【名作朗読】小川未明『自由』#追梦路上有人肯定有多重要##时尚潮流##芬兰航空#
自由
小川未明
街まちの鳥屋とりやの前まえを通とおったとき、なんという鳥とりか知しらないけれど、小鳥ことりにしては大おおきい、ちょうど小ちいさいはとのような形かたちをした鳥とりが、かごの中なかにいれられて、きゅうくつそうに、じっとしていました。
黄色きいろなくちばし、その鈍重どんじゅうなからだつき、そして、たえずものおじする、つぶらな黒くろい目めを見みると、いじらしいという感かんじをさせられた。私わたしは、この鳥とりをきらいでなかったのです。
「こんなに、狭せまいかごへいれられたのでは、身動みうごきもできないだろう。」
自分じぶんの家いえには、これよりは、大おおきな空あきかごのあることが頭あたまに浮うかびました。で、ついこの小鳥ことりの価あたいをきいてみる気きになりました。
鳥屋とりやのかみさんは、さっそく、店みせさきへ出でてきたが、価あたいは、あまり安やすくなかった。しかし、一度ど買かおうと思おもった心こころは、すこしくらいのことで、また、やめる気きにもなれなかったのです。それほど、私わたしは、この鳥とりをほしくなりました。子供こどもの時分じぶん、村むらはずれの林はやしや、寺てらの墓地ぼちなどへ、おとりの鳥とりかごをさげていって、ひわや、しじゅうからなどを捕とらえたことを思おもい出だすと、どこからともなく、すがすがしい土つちの香かがして、木きの間あいだをくぐってくる冷ひややかな風かぜが、身みにしみて、もう久ひさしいこと忘わすれていた生活せいかつに、ふたたび魂たましいがよみがえるように、急きゅうに、体からだじゅうがいきいきとしたのであります。
「こんなに、小ちいさいかごにいれておいてもいいのだろうか。」
「この鳥とりには、すこしかごが、小ちいさすぎますね。もっと大おおきなのにいれてやれば、ほんとうはいいのですが。」と、かみさんは、答こたえた。
なぜ、そうわかっていたら、そうしてやらないのだろう? 鳥とりは、ものがいえないから、されるままになって、ただ餌えさを食たべて、生いきている。しかし、そのようすを見みると、それに満足まんぞくしているようにも思おもわれるが、それも、ものがいえないからだろうと考かんがえられるのでした。
私わたしは、紙袋かみぶくろの中なかへ、鳥とりをいれてもらって、家いえに帰かえり、もっと大おおきなかごにいれてやりました。鳥とりは、知しらぬ場所ばしょにきたので、いっそう、ものおじして、目めをぱちくりしていました。
「この鳥とりは、よほど臆病おくびょうとみえるな。」
私わたしは、目めをこらして、鳥とりを見みているうちに、鳥とりの長ながいはずの尾おが、短みじかく切きられているのを発見はっけんしたのです。
「あ、小ちいさなかごへいれるのに、じゃまになって、尾おを切きったのだ。」
そう思おもうと、いい知しれぬ不快ふかいを、だれがしたか、この残忍ざんにんな行為こういから感かんじられました。生いきている鳥とりを本位ほんいにして、かえって、無理むりに鳥とりを小ちいさくしようとする、冷酷れいこくさを思おもわずにいられません。
日数にっすうがたってから、その鳥とりの名なが、☆いかるがであることもわかりました。なんでも、はとの種族しゅぞくに属ぞくするこの鳥とりは、鳥とりの中なかでもよく大空おおぞらを自由じゆうに翔かける、翼つばさの強つよい鳥とりだということを知しりました。
「そんなに、よく飛とぶものを、こんなかごの中なかにいれておくのは、よくないことだ。」
こう、私わたしは、思おもったのです。そのときから、自分じぶんは、なにか悪わるいことをしているような、鳥とりを見みるたびに、良心りょうしんを責せめるものがありました。
