのが僕だけだからそれはそれは大変なことも多いけど、ある程度の分かりきった答えに向かうのもつまらないし、続けてこられたのはそれを楽しんできているからです。続けることは、ジャニーさんの思いを持続させることにもなると思っています。今はジャニーズの中で、音楽家のエリアは大きくないですけど、ここを整理整頓する位置にいられたらいいなとは思ってます。後輩君たちにも歌いたい歌があるだろうし、一人ひとりの歌唱スキルを把握して、声の魅力を引き出してもあげたいし、そういうディレクションまでを、本当はやってあげたいですね」
才能のある人たちを、解き放ってあげたい。堂本はまっすぐにそう語った。
今年はシンガー・ソングライターとして、デビュー20周年。ENDRECHERIとして精力的に楽曲をリリース、夏フェスへの参加も決まった。GYAOでの新番組「つよしP」を始動し、ZOZOとのファッションデザインやLINE VOOMなど、さまざまな企画を展開する。
「『決めつけ』るのではなく、素直に発想を出すこと、変で、妙で、面白くて、独創的なモノをたくさん作り、それらをいろんなコンテンツを通して表現する一度きりの僕の人生でありたい。そして『本当の自分を生きることの幸せ』が伝染していくといいなと思っています。僕の心が、『決めつけ』で苦しんで生きている人たちの心に届いて、自分らしく生きてみようという笑顔を与えられたなら、とても幸せだなって思います」
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