「逃にがしてやろう?」
そう、思おもいました。
「しかし、こんなに、尾おが短みじかくては、よく飛とべないだろう。それに、狭せまいかごの中なかに、はいっていたので、羽先はさきがすれているから。」
私わたしは、逃にがしても、ねこに捕とられると思おもった。まだ、ここにいるほうが、鳥とりにとって安全あんぜんであろう。そう考かんがえると、逃にがすことにちゅうちょしました。
寒さむい冬ふゆが過すぎて、やがて春はるになろうとした。この時分じぶんから、いろいろの鳥とりが、空そらを鳴ないて、渡わたった。すると、かごの中なかのいかるがは、竹骨たけぼねのすきまから、くびを曲まげながら、空そらを仰あおいで、飛とぶ鳥とりの影かげを見送みおくっていました。
「おれも、ああして、かつては、自由じゆうに大空おおぞらを飛とんだものだが……。」といわぬばかりに見みえました。そして、しばらくは、じっとしてとまり木ぎにとまったまま身動みうごきもせずに、なんとなく陰気いんきにしていました。
このうえ、この鳥とりを、かごの中なかにいれておくのは、罪深つみぶかいことだ。私わたしは、そう思おもうと、入いり口ぐちの戸とを開ひらいて、
「さあ、逃にげていけよ。」といった。
鳥とりは、すべてを疑うたがうように、あちらへいき、こちらへきたりして、すぐには、出でようとせずに、ためらっていました。
「雪ゆきが、その頂いただきにかがやき、ふもとに、清きよい谷川たにがわの流ながれる、遠とおい山やまの方ほうへ、はやく飛とんでいけ!」と、私わたしは、鳥とりかごから、いかるがを無理むりに追おおうとしました。
彼かれは、かごの入いり口ぐちへとまったが、ふいに、外そとへ逃にげ出だした。しかし、尾おは短みじかく切きられ、羽はねは、すり切きれていて、昔日せきじつのように、敏捷びんしょうに飛とぶことはできなかった。庭にわの木立こだちの枝えだに止とまろうとして、地面じめんへ落おちてしまいました。私わたしは、鳥とりの足あしまでが、きかないことを知しりました。けれど、いま、あこがれていた自由じゆうが、目めの前まえに得えられるのだと知しると、あわれな鳥とりは、しきりに羽はばたきをしてあせった。そして、とうとう、空そらへ舞まい上あがって、庭にわの上うえを一ひとまわりしたかとみると、あちらの高たかい木きを目めがけて、懸命けんめいに、傷きずついた羽はねで空気くうきを刻きざみながら飛とんでいきました。
私わたしは、十年ねん、二十年ねん、牢獄ろうごくにあった囚徒しゅうとが、放免ほうめんされた暁あかつき、日光にっこうのさんさんとしてみなぎる街上がいじょうへ、突つき出だされたときのことを想像そうぞうしたのであります。
彼かれらが、鉄窓てっそうの下もとで、やせた両手りょうてを高たかくさし伸のばして、
「自由じゆうを与あたえよ。しからざれば、死しを与あたえよ!」と、叫さけぶ声こえを、このときこそ、はっきりと聞きくような気きがしました。
やがて、日ひが暮くれかかった。あの鳥とりはどこへいったろう。これにこりて、二度どと人間にんげんの手てに捕とらえれることもあるまいと思おもわれました。しかし、かごから脱ぬけ出だして、自由じゆうとなったのは、たまたま一羽わだけであって、あの鳥屋とりやに、また多おおくの家庭かていに、たくさんの鳥とりが、狭せまいかごの中なかにいれられているけれど、そして、大空おおぞらを自由じゆうに飛とぶことをあこがれているけれど、だれも、それらの鳥とりのために考かんがえるものがないばかりか、その鳴なく声こえを楽たのしんでいる。たとえ鳥とりに対たいしてすら、人間にんげんにはそんな権利けんりがないのを、同おなじ、人間にんげんの自由じゆうを束縛そくばくしたり、または牢獄ろうごくにいれたりする。そして、自分じぶんのすることについて矛盾むじゅんを感かんじなければ、そうした社会しゃかいをよくしなければならないとも考かんがえない。
街まちは、いつものごとく燈火とうかに彩いろどられ、人々ひとびとは、歓喜かんきしています。――私わたしは、憂鬱ゆううつになりました。独ひとり、いつまでも、暗くらくなりかけた空そらに、高たかくそびえる木立こだちを見みつめて、哀あわれな鳥とりが、あせりながら、いまでなければ、自由じゆうを得えられないと飛とんでいった姿すがたを目めに描えがいていたのでありました。
――一九二九・三作――
自由
小川未明
街まちの鳥屋とりやの前まえを通とおったとき、なんという鳥とりか知しらないけれど、小鳥ことりにしては大おおきい、ちょうど小ちいさいはとのような形かたちをした鳥とりが、かごの中なかにいれられて、きゅうくつそうに、じっとしていました。
黄色きいろなくちばし、その鈍重どんじゅうなからだつき、そして、たえずものおじする、つぶらな黒くろい目めを見みると、いじらしいという感かんじをさせられた。私わたしは、この鳥とりをきらいでなかったのです。
「こんなに、狭せまいかごへいれられたのでは、身動みうごきもできないだろう。」
自分じぶんの家いえには、これよりは、大おおきな空あきかごのあることが頭あたまに浮うかびました。で、ついこの小鳥ことりの価あたいをきいてみる気きになりました。
鳥屋とりやのかみさんは、さっそく、店みせさきへ出でてきたが、価あたいは、あまり安やすくなかった。しかし、一度ど買かおうと思おもった心こころは、すこしくらいのことで、また、やめる気きにもなれなかったのです。それほど、私わたしは、この鳥とりをほしくなりました。子供こどもの時分じぶん、村むらはずれの林はやしや、寺てらの墓地ぼちなどへ、おとりの鳥とりかごをさげていって、ひわや、しじゅうからなどを捕とらえたことを思おもい出だすと、どこからともなく、すがすがしい土つちの香かがして、木きの間あいだをくぐってくる冷ひややかな風かぜが、身みにしみて、もう久ひさしいこと忘わすれていた生活せいかつに、ふたたび魂たましいがよみがえるように、急きゅうに、体からだじゅうがいきいきとしたのであります。
「こんなに、小ちいさいかごにいれておいてもいいのだろうか。」
「この鳥とりには、すこしかごが、小ちいさすぎますね。もっと大おおきなのにいれてやれば、ほんとうはいいのですが。」と、かみさんは、答こたえた。
なぜ、そうわかっていたら、そうしてやらないのだろう? 鳥とりは、ものがいえないから、されるままになって、ただ餌えさを食たべて、生いきている。しかし、そのようすを見みると、それに満足まんぞくしているようにも思おもわれるが、それも、ものがいえないからだろうと考かんがえられるのでした。
私わたしは、紙袋かみぶくろの中なかへ、鳥とりをいれてもらって、家いえに帰かえり、もっと大おおきなかごにいれてやりました。鳥とりは、知しらぬ場所ばしょにきたので、いっそう、ものおじして、目めをぱちくりしていました。
「この鳥とりは、よほど臆病おくびょうとみえるな。」
私わたしは、目めをこらして、鳥とりを見みているうちに、鳥とりの長ながいはずの尾おが、短みじかく切きられているのを発見はっけんしたのです。
「あ、小ちいさなかごへいれるのに、じゃまになって、尾おを切きったのだ。」
そう思おもうと、いい知しれぬ不快ふかいを、だれがしたか、この残忍ざんにんな行為こういから感かんじられました。生いきている鳥とりを本位ほんいにして、かえって、無理むりに鳥とりを小ちいさくしようとする、冷酷れいこくさを思おもわずにいられません。
日数にっすうがたってから、その鳥とりの名なが、☆いかるがであることもわかりました。なんでも、はとの種族しゅぞくに属ぞくするこの鳥とりは、鳥とりの中なかでもよく大空おおぞらを自由じゆうに翔かける、翼つばさの強つよい鳥とりだということを知しりました。
「そんなに、よく飛とぶものを、こんなかごの中なかにいれておくのは、よくないことだ。」
こう、私わたしは、思おもったのです。そのときから、自分じぶんは、なにか悪わるいことをしているような、鳥とりを見みるたびに、良心りょうしんを責せめるものがありました。
「逃にがしてやろう?」
そう、思おもいました。
「しかし、こんなに、尾おが短みじかくては、よく飛とべないだろう。それに、狭せまいかごの中なかに、はいっていたので、羽先はさきがすれているから。」
私わたしは、逃にがしても、ねこに捕とられると思おもった。まだ、ここにいるほうが、鳥とりにとって安全あんぜんであろう。そう考かんがえると、逃にがすことにちゅうちょしました。
寒さむい冬ふゆが過すぎて、やがて春はるになろうとした。この時分じぶんから、いろいろの鳥とりが、空そらを鳴ないて、渡わたった。すると、かごの中なかのいかるがは、竹骨たけぼねのすきまから、くびを曲まげながら、空そらを仰あおいで、飛とぶ鳥とりの影かげを見送みおくっていました。
「おれも、ああして、かつては、自由じゆうに大空おおぞらを飛とんだものだが……。」といわぬばかりに見みえました。そして、しばらくは、じっとしてとまり木ぎにとまったまま身動みうごきもせずに、なんとなく陰気いんきにしていました。
このうえ、この鳥とりを、かごの中なかにいれておくのは、罪深つみぶかいことだ。私わたしは、そう思おもうと、入いり口ぐちの戸とを開ひらいて、
「さあ、逃にげていけよ。」といった。
鳥とりは、すべてを疑うたがうように、あちらへいき、こちらへきたりして、すぐには、出でようとせずに、ためらっていました。
「雪ゆきが、その頂いただきにかがやき、ふもとに、清きよい谷川たにがわの流ながれる、遠とおい山やまの方ほうへ、はやく飛とんでいけ!」と、私わたしは、鳥とりかごから、いかるがを無理むりに追おおうとしました。
彼かれは、かごの入いり口ぐちへとまったが、ふいに、外そとへ逃にげ出だした。しかし、尾おは短みじかく切きられ、羽はねは、すり切きれていて、昔日せきじつのように、敏捷びんしょうに飛とぶことはできなかった。庭にわの木立こだちの枝えだに止とまろうとして、地面じめんへ落おちてしまいました。私わたしは、鳥とりの足あしまでが、きかないことを知しりました。けれど、いま、あこがれていた自由じゆうが、目めの前まえに得えられるのだと知しると、あわれな鳥とりは、しきりに羽はばたきをしてあせった。そして、とうとう、空そらへ舞まい上あがって、庭にわの上うえを一ひとまわりしたかとみると、あちらの高たかい木きを目めがけて、懸命けんめいに、傷きずついた羽はねで空気くうきを刻きざみながら飛とんでいきました。
私わたしは、十年ねん、二十年ねん、牢獄ろうごくにあった囚徒しゅうとが、放免ほうめんされた暁あかつき、日光にっこうのさんさんとしてみなぎる街上がいじょうへ、突つき出だされたときのことを想像そうぞうしたのであります。
彼かれらが、鉄窓てっそうの下もとで、やせた両手りょうてを高たかくさし伸のばして、
「自由じゆうを与あたえよ。しからざれば、死しを与あたえよ!」と、叫さけぶ声こえを、このときこそ、はっきりと聞きくような気きがしました。
やがて、日ひが暮くれかかった。あの鳥とりはどこへいったろう。これにこりて、二度どと人間にんげんの手てに捕とらえれることもあるまいと思おもわれました。しかし、かごから脱ぬけ出だして、自由じゆうとなったのは、たまたま一羽わだけであって、あの鳥屋とりやに、また多おおくの家庭かていに、たくさんの鳥とりが、狭せまいかごの中なかにいれられているけれど、そして、大空おおぞらを自由じゆうに飛とぶことをあこがれているけれど、だれも、それらの鳥とりのために考かんがえるものがないばかりか、その鳴なく声こえを楽たのしんでいる。たとえ鳥とりに対たいしてすら、人間にんげんにはそんな権利けんりがないのを、同おなじ、人間にんげんの自由じゆうを束縛そくばくしたり、または牢獄ろうごくにいれたりする。そして、自分じぶんのすることについて矛盾むじゅんを感かんじなければ、そうした社会しゃかいをよくしなければならないとも考かんがえない。
街まちは、いつものごとく燈火とうかに彩いろどられ、人々ひとびとは、歓喜かんきしています。――私わたしは、憂鬱ゆううつになりました。独ひとり、いつまでも、暗くらくなりかけた空そらに、高たかくそびえる木立こだちを見みつめて、哀あわれな鳥とりが、あせりながら、いまでなければ、自由じゆうを得えられないと飛とんでいった姿すがたを目めに描えがいていたのでありました。
――一九二九・三作――
さようなら「脳減る賞」
2022年のノーベル文学賞が発表された。が日本の作家・村上春樹は今年も受賞を逃した。06年からもっとも人気の高い候補者の一人として名前が上がっていたのだが…村上ファンの読者の一人して残念な気持ちを隠せない。
しかし、本人は今まで一度もノーベル文学賞への意欲を語ったことがないし、毎年自分の名前が挙がることについて著作の中で「正直なところ、わりに迷惑です」と綴っている。つまり、我々のファンに比べ、本人は全く気にしておらず、至って冷静で「ケロっと」しているのである。そして「ノーベル賞」=「脳減る賞」と一笑に付しているくらいである。
ところが、世間の物好きな所謂「文学評論家」たちが逆に騒いでいる。つまりその原因や理由を「世の中の動きを正しくキャッチしていない」、「世の中の重大な事件について何も語っておらず意見も持ってない」などと好き勝手に並べ立てたりしている。一口で言うと社会の発展、もっと大げさに言えば歴史の脈絡を正確にキャッチし、世の中の流れをプラスの方向に推進するような努力が足りないとでも言いたいのだろう。
全く呆れた話でものも言いたくない。
当たり前のことだが、文学作品は世の中に流れと我々の生活を反映し、時には歴史の流れを前へと推進する力を持っているのである。しかし、それと同時に文学作品のテーマと題材は自然の美しさや、人生の楽しさ、そして人生の儚さや人類の苦悩など、多種多様なはずである。読者はそれらの作品を通して、生きることの喜びや悲しみを噛み締め、心の安らぎと辛い人生へ立ち向かう勇気を得ることができるのではないだろうか。つまり読者は作品を通して「笑う」または「泣く」、そしてそのことによって日常生活の退屈さや辛さから解放されるといった「カタルシスー」の効果を得る、と言っても過言ではないだろう。文学作品はそれでもう十分だと思う。
俺は村上さんの作品が好きだ。「海辺のカフカ」や「1Q84」などの小説に寝食忘れて読みふけったものだ。読んでいて自ずと人生の「なぞなぞ」と「もやもや」が解け、心が洗われる感がしてやまない。
大きいツラをして勝手に喋る「評論家」の面々に「もういい加減にしろ!」と言いたい。その余裕と暇があったら、自分で素晴らしい「大作品」書いて欲しい。もちろん自分が「作家」になれないから「文学評論家」なんかになったことは疑う余地もない事実であろう。
ところで、「ノーベル文学賞」はいったいどういう基準で選ばれるのか俺にはわからない。だが、それに選ばれたものだけが優秀であると決め付けるなら、そんな「賞」などない方がマシであって、むしろ「さようなら」と言いたい。
晩秋の広州にて
2022年のノーベル文学賞が発表された。が日本の作家・村上春樹は今年も受賞を逃した。06年からもっとも人気の高い候補者の一人として名前が上がっていたのだが…村上ファンの読者の一人して残念な気持ちを隠せない。
しかし、本人は今まで一度もノーベル文学賞への意欲を語ったことがないし、毎年自分の名前が挙がることについて著作の中で「正直なところ、わりに迷惑です」と綴っている。つまり、我々のファンに比べ、本人は全く気にしておらず、至って冷静で「ケロっと」しているのである。そして「ノーベル賞」=「脳減る賞」と一笑に付しているくらいである。
ところが、世間の物好きな所謂「文学評論家」たちが逆に騒いでいる。つまりその原因や理由を「世の中の動きを正しくキャッチしていない」、「世の中の重大な事件について何も語っておらず意見も持ってない」などと好き勝手に並べ立てたりしている。一口で言うと社会の発展、もっと大げさに言えば歴史の脈絡を正確にキャッチし、世の中の流れをプラスの方向に推進するような努力が足りないとでも言いたいのだろう。
全く呆れた話でものも言いたくない。
当たり前のことだが、文学作品は世の中に流れと我々の生活を反映し、時には歴史の流れを前へと推進する力を持っているのである。しかし、それと同時に文学作品のテーマと題材は自然の美しさや、人生の楽しさ、そして人生の儚さや人類の苦悩など、多種多様なはずである。読者はそれらの作品を通して、生きることの喜びや悲しみを噛み締め、心の安らぎと辛い人生へ立ち向かう勇気を得ることができるのではないだろうか。つまり読者は作品を通して「笑う」または「泣く」、そしてそのことによって日常生活の退屈さや辛さから解放されるといった「カタルシスー」の効果を得る、と言っても過言ではないだろう。文学作品はそれでもう十分だと思う。
俺は村上さんの作品が好きだ。「海辺のカフカ」や「1Q84」などの小説に寝食忘れて読みふけったものだ。読んでいて自ずと人生の「なぞなぞ」と「もやもや」が解け、心が洗われる感がしてやまない。
大きいツラをして勝手に喋る「評論家」の面々に「もういい加減にしろ!」と言いたい。その余裕と暇があったら、自分で素晴らしい「大作品」書いて欲しい。もちろん自分が「作家」になれないから「文学評論家」なんかになったことは疑う余地もない事実であろう。
ところで、「ノーベル文学賞」はいったいどういう基準で選ばれるのか俺にはわからない。だが、それに選ばれたものだけが優秀であると決め付けるなら、そんな「賞」などない方がマシであって、むしろ「さようなら」と言いたい。
晩秋の広州にて
#八木勇征[超话]#
【八木勇征】が最近ドキドキしたことや自分の好きなパーツって?顔面最強の“美しい人”を徹底解剖!
2022.09.26
www.vivi.tv/post300667?utm_source=line&utm_medium=message&utm_campaign=20220928_1&position=4
謎多き八木勇征って
なにもの?
アンニュイな表情を見せたかと思えば、腹筋ばきばきの美しい肉体美を披露。見るたびにイメージがコロコロ変わる八木勇征の本当の姿とは……?
■ 八木勇征
よく言われるのは大らか。今までの人生で怒鳴ったり怒ったりしたことは一度もないです。ちょっとイヤだと思っても、僕が怒ることでその後の関係が悪くなったり、居心地が悪くなったりするのがイヤで。自分が飲み込めば大丈夫かなって……。この人にどう思われているんだろうと気にする方がストレスなんです。
いいところは、誰かを喜ばせたい気持ちが強いところと、興味を持ったものや自分の好きなものには正直に好きって言う貪欲さかな。パーツだと鼻が好き! 鷲鼻なんですよ。横顔は自分でも好きですね。直さなきゃいけないところは……、忘れ物が多いところ!(笑) これは本当に反省しています。携帯、傘、バッグとあらゆるものを忘れてきています。ひどいときは一日に3回忘れ物を取りに帰ったこともあります。
よく陽キャって言われますけど、部屋も暗い方が落ち着くし、マンガを読むのが好きなただの陰キャです(笑)。いまはすごく忙しくさせてもらっていて、それがすごいありがたい。焦っている訳ではないけど1週間休みがあると言われたら、「2日間でも、なにかドラマとかないですかね?」と言ってしまうと思う。いろいろ経験したい気持ちが強いんです。休みなんて1週間もいらない。引き出しが自分でもすごく増えているタイミングだと思うので、今はそのまま走り続けたいですね。
2017年に開催されたオーディションでFANTASTICSのメンバーになりました。合格したときはもちろん嬉しいんですけど、焦りもありましたし、正直不安しかなかったですね。ほぼダンス未経験の僕と周りのみんなが過ごしてきた環境・時間が違いすぎて、その差はそう簡単に埋められるものではなかった。ステージを楽しめるようになったのはここ最近です。
今、ボーイズグループ戦国時代なんて言われていますけど、僕たちファンタは歌も歌うし、ダンスも踊るし、全員芝居ができるグループだよねってみんなに思われたらいいなって思います。
■ 俳優
昨年12月に最終回を迎えたMBSドラマ特区『美しい彼』はものすごい反応があって、おかげさまで映画化も決まってありがたいです。お芝居をする自分を好きになってもらって、そこをきっかけにFANTASTICSを知る入り口になれたら嬉しいですよね。
『美しい彼』の酒井麻衣監督に出会えたことで演技とはどういうものなのかが少しだけ摑めたような気がしていて。演技にまつわるあれこれをたくさんご指導いただいて、とても成長させてもらいました。でも、やっているときは必死すぎて、正直記憶があまりない(笑)。映像としてできあがったものを見て初めて達成感に変わりますね。
今後は大河ドラマに出てみたいです。新撰組をやりたいですね。自分の生きていない時代の職業を体験できるのは俳優ならではですし、キャラクターを通じていろんな表現の仕方が増えていくことが面白い。いろんな役にチャレンジしていきたいですね。
Autocomplete
Interview
▼八木勇征 セルフィー
最近は「Dazz – フィルムカメラ」か「EE35 フィルムカメラ」のアプリが好き。これは(中島)颯太から教えてもらったんですけど、カンタンにいい感じに加工できるんですよ。颯太がもともとフィルムカメラ好きで、現像した写真を僕も見ているうちに、仕上がりのセピア加工や淡い感じで写っている雰囲気がなんかいいなって。そこから、ちょっとレトロな感じやエモーショナルな写りに良さを感じてそういう世界観にハマり、自分も加工するようになりました。
▼八木勇征 言われて嬉しい褒め言葉
基本的になんでも嬉しいけど、「私も真似したい!」が一番かな。髪型はもちろん、着てる服、履いてる靴、ライフスタイルをそういう風に思ってもらえたら最高ですね。
▼八木勇征 最近ドキドキしたこと
つい先日、とある撮影でプールの中に6時間いて、足裏が自分でも見たことないくらいフヤフヤになっちゃった。ちょっと焦ってドライヤーを当てながら、一生フヤフヤだったらどうしよう、これはほんとうに戻るのだろうか!? とめちゃドキドキしました(笑)。
▼八木勇征 日々欠かせないもの
ん〜そうっすね、ジムの入館キー(笑)。
【八木勇征】が最近ドキドキしたことや自分の好きなパーツって?顔面最強の“美しい人”を徹底解剖!
2022.09.26
www.vivi.tv/post300667?utm_source=line&utm_medium=message&utm_campaign=20220928_1&position=4
謎多き八木勇征って
なにもの?
アンニュイな表情を見せたかと思えば、腹筋ばきばきの美しい肉体美を披露。見るたびにイメージがコロコロ変わる八木勇征の本当の姿とは……?
■ 八木勇征
よく言われるのは大らか。今までの人生で怒鳴ったり怒ったりしたことは一度もないです。ちょっとイヤだと思っても、僕が怒ることでその後の関係が悪くなったり、居心地が悪くなったりするのがイヤで。自分が飲み込めば大丈夫かなって……。この人にどう思われているんだろうと気にする方がストレスなんです。
いいところは、誰かを喜ばせたい気持ちが強いところと、興味を持ったものや自分の好きなものには正直に好きって言う貪欲さかな。パーツだと鼻が好き! 鷲鼻なんですよ。横顔は自分でも好きですね。直さなきゃいけないところは……、忘れ物が多いところ!(笑) これは本当に反省しています。携帯、傘、バッグとあらゆるものを忘れてきています。ひどいときは一日に3回忘れ物を取りに帰ったこともあります。
よく陽キャって言われますけど、部屋も暗い方が落ち着くし、マンガを読むのが好きなただの陰キャです(笑)。いまはすごく忙しくさせてもらっていて、それがすごいありがたい。焦っている訳ではないけど1週間休みがあると言われたら、「2日間でも、なにかドラマとかないですかね?」と言ってしまうと思う。いろいろ経験したい気持ちが強いんです。休みなんて1週間もいらない。引き出しが自分でもすごく増えているタイミングだと思うので、今はそのまま走り続けたいですね。
2017年に開催されたオーディションでFANTASTICSのメンバーになりました。合格したときはもちろん嬉しいんですけど、焦りもありましたし、正直不安しかなかったですね。ほぼダンス未経験の僕と周りのみんなが過ごしてきた環境・時間が違いすぎて、その差はそう簡単に埋められるものではなかった。ステージを楽しめるようになったのはここ最近です。
今、ボーイズグループ戦国時代なんて言われていますけど、僕たちファンタは歌も歌うし、ダンスも踊るし、全員芝居ができるグループだよねってみんなに思われたらいいなって思います。
■ 俳優
昨年12月に最終回を迎えたMBSドラマ特区『美しい彼』はものすごい反応があって、おかげさまで映画化も決まってありがたいです。お芝居をする自分を好きになってもらって、そこをきっかけにFANTASTICSを知る入り口になれたら嬉しいですよね。
『美しい彼』の酒井麻衣監督に出会えたことで演技とはどういうものなのかが少しだけ摑めたような気がしていて。演技にまつわるあれこれをたくさんご指導いただいて、とても成長させてもらいました。でも、やっているときは必死すぎて、正直記憶があまりない(笑)。映像としてできあがったものを見て初めて達成感に変わりますね。
今後は大河ドラマに出てみたいです。新撰組をやりたいですね。自分の生きていない時代の職業を体験できるのは俳優ならではですし、キャラクターを通じていろんな表現の仕方が増えていくことが面白い。いろんな役にチャレンジしていきたいですね。
Autocomplete
Interview
▼八木勇征 セルフィー
最近は「Dazz – フィルムカメラ」か「EE35 フィルムカメラ」のアプリが好き。これは(中島)颯太から教えてもらったんですけど、カンタンにいい感じに加工できるんですよ。颯太がもともとフィルムカメラ好きで、現像した写真を僕も見ているうちに、仕上がりのセピア加工や淡い感じで写っている雰囲気がなんかいいなって。そこから、ちょっとレトロな感じやエモーショナルな写りに良さを感じてそういう世界観にハマり、自分も加工するようになりました。
▼八木勇征 言われて嬉しい褒め言葉
基本的になんでも嬉しいけど、「私も真似したい!」が一番かな。髪型はもちろん、着てる服、履いてる靴、ライフスタイルをそういう風に思ってもらえたら最高ですね。
▼八木勇征 最近ドキドキしたこと
つい先日、とある撮影でプールの中に6時間いて、足裏が自分でも見たことないくらいフヤフヤになっちゃった。ちょっと焦ってドライヤーを当てながら、一生フヤフヤだったらどうしよう、これはほんとうに戻るのだろうか!? とめちゃドキドキしました(笑)。
▼八木勇征 日々欠かせないもの
ん〜そうっすね、ジムの入館キー(笑)。
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